第16話 メイドの魔王とカツサンド その3



「いらっしゃいませなのですにゃーん! ご主人様ー♪」


 普段よりも1オクターブ高い、キンキンのアニメ声で魔王――コーネリアは言った。


「ですにゃーん……だと?」


 まさかのニャンニャン言葉に俺は困惑の表情を浮かべる。


 そしてまた、お客さんも困惑の表情で席に着いた。


「それでそれでーそれでですねー? ご主人さまは何を頼まれるのでございますのでごにゃいますかー?」


「……ご主人様? ああ、僕の事……なのかな?」


「そうでございますにゃん」


 てへへ……と、笑いながらコーネリアは小首を傾げる。


「それでは……コーヒーと……ショートケーキを貰おうかな?」


「店長にゃーん!? コーヒーとショートケーキ入りましたあー!」


 店長にゃん?

 ますます、俺の表情は困惑に覆われていく。


「それでそれでー、そちらのお嬢様は何を頼まれるにゃん?」


「それでは私は……お紅茶とバニラアイスを……」


 この二人はこの店の常連さんだ。

 最近、恋仲になったらしく、昔は予約は一人一人だったんだが、最近では二人で一組になっている。


 まあ、それは良いとして……常連さんの二人が相当に困った顔をしている。


「店長にゃーん!? 紅茶とバニラアイス入りましたァー!」


 鼻につくような猫撫で声でコーネリアはそう言った。


 

