第13話 アーロンとリーン

アーリーンは、…コロニーのはずれにあるコーゾ部落で生まれました。

 父ウィルバは真面目な食用ゴケの栽培及び販売業者でした。そして大ナマズのコロニーだけでなくチッゴリバーの他の地域やクルメシティまで広く行商に回っていました。

 母ソフィアはやさしく真面目な性格でコケの栽培をしながら二人の子供を育てました。明るく幸せな家庭でした。

 部落はソフィアの地元で親族が多く住んでいました。

 母のソフィアは若い頃、もっと大きな集落に遊びに行ってみたくなり、コーゾ部落を出て大集落ポロに行きました。そしてポロで遊んでいるうちに、若いウィルバと出会いました。

 ウィルバは野心家で珍しい食用コケの栽培技術を自分で研究し、その苗を持っていました。

「ソフィア、僕はこの珍しくて美味しいコケをたくさん栽培して、コロニーだけでなく地上のクルメシティで売るんだ。そうしたら将来大金持ちだぜ!」

「ウィルバ!あなたってすごいのね。あなたって他のナマズと全然違うわ。大きな夢を持っているのね。」

 若いソフィアはコロニーの中ですら良く知らないので、クルメシティなどの噂に聞く大都会は想像もできませんでした。だから単純にウィルバに憧れて、好きになりました。

「大好きなウィルバ♪コケの栽培だったら私の村がいいわよ。コロニーのはずれで少し遠いけど、流れが穏やかで日当たりがとってもいいの。」

「本当かい。愛するソフィア♪。結婚して君の村に行こう。二人で幸せな家庭を作るんだ。」

 若い二人は結婚してソフィアの地元コーゾ村に引っ越しました。

 地元では親族や村人が喜んで出迎えてくれました。

 幸せな生活が始まりやがて子供が生まれました。子供はなんと双子でした。

 男の子をアーロン、女の子をリーンと言いました。

 一応アーロンが兄でリーンが妹でしたが、いつも二人仲良く遊んでいました。

 ウィルバは食用ゴケを一生懸命栽培して、コロニー中を行商しました。

 食用ゴケはナマズ族の大好物でしたが繁殖場所がすごく少なく希少品だったために、ウィルバの食用ゴケはすぐに評判を呼び大いに売れました。

 この時ウィルバは食用ゴケを生のまま販売しました。水中では生のままでも悪くなったりせず鮮度を保つことができます。ナマズにとって、独特の生のコケの匂いがとても食欲をそそり、わずかなコケを大きな口に含み、いつまでも味を楽しむのです。

