第21話 腹ペコ行商人と一晩漬けこんだカラアゲ

「腹……減った」


 16の時から行商人生活を始めて12年。

 これほどの空腹は産まれて初めての事だった。


 なんせ、かれこれ1週間も何も食っていないんだから、この耐えがたい空腹に襲われることも仕方が無いだろう。


「それにしても……寒いな」


 赤土の覗く、真冬の砂礫地帯。

 見渡す限りにどこまでも続く、砂利とコケの不毛地帯には動物の陰は一つも見えない。

 ネズミやらウサギやらの影が一つでもあれば、ある程度の食料調達も可能なんだろうが……ただひたすらに寒々しいだけで生命の息遣いは皆無となっている。


「近くの街までは歩いて1週間だ。喰わずに……辿り着けるか?」


 ここは赤土の砂礫地帯で、別名は死のレッドカーペットだ。

 街から街まで最短距離で歩いて2週間程度の長丁場の悪夢の交易路となっている。

 夏は摂氏40度を越えるし、冬は氷点下20度を超えるような土地で、季節を問わずに昼夜の温度差が30度ってのもザラのような極端な気候だ。


 オマケに年中乾燥気候で、水場も少なければ動物もいないし食用の植物も無い。

 道中での水や食料の補給は、最初からあきらめていた方が良いレベルだ。


 ――だが、この交易路は儲かる。過酷が故に儲かる。


 なんせ2週間の道中で、香辛料を右から左に輸送するだけで10倍以上の値段で売れるんだから笑いが止まらない。

 下手すれば、たった一度で……真っ当な行商生活の1年分の利益を産むような交易ルートだ。


 で、この交易路が何故にたった2週間でそんなに美味しい稼ぎを生み出すかと言うと、当然に裏がある。

 自然環境が過酷とはいえ、それだけの莫大な利益を生む訳だから、当然に大小様々な商隊キャラバンがこのルートを行く。


 そして、この道を行く大規模なキャラバンはレッドカーペットを行く――アイアンカーペットとの異名を持つのだ。


 つまりは、雇った大量の傭兵の、これまた大袈裟な黒鉄の武装によって、アイアンカーペットと呼ばれるって訳だな。

 そんでもって何故にそこまでの戦力が必要かと言うと、答えは簡単だ。


 ――ここは砂礫の盗賊国家:イーリス・ウーテッドの領地なのだ。


 元々は、この場所は世界各国の犯罪者の流刑地だった。

 世界連合が建築した巨大な刑務所が砂礫のど真ん中――唯一のオアシス地帯に建築されていたんだよな。

 が、ある日の暴動を境に刑務所は国家として変貌を遂げることになる。

 少し詳しく説明すると、魔人とも呼ばれた人外の戦闘能力を持った一人の犯罪者がいたんだ。


 彼の手によって刑務所に革命が起こり、そして刑務所を掌握する世界連合の武力は壊滅の憂き目にあい、ならず者達は国家の成立を宣言した。

 こうして盗賊国家:イーリス・ウーテッドは1000年前に建国された訳だ。

 そして、その幹部の構成メンバーは1000年前から誰一人変わらないと言う。

 まあ、早い話がイーリス・ウーテッドの幹部連中は1000年前に人間を辞めちまったって話だな。


 とは言え、人外であるのは盗賊国家の幹部連中だけだ。

 下っ端連中は普通の人間みたいなんだが、国の情報が外界までほとんど回って来ないために本当のところは良く分からない。

 ともかく、ここいら一帯にはそんな得体のしれない連中が闊歩しているという訳だ。


 で、俺は身ぐるみを剥がれた訳だ。

 幸運だったのは、奴らにも情けの気持ちはあったらしく水袋と服だけは奪われずにすんだことだ。

 冬場の今の時分に服を奪われていれば速攻で凍死だったろうな。


「しかし……とにもかくにも腹が減った……」


 再度言うが、何しろ1週間も何も食べていないのだ。

 お腹と背中がひっつくという表現があるが、今ならその表現の意味が分かる。

 それに空腹も度が過ぎれば半ば痛みを伴う事も初めて分かった。まあ、できれば知りたくもない事実ではあったのだけれど。

 ともかく、視界も霞むし、頭もクラクラで足元もフラつく。

 途中で拾った具合の良い木の棒を杖代わりに、延々と俺は砂礫地帯を――ただひたすらに一番近い街に向かって進む。