 ――さて、どうしよう。



 諸々……コーネリアは間違った方面に勉強をしてしまったようだ。

 とはいえ、彼女の目の下にはクマがある。

 そして、元々のキャラを完全崩壊させての現状……。



 ――物凄く頑張っているんだろう。それは分かる。



 そしてコーネリアは、お客さんにサーブすべき食事を取りにカウンターまで戻って来た。


「コーヒーとショートケーキと紅茶とバニラアイスだ。お客さんに失礼の無いように届けるんだぞ」


「委細承知のかしこまりっ♪」


 いやいや、「かしこまりっ♪」とか……アニメ顔で言われてもさ……。

 脱力気味の俺に向けて、コーネリアは「うふふっ!」とウインクを見せた。


「店長にゃーん? 心配の必要なんてないんだにゃ! ドーンと……大船に乗ったつもりで任せるんだにゃっ!」


 タイタニック号にしか見えねえよ……。

 そうして、コーネリアはお客さんに紅茶とコーヒーと茶菓子をサーブした。

 と、同時にコーネリアは男性のお客さんに問いかけた。


「ところでところでご主人様ー?」


「ん? なんだい?」


「オプションはいかがかにゃ? にゃんにゃんにゃ?」


「……オプション?」


「ご主人様はコーヒーを頼まれましたにゃ?」


「ああ、そうだが?」


「そうでしたらにゃ? まぜまぜオプションはいかがかにゃ?」


「まぜまぜオプション?」


「そうですにゃ! まぜまぜオプションですにゃっ! 今ならキャンペーン中ですので、タダでご奉仕させていただきますにゃんっ!」


「まあ、タダだと言うなら……」


「はいなのですにゃっ! 委細承知のかしこまりっ♪」


 それだけ言うとコーネリアはトテトテとキッチンに向けて駆けだしてきた。

 そして――


 ――コケた。


 それはもう盛大にコケた。

 何もない所で……それはもう盛大にコケたのだ。


「はわわー! 何もない所でつまずいてコケちゃいましたですにゃーん! 私ってば……どんなにドジっ娘ですにゃーんっ!」


 涙目のコーネリア。

 そして俺は深く溜息をついた。

 シラフでこのキャラを演じてる訳でないことは俺は分かっている。

 そして、今……こいつは明らかに……ワザとコケた事を俺は見逃さない。

 そう、こいつは……あざとい娘だ。

 しかし、と俺は頷いた。


 ――だが、完璧だ。今までのところ……メイドとしてのミスは無い。


 とりあえず、俺は面白そうなのでコーネリアをしばらく泳がす事にした。

 で、コーネリアはキッチンからスプーンを取り出し、再度客席に向かった。


「うふふー、ご主人様?」


「何だい?」


「一緒にミルクを入れてまぜまぜしましょうですにゃんっ!」


「まぜまぜ?」


「ええ、そうですにゃんっ!」


 そういうと、コーネリアはコーヒーの中にスプーンを突っ込んだ。


「美味しくなーれっ! 美味しくなーれっ!」


「え?」


「美味しくなーれっ! 美味しくなーれっ!」


「……え?」


「美味しくなーれっ! 美味しくなーれっ! はい、ご主人様の番ですにゃんっ!」


 自分のスプーンを引き抜き、コーネリアはお客さんにコーヒーカップを差しだした。


「え?」


「ですからですにゃん? ご主人様もスプーンでコーヒを混ぜて、コーヒーを美味しくするための魔法の呪文を唱えるですにゃんっ!」


「え? 魔法の呪文?」


「またまた分かってる癖に……? それはつまり『美味しくなーれっ! 美味しくなーれっ!』と言う魔法の呪文ですにゃん?」


「え?」


「うふふ? ご主人様は恥ずかしがっておられるですにゃん? だったら私も言ってあげるにゃん! 一緒に呪文を唱えるにゃんっ! 美味しくなーれ! 美味しくなーれっ! ほらっ! ご主人様もご一緒にっ!」


 お客さんは本当に困った顔で首を左右に振った。


 まあ、普通の神経ならこの状態から「美味しくなーれ!」なんて言えないだろう。

 しかも、このお客さんは……相当な金持ちで、趣味も相当に文化的だ。

 コーネリアの思惑どおりには当然いかないだろう。


 証拠に、彼は頬を染めて、コーネリアに向けて尋ねた。


「本当にやらなくてはいけないのかい?」


「ええ、そうですにゃっ! 美味しくなーれ! 美味しくなーれ!」


 彼は諦めたかのように首を左右に振った。

 まあ……普通はやらねえだろう。いや、恥ずかしくてできねえだろう。

 そして彼は、大きく口を開いてこう言った。



「美味しくなーれ! 美味しくなーれ!」



 やるんかいっ!

 驚きの余り、俺はその場でコケそうになった。

 そしてコーネリアと彼はお互いに微笑みあいながら、大きな声で言った。

 

「美味しくなーれ! 美味しくなーれ!」


「美味しくなーれ! 美味しくなーれ!」


「美味しくなーれ! 美味しくなーれ!」


「美味しくなーれ! 美味しくなーれ!」



 そこで、彼の連れの絶句していた金髪縦ロールが口を挟んだ。


「ラインアイス様? 正気ですか?」

 

 彼は大きく頷いた。


「開き直ってやってみると意外に楽しいよ? どうだいフランソワーズも? ただ、紅茶をスプーンでかき混ぜて、美味しくなーれと言うだけだよ?」


「しかし……それは私には抵抗がございますわね……」


「お嬢様も恥ずかしがらずにミルクティーでやってみるにゃーんっ!」


「えっ? 私も……ですか?」


 困惑した表情の金髪縦ロールのお客さんは首を左右に振った。

 まあ……普通はやらねえだろう。いや、恥ずかしくてできねえだろう。

 そして金髪縦ロールのお客さんは、大きく口を開いてこう言った。



「美味しくなるのでございますわっ! 美味しくなるのでございますわっ!」



 お前もやるんかいっ!

 驚きの余り、俺はその場でコケそうになった。


「本当でございますわねラインアイス様! 開き直ってやってみると意外に楽しいものでございますね?」


「そうだろう? フランソワーズ!」


「さあ皆さんご一緒にコールするにゃーんっ! 美味しくなーれ! 美味しくなーれ!」


 そしてコーネリアとカップル客の3人で和気あいあいと「美味しくなーれ」のコールがしばらく続く。

 中々にシュールな光景に俺はその場でただ立ち尽くして傍観する事しかできない。

 