 ウィルバは資金が少し貯まったので、地上のシティで食用ゴケを売る準備をはじめました。地上で売るには工夫が必要でした。

 なぜなら地上ではコケが乾燥したり、腐敗したりします。それから地上の住民はあまり生臭い物を好まないということもあります。

 ウィルバは以前からコケに香辛料を混ぜて保存するアイデアを持っていました。それに美味しい味付けをして地上で販売しようと思っていました。

 ソフィアが料理好きだったのでいろいろな味付けを工夫して、ついに新しいコケ食品ができました。

 そして出来上がったものをシティで仕入れたきれいな容器に入れて“チッゴリバー奇跡のツクダニ♪”と言う名で売り出しました。

 奇跡のツクダニはシティで大評判になりあっという間に売り切れました。

 ウィルバは売り切れたその日にたくさんのお土産を家族に買って帰りました。

 アーロンとリーンは初めてケーキと言う物を食べました。

「パパ、おいしー♪」「パパ、ありがとー♪」

 そしてウィルバとソフィアはシテイのシャンパンというお酒で乾杯しました。

 家族の最も幸福な時間が流れて行きました。

 ソフィアはウィルバと結婚したことをとても良かったと感じました。


 ウィルバがシティで売る“奇跡のツクダニ”はいつもすぐに売り切れました。

 その度に、ウィルバはたくさんのお土産とお酒を買ってきました。

 そしてお酒が無くなるまで自宅で楽しむようになりました。

「ウィルバ、あなたのおかげで私たちはとても幸せよ。…でもいつもたくさんのお酒を買って帰って飲むようになったわ。そんなに飲むとあなたの体が心配だわ。」

「ソフィアは心配し過ぎだよ。僕がいくらでも稼いでくるだろ。ゆっくり人生を楽しまなくちゃ。」

「お金持ちって程じゃないけど、あなたのおかげで何不自由なく暮らせるわ。

 子供たちも元気に育って私たち家族は幸せよ。…


 ウィルバは行商がうまく行くことがわかると、自分で言ったように人生を楽しみ始めました。

 だんだんと行商が終わってもすぐにコロニーの家に帰らなくなっていったのです。ウィルバはシティの歓楽街で遊ぶようになっていきました。

「あなたおかえりなさい。今回の行商は随分長かったのね。私や子供たちはとても寂しかったわ。」

「ごめんね、ソフィア。僕たちのツクダニもだんだん飽きられてきたみたいだよ。だからあちこち行商の範囲を広げて頑張ったのさ。

 でもこれからはもっとたくさん売らないといけないから、ソフィアが畑を大きくしてくれるのが頼りなんだ。」

「え、今でも精一杯だわ。…毎日、育児や家事もあるし…私、少し疲れたわ。

 ところで、そんなにツクダニがすぐに売れるのだったら、人を雇ってあの小さな畑を農園にしない?そうすれば、私も少し楽になるんだけど?」

 畑で食用ゴケを栽培するのはいつの間にかソフィアだけの仕事になってしまいました。

「馬鹿だなあ、ソフィアは。農園を作ってそんなにたくさん作れば、今度はコケの希少価値が無くなって、みんな飽きちゃって、かえって稼ぎが減ってしまうだろ。

 ソフィアが一人でやってくれるぐらいがちょうどいいんだよ。

 でもよかったら畑を今の2倍くらいに広げてくれないかな。」

「え!…」

「大丈夫だよ、ソフィアだったらできるさ。僕はほら行商に廻って疲れているだろ。だから家庭に帰った時は少しゆっくりしたいんだよ。

 君が畑を広げてくれたら、僕ももっと行商で頑張るよ。」

 ウィルバは少しも悪びれた様子もなく言いました。

 それからは毎日、毎日、ウィルバはソフィアに畑を広げる話をしました。

 しょうがないのでそれかソフィアはウィルバに言われたように畑を少しずつ広げていきました。

 結局ソフィアの仕事は二倍に増えました。


 ある日、ママがあまり家に帰ってこないので双子の子供たちが心配して畑にやって来ました。

「ママ、僕たちも手伝うよ。」「手伝うよ。」

「ありがとう… でもあなたたちにはまだ無理よ。やさしいのね、フフフ。でもお家に帰って、パパに遊んでもらいなさい。」

「パパはいやだ。すぐ怒るし。」「お酒くちゃーい…」

 ウィルバは本当は優しいんだとソフィアは信じたいのですが、ウィルバは毎日シティで買って来たウィスキーや酒(サケ)を飲んで過ごしました。

 そして少しも畑仕事を手伝おうとせず、子供の面倒もだんだんみなくなりました。

 疲れ果てたソフィアがウィルバに少しでも愚痴を言うと、ウィルバは激しくソフィアを罵りました。優しいウィルバに戻ってもらいたいソフィアは決して反抗しませんでしたが、ウィルバはますます粗暴になっていきました。


 ようやく収穫の時を迎え、ソフィアが一生懸命作った食用ゴケの“奇跡のツクダニ”をたくさん抱えてウィルバは行商に出かけました。

 そしてウィルバがいなくなってようやくソフィアは安らかな気持ちになっている自分に気付きました。それは何とも言えない悲しい事でした。


 ウィルバが行商中に事件が起きました。

 畑の食用ゴケと製品の“奇跡のツクダニ”が大量に盗まれたのです。

 ソフィアが疲れ果てて眠ってしまう深夜のことでした。

 ソフィアは朝起きてコケが盗まれたことが分かった時ショックで倒れてしまいました。そして数日寝込んでしまいました。

「ママ、どうしたの?」「ママ、眠いの?  僕たちはお腹すいたよ…」

 数日して起き上がった後もソフィアは不安にさいなまされました。

 次の生活費がいずれ足りなくなるわ。それにまた泥棒がやって来ても私一人では防げないわ。…ウィルバが怒る顔が浮かび、ますます不安が増しました。 …いったいどうすればいいの …

