第20話 店主の小動物観察日記 その2

「か、か、勘違いするでないぞ? べ、べ、別に猫が可哀想と思ったワケじゃないんじゃからな!」


 どこのテンプレツンデレ嬢なんだよ。

 その場でコケそうになる俺だったが、何とか踏みとどまる事が出来た。


「じゃあ辞めとこう。俺も猫は嫌いじゃないし、どうしてもというなら拾って帰っても良かったんだがな」

 その場でムスリとコーネリアは頬を膨らませた。


「……」


「……」

 

 コーネリアは無言を貫きその場から動かない。

 そして、訴える様な表情でこちらに熱視線を浴びせてくる。


「……」


「……」


「……」


「……」


「拾って帰りたいのか?」


「は? 我が? 魔界では非常にして凄惨なる――天才極悪美形魔王少女と呼ばれる我じゃぞ?」


「じゃあ帰ろう」

 

 踵を返して俺は家に向かって帰ろうとする。

 と、その時、背中の裾を掴まれた。


「のう、お前様よ?」


「なんだよ?」


「お前様がどうして……どうしてもというならのじゃな? 我は拾って帰っても良いと思っておるぞ?」


「拾わない。帰る――」

 

 と、そこで俺は呆れたように首を左右に振った。

 そして「しゃあなしだぞ」との言葉と共に猫の入っている木箱を拾った。

 まあ……コーネリアに半泣きの顔でそう言われれば、俺としてもそうせざるをえなかったと言うわけだ。








 その日の夜。

 2階――コーネリアの部屋が妙に騒がしい。

 と、いうか、非常にうるさい。


「深夜2時だぞ? 何で一人で騒いでいるんだよ。勘弁してくれよ」


 苛立ちながら俺は枕をベッドに叩きつけた。


『仕方ないのう。どうしてもと言うなら一緒に寝てやらん事も無い』


 無理矢理に猫を抱きながらドヤ顔でコーネリアがそう言ったのは4時間前の事だ。

 リビングでコーネリアは、まだ家に慣れてない猫に向けて異常なスキンシップを行っていた。 

 そのせいで顔中を引っかき傷だらけにしていたので、ドヤ顔が全く決まっていなかったのが印象深かった。



 と、それはさておき、どうにもコーネリアは自室で猫と戯れているようだが……。

 俺は2階への階段を上がり、コーネリアの部屋の前で仁王立ちを決めた。

『やかましい!』と、家主としての一喝を行うべく、俺はドアにノックをしようとした。


 と、その時……部屋の中から声が聞こえてきた。


「くふふ! くふふ! 愛い奴じゃのう!」


 と同時に、フシャーと言う猫の声が聞こえた。


「くふふ! 痛い! 痛いぞ! 引っかくではないっ! くふっ! くふふふ! まあ、嫌よ嫌も好きのうちと言うからの? そこまでに我を愛しておるのか?」


 いや、絶対にそれは違うと思うぞ。


 再度、俺はコーネリアの部屋の前で俺は仁王立ちをきめた。


 そしてノックをしようとしたところでコーネリアの甲高い声が家中に響き渡った。


「ニャンニャン探偵シリーズ!」


 ニャンニャン探偵?

 しかもシリーズだと?

 ノックしようとする手を俺は思わず止めた。


 ――ニャンニャン探偵という謎の言葉がめっちゃ気になったからだ。


「猫のいる家で金魚を飼うと……水槽からすぐに金魚が消えるという……我は犯人を発見したのじゃ」


 犯人……だと?

 俺はゴクリと息を飲んだ。

 まさかそのまんまな回答ということはあるまい。

 はたしてコーネリアはどんな捻りをきかせた回答を導きだすのか……俺は思わずギュっと拳を握りしめた。


「犯人は――」


 ドアを開いた先の室内で、もったいぶりながらキメ顔を作っているコーネリアの姿が目に浮かぶ。

 いや、それは今はどうでもいい。はたして……金魚を消した犯人は誰だというのか。

 はたしてコーネリアはこの難題に一体全体どういう捻りのきいた回答を用意するのだろうか。

 再度言うが、まさか、いくらコーネリアがアホの子とは言え、そのまんまな回答ということだけはないはずだ。


 くっそ……手に汗握るとはこのことだぜ!

 俺のドキドキを知ってか知らずか、室内からコーネリアの断言が聞こえてきた。


「そう……犯人は――猫じゃ!」


 やっぱりそのまんまかい!


