第4話

 ――GEEYYYAAA!!


 蔓龍は怒りを咆吼に変えて俺に一直線で向かってくる。やはり、こういう部分はどんな名前が付けられていようと魔物……単純型の思考だ。


 だが、ただむやみに爪を振るっては来ない。蔓龍は飛び上がり思い切り強靱な尻尾を振り回した。当然、真上からの超広範囲の攻撃など避けようもない。だが……俺にはそれを防げる確信があった。


「……良い皮膚持ってんなあ、お前。まあ、今となっちゃあ俺もだけど」


 その蔓龍の一撃は俺の体を捕らえた辺りでピタリと止まった。むしろ、反動で蔓龍自身が体勢を崩して地に落ちてきてしまう始末。そりゃあそうだろう。剣が弾かれただけであの衝撃だったんだ。全体重を乗せたぶん回しの衝撃が返ってきたら無事ではいられまい。


 そう、蔓龍の蔓で作った魔香を吸った瞬間、俺にはこう聞こえていたのだ。


 ――『蔓龍の皮膚』を習得しました。


 それはきっと蔓龍の持つこの上なく丈夫な外殻を自身で再現できるということだろう、というのが今回の一戦における俺の賭けだった。結果は……ご覧の通りだ。


「筋力差を無視するほどの弾力……魔力が馬鹿みたいに使われていくけど、一瞬なら使えなくもないな。じゃ、今度はこっちの番だ!」


 まさに形勢逆転。俺は未だ衝撃から立ち直れていない様子の蔓龍の腹に飛び乗り、蔓を噛みちぎっては捨てていく。生物である以上、心臓はあるはずだ。それは神性生物でさえそうだと聞く。


 ――もし、この世の全ての植物から力を取り出せたなら。


 そんな話は、いくらでも聞く。それは一山いくらの英雄譚だったり、神話で語られていたり、子供が夢を見たり。そんな奇跡みたいな話だ。


「またスキルが消えたら困るからな……お前の蔓を吸いながら、魔力を何千本分でも吸い尽くしてやるよ。蔓の特徴と言えばエナジードレイン……『寄生パラサイト』だからな」


 そして蔓龍は先ほどより大きめの火球を口内に作り出す。自分の体ごと俺を焼く気か?


「いいぜ、我慢比べといこうじゃないか……『超速再生』に使うのは、全部お前の魔力だけどな」


 今の蔓龍の黄色い瞳には、俺はどんな風に映っているだろう。一息吹けば消し飛ぶだけの存在だった俺に、ハズレスキルを得ただけの俺に食われる……叩いて潰そうとも焼こうとも、ただ自分の魔力が消えていくだけ……。


 俺は思わず、パイプの煙をふっと短く吐き出して口元をつり上げていた。


「いつになっても、気持ちの良い瞬間だな。逆転劇って奴は」




 ――あれから何時間、いや何日、何年経っただろう。俺は蔓龍に刺され斬られ燃やされ、幾百もの『超速再生』と『寄生』を繰り返して、その度にひどい激痛に襲われながら必死に蔓龍の魔力を吸い上げることだけを忘れずに耐えていた。


 そして……耐えきった。蔓龍の猛攻は叫びと共に激しくなり、やがて断末魔のような声を漏らして沈黙した。


「はっ、はっああああ……ざまあ見ろ」


 勝利宣言をするが、もう体がボロボロでろくに力も入らない。


 そりゃそうだ。寄生主が死ねば蔓もまた死ぬのだから。自分の体の事くらい、自分が一番分かるというがあれは本当らしい。あまりに魔力の出入りが激し過ぎて魔神経はズタズタ。そんな形で再生された肉体はあまりに無残。


 もはや倒れようとする体を支える理由もなく、俺は蔓龍の残骸の中に倒れ込んだ。『災害』と呼ぶに相応しい龍を打ち倒したのだから、もう虚しくも何ともない。


「……あれ、何だ?」


 そんな時、掠れつつある視界の隅に、脈動する何かが見えた。パイプで最後に残った蔓の一本を吸い終えた、ちょうどその瞬間。ソレは浮遊するように俺に向かってきた。


 これはおそらく、蔓龍の心臓。そう断言できるのは、それほど蔓龍の肉を味わいすぎたからだ。アレからは、その魔力を数千倍に強めたような香りがする。見た目はまるで脈動する果実。言うなれば……『樹の魂』の上位にあたる何かのように感じる。


「『樹の魂』は、二個食えば死ぬんだっけか……?」


 そう呟いた途端、久しぶりに脳内に声が聞こえた。死にゆく俺の幻聴かどうか、そんなことはもうどうでもいい。


 ――貴様ならそれができる。


 だが、その声は先ほどまで聞いていた蔓龍の鳴き声にひどくよく似ていた。


 ――我を食らった貴様こそが、次なる『災害』の担い手だ。


 どちらにしろ、『超速再生』がある以上、蔓龍の心臓をそのままにはしておけない。こんな化物、生かしておいてはヴァルハラにも行けやしない。


「生き延びりゃ、人類を脅かす『災害』に成り下がって……このまま死ねばお前が復活するってわけか……。はっ……どっちにしろ、食うしかねえじゃんかよ」


 その言葉通りに、心臓は俺の左手の平に落ちてくる。もう声は聞こえない。後はどうぞご自由に、といった所か……。最後まで、ふざけた奴だ。


 これを食らえば死ぬかも知れない。いや、十中八九死ぬだろう。だから……蔓龍をここまで食った俺が食うべきなのだ。毒を食らわば皿まで。盃を差し出されて断るなんて真似、出来るわけがないだろう?


「んぐっ……ぐ、あ、ああ……ああああ――――!」


 ひと思いに心臓を呑み込んだ。相変わらず魔香にしていない植物はクソ不味くて食えたものじゃない。だが、それ以上に……体が作り替えられる感覚がえげつなかった。


 もはや酩酊感とかそういうレベルじゃない。俺の脳内にあったのは細胞を一つ一つ爆発させて代わりを埋め込まれるような苦痛だけだった。


 今となっては死さえも怖くない。自分が自分で無くなるような、そんな感覚が……俺には、何よりも恐ろしかった。


 俺はいつ上げたかも分からない己の絶叫を遠くなっていく意識の中で感じて、完全に脳ごと斬られるように唐突に世界が暗闇に包まれた。


 ――この日生まれたのは、英雄か。それとも新たなる『災害』か。それはまだ誰も知るところではない。


 ◇


 そして、『災害』が消えた気配を感じたウッドエルフの少女、トゥイは目を覆う程の有様な蔓龍の暴れた跡地にたどり着いた。そして……倒れた蔓龍の骨との中で眠っている青年、白い肌に漆黒の髪をして穏やかな顔つきのリーフの元へゆっくりと歩く。


「生きてる……生きていらっしゃいます! すぐに里で治療しますから、どうか耐えてくださいね……。私達の恩人を、死なせなんてしません!」


 その騒ぎは、やがてリーフを連れ帰ったと同時に里中に広まることになる。『災害』が人間に負けた事は長い歴史では幾度かあれど、単独でそれを成したのは史上初めての偉業だった。

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