 ソフィアの訴えで村では警護団が組まれました。そして残った独特の匂いから古代両生類のゲロッパリン族が犯人ではないかということになりました。

 古代両生類はサメやアリゲーターほど乱暴をせずいつも楽しく遊ぶので、わりと自由に大ナマズのコロニーに出入りしています。それに彼らは陸地のどこからでも出入りできるので、水中のナマズ砦で監視することもできません。

 しばらく後、コケ以外の被害がなかったため、警護団はまもなく解散しました。


「いったい何やっているんだ!ソフィア。君の責任だぞ!」

 帰って来たウィルバはソフィアを責め立てました。

「子供達の世話もあるのに朝から夜まで見張るのなんかできないわ …」

「ふざけるな!僕の大事なコケだぞ!僕が長い間守ってきたのに!君たちはそのおかげで食べていけたんだぞ!バカ!バカ!バカ!君のせいだソフィア!」

「…あなた …大事なコケを無くしてごめんなさい。そんなに怒らないで…」

「何をしてるんだ!ソフィア!寝てる暇なんかないぞ!畑に出て少しでもコケを増やして来い!!ノロマ!!」


 ソフィアはようやく気持ちを必死で持ち直して、畑にコケの苗を植え始めました。コケの成長は比較的早いのですが、それでも数ヶ月かかります。

 ソフィアが一生懸命コケの栽培や育児と家事に頑張っている時でも、ウィルバは一向に手伝うこともなくお酒を飲んだり、大きなナマズ集落ボンに出かけて行きギャンブルで残り少ない生活資金を使ったりしました。


 ようやく新しいツクダニを持ってウィルバが行商に出かけると、さらに驚くような事が起きていました。

 ウィルバがシティでいつものように苔のツクダニを買ってもらおうとなじみの料理屋によりました。

「こんにちはー!“奇跡のツクダニ”のウィルバです!いつもの新鮮なツクダニを持ってまいりました。」

「おや、ナマズのウィルバさんかい?今はツクダニは間に合っているよ。

 また今度ね!」

「え!間に合っているって、随分期間が空きましたけど?…もしかして、あまり人気がなくなったとか?」

「いえいえ食用ゴケのツクダニは大人気よ?でもごめんね、うちは間に合っているんだよ、ウィルバ。よそに行っとくれ!」

「 …また今度お願いします。…」

 料理屋やお店を何軒回っても同じような状況でした。

 ウィルバは焦って一生懸命にあちらこちらの得意先のお店をまわりましたが、どこも間に合っていると断られたのです。

 おかしいと思ってウィルバが店先の商品を見るとウィルバの“奇跡のツクダニ”にそっくりの商品がどの店にも並んでいました。

 商品の名前は“ゲロッパの美味しいコケヅケ”と書いてあります。

 売っていたのは古代両生類のゲロッパリン達でした。それも農園で大量に作ったに違いなく、ウィルバよりかなり安い値段で販売していたのです。

 怒ったウィルバはゲロッパリンたちを必死で探しました。

「お!お前たち!僕の大事な食用ゴケを盗んだな!」

「なんだ行商人のウィルバか。はははは、笑わせるな!お前のコケは田舎のみすぼらしい畑で手作りしているそうだな。

 俺たちは立派な農園で管理しながら作っているんだ。きれいでおいしい俺たちのコケヅケが売れるのは当り前さ。シティではなんでも自由に売っていいんだよ。」

 くそー!!ウィルバがゲロッパリンたちに殴り掛かりました。でもゲロッパリンはその時3人だったので、あっという間にウィルバは殴り倒されて、ボコボコに殴ったり蹴ったりされました。

「ウウウ…」

 ゲロッパリンたちのリーダーのような男が苦しんでいるウィルバを見下ろして言いました。

「馬鹿なナマズ野郎だぜ。たしかにお前の畑から食用ゴケをいただいたのは俺たちさ。」

「お前たちは盗人(ぬすっと)野郎だ。くそー!!ウウウ…」

「お前の販売しているツクダニの原料の生のコケがどうしても必要だったのさ。

 いろいろわかったぜ。お前のコケはチッゴリバーの上流の俺たちの住んでいる池に自生している一族の大事な食用ゴケさ。川のどこにも繁殖していないコケだぜ。ようやくむかし俺たちの大事なコケを盗んだ犯人を見つけたぜ。

