第二十三話 女子会の実現
マテオと交際を始めたことをそろそろリサとアン=ソレイユには報告しようと思っていた丁度その頃でした。ある日曜日の夜、マテオの家から帰宅した私に叔父夫婦が伝えてくれました。
「キャス、昨晩リサから電話があったわよ」
「出たのは僕だ。彼女だったら携帯電話の番号を教えてもいいかとも思ったけれど、まあ君が自分から電話しなさい」
リサは私の行動パターンを把握しています。
「キャス、良かった、やっと電話をもらえて。貴女が週末泊まりがけで留守にするなんて珍しいこともあるものね」
実家に帰ったわけでもないのに何処に泊まっていたの、と言外に聞かれているのが分かりました。
「ええ、ちょっとね。ところで何? ダニーのお守りを代わるのだったら今週は……」
私はさり気なく話題を変えました。
「違うのよ。アンソが木曜日休みを取ったって言うから水曜の夜に三人で食事でもしようという話になってね。ダニーはうちの母が見てくれるから、ゆっくりできるし」
「私は大丈夫よ、どこにする予定? アンソそれとも貴女の所?」
「久しぶりにダウンタウンで外食しようかって言っているのよ」
ダニエルが生まれてからはアン=ソレイユのアパートで会うのが私たちの習慣になっていました。
「いいわね。アンソもたまには気晴らしが必要よ、楽しみだわ」
私とマテオは会えない日は毎夜、電話で連絡を取り合っていました。話す時間がない時にはメールで一言お休みだけを言うこともありました。それでも、よほどのことがない限りほぼ毎夜お互いの声を聞いてから眠りに就いていたのです。
ですからリサの言う女子会の前夜にはマテオに一応知らせておきました。そうしないと後で厄介なことになりかねません。
「明日の夜は女友達二人と食事に行くの。ほら、いつも話しているリサとアンソよ。夜遅くなるから電話できないかもしれないわ」
「どこに出掛けるんだ?」
「ダウンタウンのベトナム料理店って聞いたわ。えっと場所はね、国立劇場から数ブロックの所よ」
国立劇場はこの間皆でオペラを見に行った場所です。
「だったら終わる頃に迎えに行く。その晩は俺の家に泊まれ」
「いいわよ、マテオ。私たち三人で久しぶりにゆっくり出来るのよ。何時まで居るか分からないもの。週の半ばよ、貴方は次の日の朝も早いのでしょう?」
「そんなに遅くなるのか?」
何だか雲行きが怪しくなってきました。私は作戦を間違えたかもしれません。
「貴方はお酒を飲まずに待っていないといけないじゃない。申し訳ないわ。私たちだけ酔い潰れているのに」
「バンビーナ、女の子だけなのにそこまで飲むな、危険だ」
「ものの例えよ、それに子ども扱いしないで!」
男子も一緒だって言ったらそもそも出掛けることにさえも良い顔しないくせに、と言いそうになりましたが
「とにかく、何時でもいいから電話しろ。キャス、分かったな」
女子会の当日、三人での久しぶりの食事会で話も大いに弾みました。
私はベトナム料理店ではフォーではなく、ブンボーフエという太い丸いお米の麺の料理があればそれを頼みます。香辛料の効いた牛肉の濃厚なスープ麺はどこのベトナム料理店でも出しているわけではないのです。
皆で取り分けるための生春巻きやマンゴーのサラダも頼みました。
「アンソ、今日は私たち二人のおごりよ。好きなもの何でも頼んで」
いつも一人で頑張っているアン=ソレイユを私たちは誰よりも応援しています。
「二人ともありがとう」
「ダニーはもう卒乳したのよね。お酒も飲み放題じゃない」
「いきなり羽目を外すわけにはいかないわよ。でも私、久しぶりの外食もそうだけど今日はキャスの恋バナが聞けるからとても楽しみにしていたの」
「え、それは……でもどうして恋バナって決めつけているのよ」
「前会った時も言ったじゃないの! 貴女の顔を見ていれば分かるわよ。先週末は彼氏の所にお泊まりだったのでしょ? 私が電話したら叔父さんが日曜日の夜まで帰ってこないって言うからピンときたわ」