 と、そこで俺はスンスンと鼻を鳴らした。

 微かな脂の臭いと、食欲をそそる香ばしいニンニクの香り。


 これは間違いなく――



 ――食い物の臭いだ。





 匂いを辿って、俺は砂礫地帯に佇む廃墟群に辿り着いた。

 かつてここはオアシスの小さな街で、交易路をつなぐ宿場町として栄えていたと言う。

 が、昔に水場が干上がった事から街は消滅してしまった。

 人っこ一人いない廃墟を、犬並に鋭敏になっている嗅覚を頼りに歩いていく。

 そうして、かつての街の中央広場であったと思わしき場所に出た。


「冒険者ギルド……?」


 食い物の臭いは、かつて冒険者ギルドであった建物から漂ってきていた。

 俺は朽ち果てたドアを開き、臭いの誘うままに地下へと続く階段を降りる。

 カビ臭い廊下を歩き、そして……絶句した。

 何と、そこには定食屋と思わしき店があったのだ。

 更に、本日のイベントと称して立て看板に大きく文字が書かれていた。

 その文字を読み、俺は小首を傾げながら呟いた。


「カラアゲ……食べ放題?」






「いらっしゃいませなのじゃ」


 見た目12歳ほどの可愛らしいウェイトレスがペコリと頭を下げてそう言った。


「だから『なのじゃ』はいらねえって言ってんだろ! ああ、お客さんすいませんね……ウチのウェイトレスは研修中でして……」


 奥のキッチンから店主と思わしき男の声が聞こえて来た。

 店内は非常に賑やかだ。

 いや、賑やかと言うよりも騒がしいと言う方が形容は近いか。

 10名程度の魔術師らしき連中による酒盛りの馬鹿騒ぎをBGM代わりに、俺は店主に尋ねた。


「しかし、どうしてこんな所に食堂が?」


「この扉はマジックアイテムでね。1000年前に存在した全てのギルドの地下につながってんだ。で、今日は失われた古都につながる日って訳だ。しかし珍しいね。古都に住み着いた魔術師連中以外の客なんて、ここ1年で初めての事だぜ?」


 いきなりのタメ口に俺は苦笑する。

 先ほどウェイトレスの言葉遣いを嗜めていたが、この店主自身も大概だな。


「失われた古都? 俺は砂礫のレッドカーペットから来たんだがね?」


 そこで店主は顎に手をやり何やら思案を始めた。


「ああ、そういう事か」


「どういう事なのじゃ? 今日は失われた古都につながる日なのじゃろう?」


「砂礫のオアシスにつながる日は定休日なんだよ。それで、どうして定休日かっていうと……そこからのお客さんが途絶えたからだ」


「ふむ。それで?」


「文字通りに数百年単位で使われてないドアなんだが、マジックアイテムとしては生きてるんだよな。で、元々……この曜日はそういう辺境のドアはまとめてつながるように調整してあるんだ」


「まとめて調整とな?」


「失われた古都も元々は誰も使わないドアだったし、まあ……客入りの少ないドアはまとめて同じ日につながるようになってんだよ。そういう調整ができるんだ。で、実質的にお客さんは古都からしか来ないから、便宜上失われた古都につながる日って呼んでいる訳だな。実際上は他の廃墟にもちゃんとつながっているんだ」


「なるほどの……」


 客である俺をそっちのけにして話し込んでいる店主と店員に向けて俺はコホンと咳払いをした。


「すまねえがこちらは腹ペコでね。早く席に案内してもらえればありがたい」


「ああ、こりゃあすまねえな。おい、コーネリア?」


「うむ」


 少女が俺をカウンター席へと案内した。

 水がサーブされ、すぐにメニュー表が手渡される。


「お嬢ちゃん? おススメは何かな?」


「カツカレーじゃな」


 大きく頷き少女は満面の笑みを浮かべる。


「ふむ……カツカレーか……ところでアレは?」


 私は魔術師達が酒を飲みながら、しきりにフォークで突いている大皿に盛られた黄金色の物体を指さした。


「ああ、アレはカラアゲじゃな。下味をつけた鶏肉に衣をつけて油で揚げる料理じゃ。失われた古都から来る客人達は飲んだくれが多いからのう……常々のリクエストもあって……それを店主が叶える形で――今日は酒のツマミに最適なカラアゲ食べ放題イベントとなっておるのじゃ」