 お前こそ盗人のチンピラだ。探したぞ、泥棒ウィルバ!」

「…ち、ちがう!コケは俺が自分で秘密に見つけたものだ。…」

 ウィルバはボコボコとまた蹴られたり殴られたりしました

「ハハハハ、そんな便利な秘密の場所はねえよ!実は本当に俺たちが知りたかったのはお前の作ったツクダニの味付けの方さ。でも大量に手に入れて研究したからだいたいわかったぜ。女どもがわかったとさ。もうお前は用無しだぜ!」

 またボコボコ蹴りが入りました。

「訴えたきゃいつでも訴えていいぜ。本当の盗人がどっちだか証明してやるからな!!ガハハハ!」

 ウウウとうめくウィルバをその場に捨ててゲロッパリン達は去って行きました。


 大量に売れ残ったツクダニを持って家に帰ってきました。

「ど!どうしたのいったい!!」

「ソフィア!お前のせいだー!!!」

 そう叫ぶとウィルバはソフィアを突き飛ばしました。

 ソフィアは頭を打って気を失いました。そしてそばで見ていたアーロンとリーンは泣き出してしまいました。

 それからウィルバは行商に出なくなりました。そして毎日酒浸りの生活を送る様になりました。

「お前が僕の大事な…大事な …食用ゴケを盗られたから… お前が僕の未来を奪ったんだ!ソフィア!」

 ウィルバは毎日ソフィアをなじり、時に暴力を振るいました。

「パパ、ママをいじめるのは止めて …」

 アーロンが母親を守ろうとして、ウィルバに突き飛ばされました。

 リーンはずっと泣いていました。


 ソフィアは疲れてやつれていましたが、ウィルバが全く働かないので、子供たちのために生の食用ゴケの行商に回りました。

 川の中では生の食用ゴケが食べられるので、少しずつお金や食べ物を得ることができました。

 でもソフィアにとって家事や子供たちの世話をしながら、コケの栽培をして売り歩くのは大変な重労働でした。

 そしてある日、疲労でソフィアは倒れてしまいました。

「ママー!ママー!」「パパ!ママが倒れているよ!!」

「ふん、ママには天罰が下ったんだよ。」ベッドで寝たままウィルバが答えました。そして倒れているソフィアには無関心でまた酒を飲み始めました。

 子供たちは二人でソフィアを引きずってベッドの近くに寝かせました。ベッドの上まで抱え上げることができなかったのです。

 それから何日も二人で母親の看病をしました。畑のコケやためていた食料を運んできて母親に少しずつ食べさせたり、自分たちもお腹がすくので食べました。

「ありがとう、でもママはお腹いっぱいだから、あなたたちが食べてね。」

「だめだよ。ママが食べないと。そして元気になってまた一緒に畑仕事をしたり僕たちと遊ぶんだよ。」アーロンが言いました。


「リーン、もう食べ物があまりないよ。だってパパがどんどん食べちゃうんだぜ。」ある日、アーロンがリーンに小さな声で言いました。

「ママが食べる分が無くなるわ。…」またリーンが泣き始めました。

「こっそり食べ物を隠すんだ。パパにばれないように少しずつだよ。そして僕たちは外で食べ物を探そう。」

 二人は食べ物を毎日少しずつ別の場所に移して隠しました。それから二人で小魚や川エビを探しに出かけました。

「やっぱりエビが美味しいね。」「でもカニは硬いわ・・・」

 二人は子供なので大きな魚を取る方法もわからず、毎日わずかな食べ物で過ごしました。

「こらー!!アーロン!てめえ食い物が無いぞ!!」

 怒ったウィルバがソフィアの部屋へ怒鳴り込みました。そしてアーロンを殴り倒し、リーンが持っていたソフィアに食べさせていた食べ物を奪いました。

「たったこれだけで足りるかー!!」

「ウィルバ!やめてちょうだい!」床に寝ていたソフィアがウィルバにしがみつきました。


 数日後、リーンが隠していたわずかな食べ物をソフィアに食べさせようとした時、ソフィアは目を覚ましませんでした。

「ママ… ママ… 目を覚まして…」

 畑の仕事を終えてアーロンが帰ってきました。そして眠っているソフィアと泣いているリーンを見ました。

 アーロンは母親にそっと触れて、冷たくなっていることを理解しました。

「くそー!!!!」

 アーロンは父親の部屋に飛び込んで飲んだくれて寝ているウィルバに頭突きをしました。

「痛って-!!この野郎!」ベッドから転げ落ちたウィルバが起き上ってアーロンを叩き倒しました。

 