「ここでコールはストップだにゃんっ!」


 コーネリアが二人を制し、その言葉通りにコールは終了した。

 ようやく終わるのか……と思っていたが……甘かった。

 次にコーネリアは両手の指でハートマークを作り、コーヒーカップと紅茶カップに向けて何やら念じ始めた。


「ウィトレス様? 何をやっているのでございまして?」


「美味しくなるための最後のシメだにゃんっ!」


「締め……でございますか?」


「今から紅茶とコーヒーに向けて……撃つから良くみてるにゃん?」


「……撃つ?」


 金髪縦ロールのお客さんは小首を傾げる。

 そしてコーネリアは店中に響き渡るような大声て言った。



「ラブラブビームっ!」



 ビームどころか、普通に何も出ていない。

 そういう萌え的な何かが、今まさにコーヒーと紅茶を襲いかかっているという設定なのだろう。


「何も出ていないでございますが?」


 金髪縦ロールのお客さんはコーネリアにジト目の視線を向ける。

 先ほどまではノリノリだったカップル客だが、今のラブラブビームで何とも言えない表情になってしまっている。


 っていうか、完全に白けた雰囲気となっているのだ。

 どうやらコーネリアはやり過ぎた……というか、盛大に空振ってしまったようだ。


「そういうものだにゃんっ! さあ、ご主人様とお嬢様も一緒に紅茶とコーヒーにラブラブビームを撃つのだにゃんっ!」


 空気が白けたものに変わっていることにコーネリアは気づいていない。

 やはり、困惑した表情の金髪縦ロールのお客さんとその彼氏は首を左右に振った。

 そして金髪縦ロールのお客さんとその彼氏は両手でハートマークを作ってこう言った。



「ラブラブビームっ!」


「ラブラブビームっ!」



 やっぱりやるんかいっ!

 凄いノリ良いなお前らっ!


 そこでコーネリアは楽し気に言った。

 

「これで完成だにゃーんっ! ご主人様とお嬢様ー? お味はどうでございますにゃん?」


 コーヒーと紅茶にカップル客はそれぞれ口をつけた。

 そして二人は目を見開いた。


「何と素晴らしい事でしょう! いつもよりも……お紅茶の香りが高いですわ!」


「そうだね。僕の頼んだコーヒーもとても香ばしいよ!」


 嘘つけ!

 あんなんで味が変わる訳ねーだろっ!


 キッチンの中で俺がゲンナリとした時、コーネリアはドヤ顔でキッチンに戻って来た。

 そして一言こう言った。


「スイッチオフ」


「スイッチオフだと?」


 うむと頷き、コーネリアは不敵に笑った。


「ふふ……どうじゃ? 我の完璧な接客は?」


 ああ、スイッチオフって宣言しないとニャンニャン言葉が戻せないのね。

 一種の自己暗示みたいなもんだろうと納得する。


「コーネリア……」


「うむ? なんぞ?」


「確かにある意味では完璧だった。実際にお客さんも喜んでいた」


 俺の言葉にパァっと華を咲かせたようにコーネリアは笑い、そして胸を張った。


「じゃろ? じゃろ? そうじゃろ? いやー……我ながら自分の才能が怖いのじゃ。戦闘から接客までなんでもできてしまうのじゃからな。そうじゃなお前様? お前様であれば特別に……これからは天才超絶美形魔王少女コーネリアちゃんと呼んでも構わんぞ?」

 

 無い胸を精一杯に張り、天狗の鼻が透けて見えるようだ。

 ってか……こいつ完全に調子に乗ってやがんな。

 だが、俺はこの店のオーナーとして言っておかなければならない事がある。


「コーネリア? あのな――」


 しばしのタメの後、俺はコーネリアに宣言した。





「――ウチは……そういう店じゃない。メイド喫茶の接客は……メイド喫茶でしか通用しないんだ」





 しばしの沈黙。

 気まずい空気が流れる控室内。

 どれほどの時間が経ったのだろうか、沈黙を破ったのはコーネリアだった。


「な、な、な……何じゃとっ!? そ……そ……そんな馬鹿な事……が……」



 半ば放心状態で、大口を拡げてコーネリアはそう言ったのだった。

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