「外にまで漂ってきていた油とニンニクの香りはあの料理みたいだな」


「そのとおりじゃ。まあ、カツほどではないがカレーライスにも合うぞ? 食べたいと言うのであればカツカレーに更にトッピングできるように店主に便宜を図らうが……?」


 頼んでも無いのに俺はカレーライスとやらを頼む前提になっているらしい。

 しかも、子供なのに何だか偉そうな口調……まあ可愛いから許してやるか。

 苦笑しながら俺は首を左右に振った。


「表の看板によると食べ放題なんだろう? こっちは1週間も何も食べていなくてな。ありったけの量の鶏肉を揚げてもらえねえか?」


「むう……カツカレーは要らぬのか? 我におススメを聞いておいてそれはなかろう?」


「いや、カラアゲを頼む」


 少女は悲し気な表情で頷いた。


「あいわかった」


 オーダー表にペンを走らせ、ペコリと頭を下げると少女はキッチンまで引っ込んでいった。


 さて……実のところ先ほどから涎が止まらない。

 何しろ1週間も何も食べていないのだ。


 ――カラアゲ


 テーブル席の魔術師連中が美味そうに食べているあの料理……尋常ならざるほどに香ばしい、あの鶏肉の味はどんなものだろう。


 想像するだけで俺はゴクリと喉を鳴らした。


 身ぐるみを剥がされたので、お気に入りの懐中時計はもっていない。

 店内の置時計で時間を確認する。


 2分、3分、4分が経過し、胃がグルグルと盛大に音を鳴らす。


 いや、それどころか胃がキリキリと若干の痛みすらも伴う。



 ――とにもかくにも……腹減った。



 極限の空腹状態に置かれていたが、それでも『食うものは何もない!』との強い覚悟があれば我慢もできる。

 いや、諦めがつく。


 でも、今すぐそこに美味いものがあるとなれば、我慢も中々にしづらい。

 頭の中は既に未だに味合わぬカラアゲの事で一杯だ。



 酒に合うと言っていたのだから、やはり塩気の強い食べ物なのだろう。



 そして何より店内に充満した、ニンニクのどこまで香ばしい香り。

 空腹の余りに、一切れのパンの為に人を殺すような事件は古今東西どこにでもあるありふれたお話だ。

 だが、実際に凶行を起こす連中の気持ちは、今まで俺は理解できなかった。


 でも、今なら分かる。

 俺は今、状況次第ではカラアゲの為に人を殺せる。

 それほど俺は空腹だし、この香りはあまりにも反則過ぎるのだ。

 と、そんな感じで俺が目を血ばらせている時、ウェイトレスの少女がこちらに向けて盆を持ってきた。


「待っていたぜお嬢ちゃん!」


 と、テーブルに置かれたものを見て、俺は拍子抜けした風にその場で肩を落とした。


「ワカメと豆腐の鶏ガラスープとじゃ。先にゆっくりとスープを飲むが良い」


 ガクっと俺は肩を落とした。


「トーフ? ワカメは分かるが……しかし、俺が頼んだのはカラアゲだよな?」


 そこで妖艶に少女はクフフと笑った。


「1週間も何も食っておらぬだろう?」


「ああ、そうだが?」


「いきなり脂っこいモノを食しては空っぽの胃が何も受け付けぬぞ? 本来であればこのスープだけを出してお帰りを願う所じゃが、見た所元気そうなので、後でカラアゲは出してやると言うのが店主の意向じゃ」