 数日後、ソフィアの葬儀が行われました。コーゾ部落にはソフィアの親族が何人もいるので、ウィルバは自分が憎まれているのを感じました。

 ソフィアは親族の墓地に埋葬されました。


 ある日、ウィルバは他人の家に忍び込んで食べ物を盗もうとして見つかってしまいました。いくつかの家から食べ物が無くなる出来事が続いたので、家の住人が隠れて見張っていたのです。

 そしてウィルバは住民から激しく暴行されてコーゾ部落を追われました。

 二人の子供はコーゾ部落に残されました。父親が居なくなったことで二人は悲しむどころかとても平穏な時間を得ることができました。

 近所に住んでいるやさしい叔父や叔母が何かと世話をしてくれました。

 でも二人は親戚の家ではなく母親の思い出と一緒に自分たちの家で暮らしました。

 リーンは泣き虫で寂しくなったり近所の子供たちから苛められたりするたびに泣いていました。でも双子なのに兄のアーロンはとてもしっかりしていて、いつもリーンをなぐさめたり助けたりしてくれました。

「リーン、僕たちは生きて行かなければいけないから、お母さんが残してくれたコケを売ってまわろう。」

 二人の小さな兄妹は母親から習ったコケの栽培をし、部落の周りを行商してまわりました。二人の小さな子供が来るので、どこの家も最初驚き、優しい笑顔で迎えてくれました。


 大ナマズの部落を追われたウィルバは国境を越えて、アリゲーター族の集落に近づいていきました。

 アリゲーターは危険な種族ですが言葉が普通に通じてサメのように凶暴でもないので行商で慣れていたウィルバは近くに住むようになりました。

「よお、ナマズのおっさんこんなところに何しに来たんだよ。」

「いやー、私は旅が好きなんですよ。この辺は水もきれいでいいところに住んでいますね。」

 しばらくしてアリゲーターが備蓄していた食料が無くなる騒ぎがたびたび起こりました。

 そして結局、ウィルバは自分自身が恐ろしいアリゲーター族の食料になってしまいました。


 アーロンとリーンは行商が終わった後、二人でいつも遊びに行きました。

 それは単なる遊びではなく食べ物になる小さなエビや魚を探して回るのです。

 その日、行商であまりコケが売れませんでした。川の水が増水して住民がみんな穴の中に閉じこもっていたからです。

 しょうがないので、アーロンとリーンは小魚を探しにでかけました。流れが速くなって二人はどんどん流されていきました。

 アーロンは平気でどんどん泳いで行きましたが、リーンは不安になっていました。

「お兄ちゃん!アーロン!そろそろ戻りましょ。危ないわ!」

「平気、平気、リーンは怖がりだね。なんだか流れが速くて気持ちがいいや。」

 小さな2mくらいの大ナマズの二人の子供が速い流れに乗って川下方向に流れていくのを第三砦の警備兵は見逃しました。

 そしていつの間にか国境を越えて、大ナマズにとって危険な流域に流れて行ってしまいました。

 流れてきた大ナマズの子供を岩陰からじっと見ていた者がいました。

 それは3匹のサメでした。サメ族はいつも飢えていました。そして大ナマズ族を恨んでいました。

「お兄ちゃん、この辺は暗くて気味が悪いわ。…もう帰ろうよ。」

 突然不安になったリーンが泣きべそをかきながら言いました。

「んー…なんだか深みに来てしまったね。流れも止まってつまんないから帰ろうか、リーン」

 その時突然、リーンの目の前でアーロンが巨大なサメに襲われました。

 サメの恐ろしい口がアーロンをくわえて、あっという間に水中が血煙で見えなくなりました。

