第二十二話 どきどき初お泊まり




 美味しい食事のおかげでお腹もいっぱいになり、後片付けをした後はマテオが言っていた通り、二人で寝室にこもりました。


「私、貴方が買ってくれた経口避妊薬を飲み始めたのよ。それにクリニックの結果が出て以来、貴方以外の人と親密な行為はしていないから。実を言うと私の場合はそれ以前からで、もう一年以上何も無かったのだけど」


 マテオが私をベッドに仰向けに寝かせ、脇の引き出しから避妊具を取り出していたのでそう言いました。先程私は後ろ向きで、あまりに急で夢中になっていて彼が避妊してくれていたのを行為の後で知ったのです。


「ご無沙汰だったのは俺も同じだ。これからは生でできるな」


 彼は嬉しそうに私の唇に軽く口付けました。マテオはどこに行っても注目を浴びて、自分から誘わなくてもいくらでも女性が寄って来るような人です。彼の言うご無沙汰とはせいぜい数日から一週間くらいの期間なのでしょう。


 それにしてもマテオはコンドームを付けなくてもいいのがそこまで嬉しいようです。あるのとないのでは気持ち良さに大きな違いがあるのか、今度リサに聞いてみることにします。


 マテオは私のバスローブを脱がすと、私の体中にキスを降らせました。キャミソールや短パンで隠れている部分はその上から口付けられました。


「ミア ベッラ カサンドラ」


 私の身体は火がついたように熱く、マテオを迎え入れるのが一刻も待てそうにありません。


「ああ、マテオ……早く……」


 先程はいつになく荒々しくされましたが、今度はうって変わって優しく丁寧に、けれど散々焦らすように執拗にマテオに抱かれました。


 日曜日の朝はゆっくりして、マンション近くの川沿いを二人で散歩することにしました。水辺はずっと公園で自転車道と遊歩道が別々に整備されていて、歩くにも走るにも適しているそうです。


 マンションの部屋を出てからずっとマテオは私の手を握っています。このような高級マンションですから一階の正面玄関には警備員さんが常駐しています。


「おはようございます、ムッシュー・フォルリーニ、マダム」


 流石、ペントハウスの住人は名前を呼んでもらえて恭しく頭を下げられています。マテオなら鍵を忘れていても入れてもらえるに違いありません。


 さて、マテオに繋がれた手は時々恋人繋ぎになったり、普通に握られたり、撫でられたりと片時も離されることはありません。何となく彼のイメージとしては洋服はほとんど黒ずくめで硬派な人というのが私の中で定着していました。改めて、こうして常に私と手を繋いでいる彼を観察してみると何だか可愛らしいです。


「どうしたんだ、キャス?」


 私がくすっと笑ったのが分かったのでしょう、マテオが私の顔を覗き込んで聞きます。


「えっと、何と言うか、こうして二人でただ散歩するのは新鮮だなって思って」


「ああ、そうだな」


 彼も微笑んで私の額にそっとキスをしました。こんな何気ない触れ合いに私は心も体もとろけてしまうのです。


 マテオはその夜も泊まっていいし、平日でもいつでもマンションに来ていいと言ってくれました。それでも結局私は月曜日の準備をしてこなかったので日曜日の午後には叔父の家に帰りました。


「次の週末も一緒に過ごせるか? まあ平日でも何時でも電話してくれ」




 帰宅した私は満面の笑みを浮かべている叔父と叔母に出迎えられました。


「楽しかったかい?」


「良い週末が過ごせたようね、キャス」


「え、ええ」


 叔父夫婦にはどこまで話していいのやら、彼らはマテオがあのフォルリーニ一族の一員だともちろん知っているでしょう。彼のマンションの豪華さ、別荘や何台も車を持っていること、家政婦さんを雇う余裕があることなど、私が詳しく言わなくても百も承知な筈です。


 それからの私たちは大抵彼の家で週末を一緒に過ごしていました。彼にはマンションの合鍵を渡され、私の荷物も少しずつ増えていきました。平日も朝一番の講義が入っている前夜は遠慮なく泊まらせてもらうことが習慣になっていました。


 マテオは常に優しく情熱的で、私は彼の恋人として満たされていました。叔父夫婦には週一、二回外泊していることは実家の家族にまだ秘密にしてもらっていました。私に恋人ができたことだけはそれとなく叔父が父に報告したそうです。




 マテオが無駄に私の人間関係を詮索したがると知ったのはこの頃でした。


 ある土曜日に彼は私をカフェに迎えに来てくれました。少し早めに着いたようで、マテオはカフェにお客として入ってきたのです。カプチーノを注文して、私の勤務が終わるまで待っていてくれたのはいいのですが、私は後で怒涛の質問攻めに遭いました。


「キャス、レジで君の周りをうろちょろしていた小僧は何なんだ?」


「トーマのこと? 最近始めた新人で、薬学の学部生よ」


「不必要なまでに君に馴れ馴れしい」


「だって彼はまだ研修中だから私が色々教えてあげないといけないし……」


「じゃあ奥からしょっちゅう出てきて君の仕事の邪魔をしていたあの男は?」


「彼はマネージャーのニックよ。週末は基本的にはお休みなのだけれど、今日は珍しく出勤していて」


「君に気があるようにしか見えない」


「まさか! 私よりずっと年上で奥さんも小さいお子さんもいるのよ、彼は」


「尚更悪いじゃないか!」


 週一回のアルバイト先でさえこんな感じなのです。栄養学科は学部も院も女子が大半を占めるのが唯一の救いでした。私が男子学生の話をしようものなら大学にまで押し掛けて来そうな勢いです。大学はともかく、研修先にマフィアのボスのような容貌の彼が乗り込んで来たら私の将来の就職にも悪影響を及ぼすに違いありません。




 交際を始めてしばらくした秋の日、マテオはオペラのボックス券が手に入ったからと叔父夫婦も招待してくれました。特に叔母のスザンヌの方が喜んでいました。


「明日のオペラには伯母のナンシーも誘ったよ。観劇の後は皆で食事しよう」


「本当? 私もナンシーにまた会いたかったのよ。嬉しいわ。マテオ、ありがとう」


「スザンヌとうちの伯母は気が合いそうだと思わないか?」


「ええ、そう言われてみればそうね」


 そして私はナンシーとの感激の再会を果たしました。彼女は劇場に来る時は流石に普段着ではなく、人目を惹く美しい赤いドレス姿で見違えました。私はTシャツ姿にすっぴんのナンシーしか知らなかったのです。彼女も私とマテオの仲が急速に発展したのをとても喜んでくれました。


「マテオが貴女を見初めるように仕掛けた私の目に狂いはなかったわ」


 ナンシーがそこまで手ぐすねを引いていたとは思っていませんでした。


「私がナンシーに言った事は全てマテオさんに筒抜けだったそうですね」


「だって私、貴女のことを凄く気に入ったから。マテオのこと、よろしくね」


「そんな、とんでもないです。私の方がマテオさんにはお世話になりっ放しですから」


「私にはお互いに世話を焼いているようにしか見えないわよ」


 ナンシーはニヤニヤ笑いながらそう言いますが、私はその言葉には少々首を傾げずにはいられません。


 ナンシーと私の叔母スザンヌもすぐに意気投合し、仲良くなって時々お互いの家を行き来したり一緒に買い物に行ったりしているようです。私とマテオの予想通りでした。時々は私も誘われて、女三人で出掛けることもありました。




***今話の一言***

ミア ベッラ

私の美しい人(女性)


二人揃えば最強、おばさまコンビ結成です。

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