 なるほど。

 確かにそれは道理かもしれない。

 けれど……。この強烈なニンニクと油の香りの前にして、味気の無さそうなスープと粥などで我慢ができるはずがない。


「俺は元気だ! カラアゲを! カラアゲを喰わせてくれ!」


 俺の懇願にキッパリと少女は首を左右に振った。


「ならん。それが店主の意向じゃからな」


「ぐぬぬ……」


 俺は肩を落としながらテーブルに置かれたスープに目をやった。

 そしてスプーンを取って口に入れてみる。


「あ……美味い」


 ただのスープ。


 されど……スープ。


 丁寧に取られた鶏のダシ……そして優しい味付け。

 接待の関係で帝都の超有名レストランに行ったことがあるが、その時に飲んだスープに通じるモノがある。


 とんでもない手間暇と、そして最上級の素材を使ってこそようやく作成可能な……これはそんなスープだ。

 そして、帝都の超有名レストランの3倍はこちらのスープの方が美味い。

 いや、ベースのスープの味自体はほとんど変わらないが……こちらはそこから更に一手間が施されているのだ。


 飲んだ瞬間に鼻腔に拡がるこの香り――こんな豊潤で香ばしい香りを俺はこれまで経験したことが無い。


 俺が目を白黒させていると、少女がクスリと笑いながら口を開いた。


「ゴマ油……じゃよ。店主曰く、香りづけにおいて、最もポピュラーな調味料の一つとのことじゃ」


 ゴマで……こんな香ばしい香りが出るものなのか?

 商売っ気を出しながらそんな事を考え、白い四角形を口に入れる。


「なんだ……これは?」


 ちゅるんっと言った風に口に吸い込まれる。

 初めて味合う食感で、鶏ガラスープの優しい味に良く合う。

 食道にするりと落ち、弱り切った胃に温かいモノが拡がっていく。

 鼻腔に満たされるゴマ油の香りが味覚を刺激し、俺は食欲に支配された。

 俺はスプーンで一気にスープの具をかきこもうとして――


「ならん」


 ウィトレスの少女がピシャリとそう言い放った。


「……ん?」


「貴様は臓腑が弱っておるのじゃ。ゆっくりと良く噛んで食べる事以外は……許さぬ。ああ。後……最低でも30分はかけて食すのじゃぞ?」


「ぐぬぬ……」


 このスープは美味過ぎる。

 そして俺は腹が減り過ぎている。

 そんな状況で……ゆっくりとスープを食べる事を強要させられている。


 正に拷問だ。


 はがゆい気持ちを抑えながら、言われたとおりにゆっくりとゆっくりと時間をかけてスープに口を付けていく。


 そして実に30分。


 ようやく俺が完飲したが、当然の事ながら腹はまだまだ異常に減っている。

 なんせ、5切れのトーフに海藻が少し入っているだけのスープだ。これで胃袋が満足してくれるわけもない。


 と、そころで、厨房からパチパチと油の音が鳴ってきた。


「こ……この臭いは……?」


 俺の問いかけに、少女は満足げに親指を立てて頷いた。


「ウチのアレは……揚げ始めてから……5分以内で提供できるぞ」


 俺はゴクリと喉を鳴らした。



 ――カ……カ……カラアゲだっ!



