第15話 メイドの魔王とカツサンド その2


 と、まあそんなこんなで営業時間。




 お客さんがドアを開いて入って来た。

 そしてコーネリアがお客さんの所に駆け寄り、一言声をかける。


「くふふっ! よくぞノコノコと我が魔王城――――店に顔を出しよったなっ! この下賤にして矮小な人間風情がっ!」

 

 一応言っておくと、コーネリアとしては普通に接客をしているつもりらしい。

 伝票を取り出しながら、コーネリアは小首を傾げた。


「お? そういえば貴様は良く見る顔じゃな? 2度と我が前に顔を出す事の無いように今回はこの店の全力を持って貴様のハラワタを――痛いのじゃっ!」


 ゴンっと俺は魔王の頭にゲンコツを落とす。


「すいませんお客さん。こいつはまだ研修中のウェイトレスでして……」


 お客さんはドン引きを通りこして呆れ顔で笑っている。


「むぐぅ……」


 頬を膨らませて、コーネリアは不満げにこちらを睨んでくる。


「とりあえずお前な。お客さんに水を出しとけ」


「……分かったのじゃ」


 仏頂面でそう応じたコーネリアは氷水をお客さんにサーブした。




 ――ドン!



 

 勢いよく机に叩き付けたので、思いっきり水が零れた。



「うおっ!?」


 驚いているお客さんにコーネリアは肩をすくめた。


「水が零れたようじゃな。まあ、そのような些細なことは良いとして注文を――」


「良くねーよ」


 再度コーネリアの頭にゲンコツを落とした。


「痛いっ!」


 別に悪気があってという事ではないのだろうが、何ていうか……常識が無さすぎる。

 まあ、魔王なんだからしゃあないっちゃあしゃあないんだが。


「もう良いから……とりあえずお前は今日は皿洗いしとけよ……」


 ゲンナリしながらそう言う俺を、コーネリアはやはり不満げに睨み付けてくるのだった。






 ――その日の夜。

 賄いを食べ終えた俺達は帰宅の路についた。


 そうして、帝都の路地裏に所在する2階建ての俺の自宅に辿り着いた。

 結局、ホームレス魔王ってのは流石に不味いだろうと言う事で、住むところの無いコーネリアには1階の元々はお袋が使っていた寝室をあてがった。



 そんな感じでしばらくは一緒に住むことにしたのだが……。


「くふふっ! やはり……やはりじゃなっ!」


 リビングでコーヒーを啜りながら妙にハイテンションのコーネリア。

 そんな彼女に俺は、溜息と共に俺は尋ねた。


「何なんだよ?」


「のう? お前さまよ?」


「だから何なんだよ」


「カツカレーは美味いなっ! 本当に、本当に美味いなっ!」


 くふふ! と無邪気に笑うコーネリアに、俺はダメだこりゃとばかりに肩をすくめる。


「まあ、お前の接客は本当に不味いけどな。今日はお前とも顔見知りの常連さんばかりだったから生温かい目で見て貰っただけだぞ?」


「…………ふむ? 我の接客が不味いとな?」


 ああ、無いのね……自覚。


 まあ、凄くアホっぽいもんなコイツ……と、どうしたもんかと俺は頭を悩ませる。


「とりあえず、明日も多分お前の事を知ってるお客さんばっかりだから許してくれるとは思うが……明後日に本気で研修をするから」


「研修?」


「ああ、接客のイロハを叩き込んでやる。ウチの店は基本的には接客にそこまでうるさくないが、最低限の接客ってものがあるんだよ」


 コーネリアはやはり不満げに眉を潜めた。


「……そこまで我の接客はよろしくないのか?」


「ああ、最悪に近い。お客さんに対してちょいちょいタメ口の俺よりも遥かに酷い」


 そこでコーネリアは驚愕の表情に包まれた。


「……まさかお前様のタメ口よりも酷いとは思わなんだ。お前様のタメ口など、客商売を舐めてるとしか……我は思っておらなんだ故」


「お前にだけは言われたくねーよっ!」


 俺の接客も実際……大概だ。自覚はある。

 かなり俺もお袋に怒られてたけど、それでもコーネリアにだけは言われたくない。 


「じゃが、お前様が今の我の接客が良くないと言えばそれは確かなのじゃろう。しかし、我は人の子の言う事は聞きたくはない。お前様如きの研修なぞ受けたくはないのじゃ。ここは我に預けてはくれぬか?」


「っていうと?」


 そうしてコーネリアはリビングの端の本棚に向けて指を差した。

 それは、ご先祖様から受け継がれた料理本やら接客のイロハやらが書かれている本が大量に収納されている本棚だ。


「確かに我は人間界の常識を知らぬ。ならば学べば良いだけの話じゃろ?」


「まあ、そうだな」


 そこでエヘンとコーネリアは無い胸を張った。


「じゃから、我はこれより接客を本で学ぶ。お前様如きに学ぶまでも無いわ」


「本で……?」


「うむ」と頷きコーネリアは言った。


「明日の営業時間まで……我は本の虫となろう。明日の……生まれ変わった我を刮目して待てば良いっ!」


 そうして再度、コーネリアは無い胸を張った。


「……」


 しばし俺は考え込む。


 そしてコーネリアに向けて、うんと頷き首肯した。


「勉強するってんなら、様子を見てやろう。俺を失望させるなよ? で、後……ちゃんと寝ろよ?」


 くははとコーネリアは笑った。


「我は魔王じゃぞ? 数年間……睡眠なぞ取らぬとも何ら問題もないわっ!」


 それはそれですげえな……と思いながら俺は苦笑した。

 まあ、とは言え俺は頑張り屋さんは嫌いではない。


「それじゃあ俺は寝るからな。頑張り過ぎずに頑張れよ」


「うむ。明日の生まれ変わった我の接客を……刮目して待てっ!」


 自信満々のコーネリアに向けて、俺は後ろ手を振って2階の寝室に向かった。


 そして、かなりの眠気に襲われていた俺は最大のミスを犯した。

 何しろ、コーネリアの楽し気な独り言を聞き逃したのだから。


「くふふ……さて、どの接客の本を読もうか……? む……? お? これが良いの……」


 そしてコーネリアは言葉を続けた。


「これは興味深いの……? 『誰でもできる、キミにもできる! 今日からできるアキハバラ萌え萌えメイド喫茶バイト入門っ!』……じゃと?」


 そうして……ご先祖様が洒落で本棚に入れていた本をコーネリアは、俺の知らぬ間に一晩かけて読破した。


 それはもう、根はマジメな彼女の事……本当に本気に真剣に読み漁ったのだ。









 ――そして翌日。

 チュンチュンと小鳥のさえずりの中。





「ふふ……これで完璧じゃっ!」




 目の下にクマを作りながら、魔王コーネリアは不敵に笑ったのだった。

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