「くふふ……この……悪戯好きめっ!」


「ふしゃー」


「痛いっ」


 あの馬鹿、頬ずりか何かをして速攻で返り討ちにあいやがったな。


「くふふ……くふっふ……」


 コーネリアの笑い声は徐々に激しさを増していく。


「くふふふふふっふっ! ふうふふふふふうう!」


 いや、激しいというどころではない。

 それは狂気交じりの……と形容しても差し支えのないものへと変わっていく。


「ふふふふっふっ! ふうふふふふふうう!ふふふふっふっ! ふうふふふふふうう! ふふうううううっふうううううううううううううううう!」


 正にこの笑い声は魔王と呼ばれるにふさわしいものだ。


「くっふうううううううふふふふっふっ! ふうふふふふふうう!ふふふふっふっ! ふうふふふふふうう! ふふうううううっふうううううううううううううううう!」


 俺は突然のコーネリアの奇声……いや、笑い声にドン引きしていた。


「あーーーもう、可愛すぎるじゃろーー!? マジでヤバいー! いや、これ、本当可愛い!」


 ババア口調すらなくなった!?

 ロリババアであることはコーネリアの存在意義に等しいのに……それすら消えるほどの可愛さだと言うのか!?


「あー! もう本当に可愛いー! もうダメー! もうダメ―! もう……ダメぽ……」


 懐かしいネタだな!

 ってか、なんでお前がそんなネットスラング知ってんだよ!


「あー! もうダメじゃー! このままでは……このままでは我は……ほぼイキかけてしまうのじゃー!」


 レジェンド級のメジャーリーガーもビックリだよ!

 

 もう色々とツッコミが追い付かない。

 どうしたもんかと俺が思っていたところで、室内から歌声が聞こえてきた。

 

「ニャンニャンニャン♪ ニャンニャンニャン♪」


 突然歌い出したコーネリア。


 そこで俺は音をたてないようにドアを少し開いてみた。


 見ると、リズムに載せてコーネリアがノリノリに歌っている。

 踏み台昇降運動っぽい感じでベッドに昇ったり降りたりと忙しい感じだ。

 ちなみに、猫は部屋の隅で固まっていて、怯えた表情でコーネリアを睨みつけていた。

 コーネリアがベッドの上に登りそして降りる度に、ビクリビクリと猫が体を震わせている。


「ある日ー我はー拾ったのーじゃー! 小さい猫をー拾ったーのーじゃー♪」


 リズムに乗ってベッドに昇るコーネリア。

 ビクリと震える猫。


「最初のー数時間はー猫はー怯えてーいたーのーじゃー♪」


 いや、今も怯えてるけどな。


「けれどーその日のー夜ーにーはー仲良しにーなってーいたーのーじゃー♪」


 ベッドから降りるコーネリア。

 ビクリと震えて、悲鳴に近い鳴き声をあげる猫。

 うん。どう見ても仲良しには見えない。


「それがー二人のー出会いだったーのーじゃー仲良しコンビの結成の日だったのーじゃー♪」


 と、そこでコーネリアは、くるくるとその場でアイススケート選手のように4回転ジャンプを行った。

 そうして、ベッドの上に華麗な着地を決めた。

 当然、くるくると回るということは室内を見渡すということだ。


「はっ!?」


 必然的に、コーネリアはドアから室内を覗き見ている俺を視認することになる。

 コーネリアは4回転ジャンプの着地のポーズのままで固まった。

 湯沸かし沸騰機のように瞬時にコーネリアの頬が真っ赤に染まる。


「……」


「……」


「……」


「……」


 気まずい沈黙が流れる。

 

「……」


「……」


「……」


「……」


 数十秒の後、気まずい沈黙を破ったのはコーネリアの方からだった。



「お前様?」


「なんだ?」


「どこから見ておった?」


「……」


「……」


 再度の気まずい沈黙が訪れる。

 しばらく考えて、今度は俺の方から沈黙を破った。


「4回転ジャンプを飛んだところからだ。そして、そこからの華麗な着地しか見ていない」


「……つまり?」


「俺は……何も見ていないってことだ」


「……」


「……」


「本当に?」


「……」


「……」


「ああ、本当だ。俺は何も見ていない」


 嘘も方便。

 優しい嘘ってのは……この世にはある。


「良かった……良かったのじゃーー!」


 コーネリアがこちらに向けて小走りに駆け寄ってきた。


「あのような痴態を見られておったとしたら……我は……我は……ここにはおれんようになってしまうところじゃった……我は……我は……恥ずかしさのあまり……照れ隠しをせんとならん状況に追い込まれていたのじゃ…………」


 半泣きになりながらコーネリアは俺に抱き着いてこう言った。


「我は……我は……照れ隠しに……世界を滅ぼさななければいかないところじゃった!」


 危ねえ!

 とんでもないところで俺は世界を救ったようだ。

 ってか、すげえ照れ隠しだな。





 と、こうして――。

 俺はアホの子……いや、奇行種の小動物としてコーネリアに興味を持ったのだ。

 そして、今後はたまにコーネリアの観察日誌をつけようと思うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る