 ジュワジュワという揚げる音が聞こえなくなると同時、厨房に消えた少女が店主から何かを受け取っているのが見えた。

 そして盆に載せた皿をこちらに運んできて、コトリとテーブルに皿を置いた。


「待たせたの……」


 レタスと黄金色のカラアゲと、そして皿の隅に白い何かが盛られていた。


「この……白いのは?」


「マヨネーズじゃよ」


「マヨネーズ?」


 まあそれは良い。

 しかし……と俺は不満に口を尖らせた。


「どうして……唐揚げが4つしか無いんだ?」


 と、そこまで言って俺は首を左右に振った。

 そういえば食べ放題だったか。ならば、食べ終わったらすぐに注文すれば良い。

 それはさておき……と俺はフォークでカラアゲを突き刺した。

 ジュワリと肉汁が溢れ出ると同時、俺の口の中は唾液に満たされる。


「本当に美味そうな……匂いだ」


 ニンニクの強烈な香りで、ともすれば涎がこぼれ落ちそうになる。

 そして口に肉の塊を放り込むと同時に咀嚼する。


 サクリ。


 外はカリカリで中はホワホワだ。

 噛みしめる度に肉汁があふれ出す。


「はは……笑いしかでねーわ」


 こんな美味いものを食べたのは初めてだ。

 そうなのだ。

 外はカリッカリで、中はほわっほわなのだ。

 そして噛めば噛むほどに尋常ではない旨味を伴った肉のジュースが口内の広がるのだ。


 瞬く間に俺はカラアゲを呑みこむと、もう一つのカラアゲをフォークで突き刺す。

 そうして二つ目にかぶりつきながら……恐ろしい事に気が付いた。


「おい、そこのお嬢ちゃん?」


「何じゃ?」


「ひょっとするとだが……下味にブラックパウダー(コショウ)が使われているんじゃねーかこれは?」


 いかにもとばかりに少女は微笑んだ。

 と、同時に参ったな……と俺は肩をすくめた。



 香辛料と言えば等量の黄金と等価値と言うような、べらぼうに高い嗜好品だ。



 帝都の超高級レストランならいざしらず、定食屋でふんだんに使われていることは予想外だ。

 ひょっとしてこの店……滅茶苦茶高いんじゃねーか? と俺が蒼ざめたその時、少女はクスリと笑った。


「心配せずとも良い。カラアゲ食べ放題の値段は銅貨9枚(日本円で900円)じゃ」


 意味が分からない。

 本当に意味が分からない。どう考えても原価割れだろうに……と、俺はそこで二つ目のカラアゲを飲みこんだ。


 次に3つ目にフォークを突き刺した所で、少女が声をかけてきた。


「マヨネーズをつけてみるが良い」


「マヨネーズ?」


「店主曰く、この店のカラアゲは若干味付けが薄目とのことじゃ。そして味変アイテムとしてマヨネーズをトッピングしておる」


「ふむ……」


 言われた通りに更の端に盛られたマヨネーズとやらにカラアゲをつけてみる。

 そして…パクリと口に入れる。



「……なんじゃこら?」



 酸味とコクが効いたまろやかな味わい。

 俺の口の中でマヨネーズは――カラアゲの味付けに勝るとも劣らない、圧倒的な美味さを声高に主張する。


 ニンニクと辛さのカラアゲの味付け。

 そして、酸味と甘みのマヨネーズ。


 そうなのだ。

 今まさに、カラアゲの味付けとマヨネーズの2者による世界大戦とも言うべき一大事が俺の口内で繰り広げられているのだ。


「ゴフっ……ゴッフゥっ!」


 あまりの美味さに一気に飲みこんでしまい、喉に詰まってしまった。

 ドンドンと胸を叩きながら水を一気に流し込む。

 そして深いため息と共に、最後の一つをフォークに突き刺してマヨネーズにつける。


「先ほどから猛烈な勢いで食べておるが……いい加減にせい。まだ内臓は本調子ではあるまい」


「ああ……」


 確かに少女の言う通りだ。

 胃がビックリしてしまって、吐き出してしまったりしたら大変な事になる。

 味わう様にゆっくりと良く噛んで飲みこむ。


 と、同時に俺は少女に声をかけた。


「おかわりを頼む。なんせ1週間も何も食べてなかったんだ。この程度じゃ全然足りねえよ」


「あいわかった」


 返事と共に少女は厨房に消えていく。

 そしてすぐさまに盆の上に皿を乗せて戻って来た。


「卵粥じゃ。ちなみに鶏の卵じゃな」


 はてな? と首を傾げる。


「鶏卵って……次から次に高級品が飛び出してくる店だな。まあ、それは良いとして……俺は卵粥なんて頼んじゃねーんだが?」


「貴様にはカラアゲはもう出せぬのよ」


 あんなに美味しい料理が……たった4個で終わりなどと、ロクに説明も受けずに受け入れられるはずがない。

 多少の怒気を声色の混ぜて俺は少女に問いかけた。 


「どういう事だ? 食べ放題って店の前に書いてただろ?」


 やれやれとばかりに少女が肩をすくめたところで、店主が厨房から出て来た。


「悪いなお客さん。さっきウチのウェイトレスが言ったようにあんたに出せるカラア

ゲはそれで終わりなんだ」


「だからどういう事なんだって聞いているんだが?」


「元気そうだから出したが、こんな脂っこいものを大量に食べたら胃が食い物を受け付けなくて吐いちまうよ」


「食べ放題って言ってたじゃねーか!? この店は客に嘘をつくのか?」


 そこで店主は腹を抱えて笑い出した。


「便宜上……お客さんって俺も言ってたけど、厳密に言うとあんたはお客さんじゃねーよな?」


「どういうことだ?」


「盗賊に身ぐるみを剥がされて、金を持ってる訳もねーだろ? 現状を正しく言うのなら、あんたは今……この店に保護されているっていう状況だ」


 痛い所を突かれた。

 確かに俺は金を持っていない。ツケにしてもらうか、あるいは食い逃げをする気マンマンだったのだ。


「ぐ……」


「ツケで良いよ。次に砂礫の廃墟につながるのは4週間後だ。カラアゲ食べ放題イベントも開催してやるから必ず食いに来い。次はお望みどおりに本当にカラアゲを死ぬほど食わせてやるよ」