 リーンはギャッというアーロンの短い悲鳴を聞き、心臓が凍りつくほどのショックを受けました。それと同時に一瞬別のサメがすごいスピードで接近してくるのを見ました。

 恐怖の中でリーンは必死に泳ぎました。

 しかし、巨大なサメは簡単にリーンに追いつきました。そして牙の並んだ大きな口でガブリとリーンに噛みつきました。

「きゃあああー!!」辺り一面に今度はリーンの血が漂いました。

 その時、突然リーンに体中が痺れるような衝撃が走りました。

「バチ!!」

 そしてサメが動かなくなり、静かにリーンから離れて流されていきました。

 リーンは意識朦朧(もうろう)となりながら、自分の体から大量に流れ出ている血を意識して必死に深く潜っていきました。血の匂いは新たなサメを呼ぶのです。

 激しい痛みがいきなりリーンの体に走りました。ガァーっと体が横に持っていかれて別のサメの大きく真っ赤な口が自分の体をくわえているのが見えました。

 その時、またバチっと大きな衝撃とともに光が走りました。

 そしてサメは動かなくなり力なく流れて行きました。

 リーンは朦朧(もうろう)とした意識の中で何が起こったのか全くわかりませんでした。リーンの体もあちらこちらが痺れていました。

 もう一匹近くにいたサメも何か激しいショックを受けて、動けなくなりました。

 意識を完全に失ったリーンはゆっくり深い川底に沈んでいきました。

 その時泥が巻き上がり、何者かがリーンの体を引っ張りました。

 そして泥の中に見えなくなりました。


 リーンがうっすらと目を覚ました時、まわりに三匹の小さな大ドジョウが心配そうにのぞき込んでいました。

 リーンはやわらかな泥の中に寝ていました。どうやら大ドジョウの家のようです。

 大ドジョウはその名の通り5mほどもある大きなドジョウ族ですが大ナマズ族から見たら半分以下の小さなドジョウなのです。でもリーンもまだ子供なので5mくらいです。

「まだらのお姉ちゃんが目を覚ましたよ!」

「アーリーンさん、目を覚ましたの?」

 リーンは頭が少し痛くてボーっとしていました。そして記憶がとても曖昧でした。

「アー…リー…ン??」 …私の名前??

 そして再び深い眠りに入りました。


「アーリーンさん、はい、これを食べて元気を出してね。」

 それは見たことのある食用ゴケでした。

「これは…見たことがある… どうしたのですか?」

「ウィルバって言う大ナマズさんがこのドジョウ部落に寄って、親切に栽培方法を教えてくれたのよ。それまでここはサメ族のテリトリーが近くだから、食べ物探しが命がけだったのよ。ウィルバさんがここで栽培できる食べ物、食用ゴケの作り方を教えてくれたから、危険な食べ物探しに出て行かなくても良くなったわ。だからここの部落の人たちは大ナマズさんにとても感謝しているのよ。」

「ウィルバ…」

 リーンの頭の中で怖い父親の姿がうっすらと思い出されました。

「怖い!」

「どうしたの、アーリーンさん。ここは安全よ。大丈夫ですよ。」

 あの乱暴者のウィルバがここでは村を救った善人として村中から感謝されていました。


 ようやく起き上がれるようになったリーンですが、自分の記憶はすごくあいまいでした。そしてふと自分の体を見るとの青い体色がまだら模様になっているのに気が付きました。

「え!なにこの色!…」

 ショックで涙が流れてきました。… シクシク

 やって来た女性のドジョウが驚いてリーンを慰めました。

「どうしたの、アーリーン …大丈夫よ。ここは安全よ。」

「私の体の色が変になったの!」シクシク、ワーン!!

