第6話

「リーフ様、こちらがリベンジ草というもので、主に切り傷に効く薬草です。葉の形が特徴的なので、一度覚えてしまえば簡単に採取できますよ」

「ああ、聞いたことはあるな。でもあれって、本当に気休め程度だろ?」

「このまま塗りたくればそうですね。しかし、ウッドエルフの調合術を使えば効果は段違いです。最高品質の切り傷薬は切断された指もくっつけることが出来るそうですよ?」


 俺はそうして、数日をかけてトゥイと共に樹海探索をしていた。冒険用のポーションなんかは俺もよく使っていたが、その原材料までを知るのは薬師の仕事だからと知らないままだった。


 まさかこんなに沢山の薬草があって全部用途が違うとはなあ……残念ながら、これはもう一朝一夕で片付く知識量じゃない。せめて慣れるまでトゥイが居てくれたら別なんだけど。


「この葉は? なんかネトネトしてるけど」

「カラミ草です。素手で触ると皮膚が焼けますよ。その手袋をしていれば大丈夫ですけど……飲み物に混ぜたら喉を完全に焼く事もできそうですね」

「ふうん。それじゃ、魔香にしてみるか」


 俺はその中でも、強い毒性を持つ物を中心に魔香にしていた。俺は薬師として生活するために学んでいるんじゃない。あくまで俺の冒険に必要な知識を学んでいるだけだ。


 そうなると、『ハーブマスター』というスキルを使わない手がない。俺は龍麻痺の葉から『龍の加護』という強力な防御スキルを一時的に身につけられた事で思ったのだ。強い毒素を持っている葉にこそ、強いスキルが隠れているんじゃないか、と。


「それにしても、あの時は申し訳ありませんでした。見たことも無いスキルだったとはいえ……いえ、だからこそもっと詳しく調べるべきでした。まさか、植物に宿る力をそのまま使えるなんて思いもせず……」

「もう何十回目だよ、その話。構わないって。俺の体がどんな毒草でも食えるだけって事に変わりは無いんだからさ。ただ、魔香にしてみればスキルとして身に付くっていう応用があっただけだよ」


 実際、未だに俺の体がどうなっているかは長老でも分からないらしいしな。魔香から得られる効果の吸収力が異常なほど高まった、くらいしか分析できていない。


 しかし部屋に匂いを満たす一般的な魔香では何の力も得られなかった。では人前で毒草をパイプで吸う場合も問題があるかというと、毒素を俺が吸い取ってしまうらしく、周囲には珍しい香りだとくらいしか伝わらないのだとか。


 検証の結果として……俺がパイプで毒草を魔香として吸った場合にのみ、中に含まれる毒を吸い込むことができ、俺だけにスキル習得という結果が生まれるんじゃないか、ということだった。


「さて、収穫収穫……」

「リーフ様、さっきから毒草ばかり摘んでませんか?」

「んな事ないって。それに長老も言ってただろ? 可能な限りサンプルは摂取した方がいいってさ」


 悪びれもしない俺に、トゥイは腰に手を当てて睨み付けてくるが、気にしない。


 カラミ草を手袋越しに摘み取って、パイプの中に入れて火種を付ける。この辺りの作業はもう慣れたものだ。


「んー、悪くは無いな。癖が強いけど、香りが強烈で……それでいて十分に力が付く。これは、当たりを引いたかな?」


 そう呟いた瞬間、また脳内で声がした。あの日から三度目のアナウンスだ。


 ――『清水』を習得しました。


「どうですか?」

「『清水』だってさ。これって確か水魔法の資質だよな? これで念願のプチファイア以外の魔法が……!」

「そうですね……資料にも載ってたスキルです。極めれば湖を作るほどの水流を生み出せるはずですよ」


 そうして、心の中で水よ出ろと念じる。そして手の先から……チョロチョロとごく僅かな水が滴り落ちた。それだけだ。


「……失敗? ハズレ?」

「いえいえ、十分当たりです。スキルを使っても消えていないのでしょう? なら、この樹にはいつか『樹の魂』が生るのかもしれませんね」


 そして、もう一つ分かった事がある。どうやら、俺が摂取できる力には二種類あるようだ。


 分かりやすく例を挙げるなら、一つは『龍の加護』。あれは一度使えば消えてしまう代物だったが、性能自体は完成されていた。だが、今の『清水』のように使っても消えないスキルは、未完成の状態で身に付くようなのだ。


 いずれ『樹の魂』となるはずの樹から実が生る前の状態で、実ではなく葉から力を収穫しているからそうなるのだろう、とのこと。要はスキルとなる力の端っこを囓る事ができるってわけだ。