「えっ、私聞いてないわよ! ねえキャス、夏休みの間に何があったの?」
二人だけで盛り上がっています。私は観念してマテオとの出会いから今に至るまでをかいつまんで話しました。
「リリアンの旦那さんと同じくらいお金持ちなのね、彼は?」
リサもアン=ソレイユもリリアンとは顔見知りではありませんが、大体の事情は私から聞いて知っています。
「えっと、そうね。どちらかと言うと、裕福だわね、マテオは」
マテオはリリアン一家とは桁違いの富豪だとはとても言えませんでした。リリアンのご主人がかなりの無理をしてサンダミエンの別荘を買ったということは、彼らの暮らしぶりを見ているので分かります。
「キャス、彼ってマテオという名前なの? 素敵!」
「イタリア人よね? やっぱりあっちのテクもサイコーな上に絶倫?」
リサのその言葉に私は思わず飲んでいたお茶を噴き出しそうになりました。
「リサったら……そ、それは……」
「そうして真っ赤になっているところをみると、キャスもやっとセカンドヴァージンから脱出できて、セックスでイける悦びを覚えられたようね」
「おめでとう、キャス!」
「な、な……アンソまで……」
「だって私もアンソも貴女のことを心配していたのよ。最初に付き合ったのが浮気男でその後はさっぱり男っ気がなかったから。あの粗〇ン野郎にガッツリとトラウマを植え付けられたのかと」
「そうそう、やっぱり夜の営みは病みつきになるくらい気持ち良いに越したことはないわよ。それこそ夢中になって避妊を忘れるくらい」
レストランは賑わっていて、周りの騒音に私たちの会話はかき消されてしまうと言っても会話の内容はどんどん暴走を始めています。
「アンソ、それ貴女が言うと洒落にならないから!」
もう私は言葉を失い、あとはリサとアン=ソレイユの掛け合いになっていました。
「だから言っているのよ。私のシンママとしてのみすぼらしい姿と悲惨な生活を見れば誰でも快楽に突っ走る前に避妊をしようという気になると思わない?」
「ああ、アンソが自虐モードに走りだしちゃったわ」
「私時々思うのよ。中高生相手に望まない妊娠や性病についての講義でもしたら説得力ありすぎて、どこの学校からも引っ張りだこで、歯科医助手なんかより余程稼げるでしょうね」
「ねえ、ちょっともう話題を変えましょうよ……」
「話題じゃなくて場所を変えましょう。私たちまだほとんどお酒が入っていないもの。二人共、今日はとことん飲み明かすわよ、いいわね!」
そしてリサは会計をさっさと済ませてしまい、近くのバーに私たちを連れて行きました。そこはバーと言ってもレストランと併設で、音楽もうるさすぎず、ゆっくりと話ができそうな場所でした。
ところが女三人で席に着くなり、二人組の若い男性に一緒に飲まないかと誘われました。
「お誘いありがとう。光栄だけれど遠慮しておくわ。私たちそう言うの、間に合っているから」
こんな時はいつもリサが上手にあしらってくれるのです。
「まあまあそう言わずに、気が変わるかもしれないでしょ」
「うーん、ちょっとやそっとじゃ変わらないのよね、残念ながら。この金髪の可愛い子はコブ付きでそろそろ帰らないといけないの。茶髪の彼女は地味な見た目を大いに裏切って、実は超コワいイタリアンマフィアの情婦だったりするわけ。ナンパは命懸けでよろしく。私はというとチ〇ポは必要ないの、恋愛対象女の子だから」
「あ、そう……じゃ」
男性たちはスゴスゴと去って行きました。
「色々突っ込みどころ満載の断り文句ね、リサ」
アン=ソレイユは朗らかに笑っています。私はそのコワくて嫉妬深い彼に電話した方がいいのかもとそろそろ心配になってきました。
***今話の一言***
バンビーナ
赤ちゃん(♀)、女の子
女子会を楽しんでいるカサンドラに対し、マテオくんは心配でヤキモキしているに違いありません。案の定、彼女たちはバーで男性から声をかけられていますしね!
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