 現在、俺は半ば遭難状態となっている。

 店から一歩外に出ればそこにはやはり砂礫地帯が広がっている訳だ。

 近くの街までは最低1週間はかかり、モンスターが徘徊している危険地域もある。


「必ず再度この店に来てやるよ……生きて……必ずな」


 そうして店主は親指を立たせてニコリと笑った。


「ああ、必ず戻ってこい。水と保存食程度なら分けてやる。が、それ以上の事は俺にはできねえからな。だが、生還したなら美味い飯を食わせてやることは約束してやる」


「今度は……カラアゲを食い尽くしてやるからな? 仕入れは普段の倍にしとけよ?」


 そこで店主は声をあげて豪快に笑った。


「ウチの業務用冷蔵庫を舐めんなよ? 在庫切れなんて起きる訳がねえ」


 そして俺は店を後にした。







 それから4週間後が経ったのじゃ。

 本当に店主はカラアゲ食べ放題イベントを開催し、行商人も店を訪れたのじゃ。


「おう、本当に食い尽くしにきてやったぞ? 仕入れは大丈夫なんだろうな?」


 そんな言葉と共に行商人は入店してきたのじゃが、営業が始まって2時間半……店主は厨房で頭を抱えておった。 


「くっそ……本当に食べ尽くされちまった……信じらんねぇ……国産地鶏のブロックが15キロもあったんだぞ?」


 店内では行商人と、そして行商人が引き連れている屈強な傭兵……いや、ガチムチマッチョが10人いる。

 そしてガチムチマッチョという事じゃから、それはもう全員が全員食べるに食べる。


「ゴチになりまーすっ!」

「いやー! 本当に美味いっすねー!」

「おかわりお願いしまーす」

「こんな鶏肉初めて食べましたっ!」

「おかわりお願いしますー!」

「おかわりお願いしますー!」

「本当にこれブラックパウダー使ってるじゃねーですか!」

「おかわりお願いしますー!」

「おかわりお願いしますー!」

「おかわりお願いしますー!」


「「「「おかわりお願いしますー!」」」」


 そんな感じで15キロの鶏肉は瞬く間に消費され、肉が無くなったので卵粥まで大量に出すハメになったというのが現状じゃ。

 連中もようやく腹が一杯になったようで厨房内は落ち着いた。

 そこで店主は冷蔵庫内の在庫を確認し、電卓をタタタと叩いた。


「……食べ放題で900円で9900円。国産地鶏仕入れ値がグラム300円の15キロで……オマケに卵も2パック」


 天井を見上げながら、頬に涙を一筋流しながら店主は言った。


「――大赤字だ」


 そこで厨房の外から行商人が声をかけてきた。


「これでも俺は商人なもんでな。食べ放題系となると……こっちが得な形で利用させて貰わないとな? まあ、ガチムチ傭兵連中の胃袋のご機嫌取りにはこの店はもってこいって訳よ」


「……今日でカラアゲの食べ放題はお終いだ。次からは普通に食べに来い」


 涙目の店主に勝ち誇った笑顔を行商人は浮かべる。

 そうして、行商人は後ろ手を振りながら店を去っていったのじゃった。

 ちなみに、その日の賄いで店主が「恩を仇で返しやがって……」と悲し気に呟いたことを我は見逃さなかったのじゃ。





 ――その翌日。

 ギルドの地下食堂宛に、行商人から一通の手紙が届いた。



 その手紙には金貨1枚(日本円で10万円)と共に、『これで貸し借りなしだ』との一文が書かれていた。



 それを見た店主は苦虫をかみつぶしたような表情を作り、コーネリアは「最初からそのつもりじゃったのか。流石は商人……喰えぬ奴じゃのう。まあ……これは素直に一本取られたと認めるべきじゃろう」と爆笑したと言う。

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