 『蔓龍の皮膚』はその間だな。即座に一本の蔓としての性能を得られたけど、体に染みこませるまでにあれだけ激しい戦闘での酷使を必要とした。死にかけるまで使い切って、ようやくモノにしたようなものだ。


「つまり、これも鍛錬が必須ってわけかあ……」

「『樹の魂』が与えてくれるのは才能です。どれだけ伸ばせるかはその人次第ですよ」

「ま、そのうちね……俺が今一番欲しいのは自衛の術、すなわち攻撃手段であって。今のままでもパイプの中に入れる水分くらいは『清水』で作れそうだしね」

「ウッドエルフとしては有り難い話ですけどね。一時的なスキルを得られるものは『樹の魂』が生る可能性が無く、恒久的に身に付くものには『樹の魂』がいずれ出来ると判断できるわけですから」


 トゥイはそう言うが、正直言って俺にはつまらない話だった。『樹の魂』が生る前からスキルを収穫できるのは大きな強みだったが、『樹の魂』自体には俺はもう興味を失っていたのだ。


 何しろ、蔓龍戦後二つ目を口にしてあんな思いをしたばかりだ。もう一つ食べてみよう……とは、中々思えない。そりゃ、力不足で本当に死んでしまうよりはマシだが、あの拷問を望んで迎えようとは思えない。


「これで三つ目の収穫スキル……『筋力増加』と『土造り』に次いで『清水』か。どれもこれも訓練しなきゃ使えないなあ……」

「でも、この樹海の中には『剣聖』だってあるかもしれませんよ? 数日で三つのスキルを得て……それで文句言ってたら怒られちゃいますよ」

「正直、今の俺が『剣聖』を手にしても意味ない気がするんだよなあ。完成品のスキルを身につけたなら急激に切れ味が変わるんだろうけど、未完成スキルを習得した所で『剣聖になれるかもしれないですよスキル』になるわけじゃん?」


 まあ、それはそれで十分過ぎるとは思うが。つまるところ、俺はスキルを乱獲できるものの、完全に習得するまでに時間はかかる。それまでの間に『剣聖』持ちの剣士に出会えばあっさり負けてしまうような気もしているのだ。


 それを人は熟練度の差、という。剣を握ってから十数年経つスキル無しの剣使いに、伸びしろがあるだけの『剣士』のスキルを持った子供がいきなり勝てるかというと、それは別の話、というやつだ。


 まあ、それこそ『剣聖』クラスの完成されたスキル補正というものは、時に身につけた瞬間から師範を打ち倒すようなジャイアントキリングを起こすほど凄いのだろうけど。


「それでも、この味は確かに当たりだな……爆葉とかいうあの草と混ぜたらいい香りになりそうだ」

「あの、リーフ様。決してそれを私に吸わせようとはしないでくださいね?」

「分かってるよ。美味い魔香を吸いたいだけの個人的な趣味だ。他人を巻き込むつもりは無いさ」


 毒入りの魔香なんて放った暁には、めでたく立派な犯罪者だ。無論、一般的に使われている魔香炉はそういったことが起こらないようになっているが、少々古い型のパイプでは毒素も関係無く煙にしてしまう。


「いいえ、この数日で分かりました。リーフ様は樹海を歩く怖さを知りません。帝都からここまで来られた事が奇跡のようです。薬草と毒草の違いも分からなければ天候も樹海の樹が地面に根を張らない理由も知らないんですもの。これじゃ、心配しちゃいますよ」

「はっはっは。その辺は若さと根性でね……それに、俺に付いてきてくれる導き手、地図師なんて居なかったんだ」


 と、その時だった。ぞわりと全身が総毛立つ気配を感じた。これは魔力の圧に呑まれたわけじゃない。経験則として知っている驚異に恐れたのだ。


 目前百メートル先に見えるのは……のっそりと歩く四足歩行の灰色熊に似た魔物。口内に収まりきらないほどの牙と剥き出しになった筋繊維。あれは間違いなく……。


初狩りの悪魔ザ・キラーだ」

「弱者を見分ける魔物ですね。自分より強い者には手を出さないために長生きはしますが……あれほど育った個体も珍しいですね。しかも、戦闘中じゃありませんか?」


 何だって、とよくよく見てみれば、鈍重な動きではあれど細い木々をなぎ倒しているのが分かった。魔物や魔獣は意味も無く樹海を傷つけたりはしない。しかも、キラーが戦っているということは殺せる相手と判断されているということ。


 ――誰か、誰か居ないの!? 仲間が皆……!


 そして、そんな悲痛な叫びも聞こえてくる。これで見殺しにすれば、明日の魔香はさぞかし不味いことだろう。


「マズいかもな。加勢に行くぞ」

「はい。私は弓での支援しかできませんが……」

「十分だよ」

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