「アーリーン、アーリーン、大丈夫よ。あなたの体の色はとってもすてきよ。」

「こんなまだら模様じゃなかったわ…」

「あら、私たちはこんな白と黒っぽい地味な色だわ。よく見てね。

 でもあなたは透き通るようなきれいな青と空色よ。私たちドジョウとはくらべものにならないくらいきれいよ、アーリーン。」

「 …私の名前は …アーリーンなの???」

「そうよ。あなたに名前を聞いた時そう教えてくれたわ。」

「 …」


 リーンが目覚めて名前を聞かれたとき、最初にアーロンの名が浮かびそれから自分のリーンが浮かびました。

 双子の意識が重なっていたのです。

「ようやく目が覚めたのね。よかったわ。あなたの名前はなんていうの?」

「アー… リーン…」

「アーリーン、もう少し寝たほうがいいわ。おやすみ…」


 アーリーンは徐々に元気になりましたが、ナマズのコロニーに戻ることなく大ドジョウの部落で暮らしました。

 アーリーンが食用ゴケの栽培に詳しいことがわかり、ドジョウたちにとても喜ばれました。

「アーリーンはどこで食用ゴケの栽培を覚えたの?」

「はい、たぶん父と母に教わったと思います。ウィルバは父なんです。」

「えー!!じゃあ、大ドジョウ族にとって親子で恩人だわ♪」

「え! …記憶が曖昧なんですけど …母は優しい思い出 …でも父は怖い思い出しかないんです。」

「いいのよ。思い出は心にしまってね。お父さんとあなたはここでは恩人に変わりはないわ。あなたはここで平穏を取り戻してちょうだいね。」

「お母さん、ありがとう。」


 アーリーンを匿って(かくまって)くれた家庭は親子3匹の一家でした。

 父はニョロンボ、母はニョロポン、そして女の子がアーリーンよりずっと年下のニュルピンです。

 アーリーンはニュルピンと遊ぶようになりました。

「あまり遠くに行っちゃだめよ。サメに食べられちゃうわよ!」

 実際、祖父と祖母はサメの餌食になっていました。

 ニュルピンはアーリーンを姉のように慕っていつもついて回りました。

 質素で穏やかなドジョウ部落の暮らしはアーリーンの心を徐々に癒していきました。そして暖かな愛情を再び信じるようになりました。


 アーリーンとニュルピンは家の周りの泥の中だけでなく、時々岩場や水草の林まで出かけて遊ぶようになりました。

 成長にともなって徐々に行動範囲が広がることは仕方のない事です。

 だから二人は母のニュルポンに何度も言われたように、サメを見つけたらいつでも隠れることができる岩や泥の近くで遊びました。

 でも奇妙な事にアーリーンが来て以来、サメは決してドジョウ部落に近づかなくなったのです。

 それが何故だかだれにもわかりませんでした。でも大人のドジョウたちの間では大きな体で不思議な色のアーリーンが実は部落を守る女神が姿を変えたのではないかという噂をするようになりました。

 サメがアーリーンの姿を遠くから見ただけで逃げるように居なくなってしまうのを見ていた者がいたからです。

 そして何年も何年もサメの現れない平和な暮らしが続きました。


「はーい♪あんたがアーリーンかい?」

 突然、呼びかけられていつものようにニュルピンと遊んでいたアーリーンは驚いて振り向きました。

「どなた …ですか???」

 そこには赤や黄色の星の入れ墨をして、真っ黒のとても大きな目をしたマダラドジョウの女性がふわふわ浮いていました。

「私の名はビリ子よ。サンダー・クィーン・ビリ子っていうの♪どう、かっこいい名前でしょ。ほほほ」

 そしていきなり真っ黒い大きな目を外しました。すると下にはかわいい目が二つありました。

「… 目を外すことができるんですね?」

「あら、あんたこれ、サングラスっていうのよ。黒い目玉じゃないわ、おかしー!!ほーほっほっほ!♪」

 ビリ子があまりに強烈なのでアーリーンは言葉がでなくなりました。そしてニュルピンはアーリーンの後ろに隠れました。

「あんたの噂をサメ族のあいだで聞いたからさ。どんな子かと思って会いに来たのさ!」

「…サメ族がなんで私なんかの噂をしているのですか?? もしかして私をまた襲う気ですか?  怖い… 兄は私の目の前でサメに襲われて死にました。

 父はワニ族に襲われて死んだと聞きました。私も危うく食べられそうになりました。まだ傷も完全に癒えてないし、記憶すら戻ってないのです。」

「あら、あんた全然わかってないのね。あなたの力でサメが2匹死んで、1匹は未だに動けないわ。あなたがいるから、サメ達はもうここには近づかないのよ。」

「え? それは…私のせいではありません。私にそんな力はありません。」

「なーにを言ってるのハッハッハハ!。アーおかしい!

 あなたは最初からそんなまだら模様なの?違うでしょ。」

「はい…たぶん、違う気がします。あまり記憶が無いのですが…」

「それはね、電気ショックのせいなのよ。私たち電気を出すドジョウやナマズは自分の体も痛めつけるのよ。だから体の中も火傷を負うの。それから皮膚はまだら模様になっていくのよ。私だって最初はきれいに縞(しま)どじょうだったのよ。でも今ではマダラドジョウよ!まったくめんどくさいんだから!

 でもあなたの皮膚は濃い青と空色のまだらでとても綺麗ね。」

「 …私の体はそのデンキとか気味の悪いものはでません。」

「初めてだったら、まあ、何が起こったかもわからないかもしれないわね。

 せっかく私が来てあげたんだから、いちおう説明しといたげるわね。

 まず、あなたは間違いなく電気ナマズっ子ちゃんね。それもそうとう強烈な電気を出すことができるのよ。相手がショックで死んじゃうほどのものをね。

 それから、たぶんあなたは私みたいに電気をコントロールできないのね。

 私はあなたみたいに相手が死ぬほどの電気は出せないけど、でも結構強力な電気を出すことができるのよ。ビビビーってね。自由自在よ。自分の体が大丈夫な程度にコントロールできるのよ。どう、すごいでしょ!って、わかんないか …だから小魚やエビは電気ショックで簡単に捕れて食べ放題よ。

 私はどこでもご馳走がたべられるの。この話だったらあなたでも私がどんだけすごいかわかるわよね。ごちそう食べ放題!ギャハハハハ!!」

「うらやましいです。」

「私はサメ族の部落ではそれこそ女王様みたいだったのよ。何匹か気絶させてやったからね。彼らは電気にメチャクチャ弱いのよ。ほーんと、笑っちゃうくらい。みんなビビって、女王様よ。そこでサンダー・クイーンて言われたのよ。

 わかったあ?サメの部落でけっこう快適に暮らしたドジョウは私が初めてね。

 ギャハハハハ!!そこであんたの話を聞いたってわけ。

『ビリ子の姉御の電気もすごいけど、こここ…この先にあるドジョウ部落にはもっとすごいナマズの娘がいるんでさあ。そ!そそ…そりゃーすごいのなんのって、けっこう悪の3匹が知らずにそのナマズっ娘を食おうとしたんでさあ。で、あっという間に電気ショックを受けて2匹が死んで、離れたところに居た1匹は今も寝たきりでさあ。 …その後、しばらくそのナマズ娘は見なかったので、てっきりいなくなったと思ってまたドジョウ部落を襲いにいったのさ。ドジョウは以前から俺たちにとっていい獲物だったんだ。

 そうしたらその電気ナマズの娘がドジョウの子供と遊んでいやがるじゃないか。驚いたぜ!全く。誰も電気ショックであの世なんか行きたくないからな。

 一目散に逃げて帰って来たぜ。どうもそのナマズ娘はドジョウと暮らしているみたいなのさ。だからもうサメ族はドジョウ部落には行かないのさ』

 その話を聞いて俄然興味が湧いたからここに来たってわけ。わかったあ??」

「…わかりましたけど …でも、私はやっぱり、その電気の子とは違うと思います。…全然、記憶にもないし…」

「あー!!…なたねえ!全く聞いて無かったあ、私の話。…って、いきなり理解しろって無理かなあ。

 でも、もう自分が危険な目に合っちゃだめよ。あなたも、まわりのドジョウも危ないからね。思わずまた電気を出したら、まわりの皆は死んじゃうよ。

 ほんとよー!!危ないとこ行かないこと!!それからどんな状況でも決して冷静な気持ちを忘れない事。

 そうしないとあなたみたいな強烈な電気を出す娘は、成長するとますます力が増して、思わず驚いたり、悲しんだり、びっくらこいこい!でも電気が出て、自分も傷ついて、周りにいた大勢の人も死んじゃうからね。だから、全然わかんなくても、全然わかったあ??指切りげんまんよー!!」

「…よくわかりませんけど、 …でもわかりました。決して冷静さを失ってはダメだということですね。」

「そうそう、わりと物わかりがいいじゃないの。ところで、当分私はここに住むからね。」

「え!」

「えっじゃないの。あなたはナマズなのにこのドジョウ部落に住んでるじゃないの。私はあなたと違ってドジョウよ。ずっと仲間のコロニーを探していたのよ。わかったあ!?」

「は、はい…」


 ビリ子は強引にニョロリンの住まいの横に穴を掘って住み始めました。そして勝手にアーリーンの部屋と自分の部屋を穴でつなげました。

 ビリ子は見た目が派手で態度も悪そうですが、実際は明るく真面目な性格で母のニョロポンや娘のニュルピンともすぐに仲良くなりました。

 時々たくさんの小エビや魚を捕って来て、ニョロンボの家族と夕食をともにしました。サメ族のせいであまり遠くに行けないドジョウの家族にとってエビや魚はとても貴重でおいしいご馳走でした。

 それにビリ子はお喋りの上に旅の珍しい話題も豊富で笑い声が絶えませんでした。


「あーちゃん、電気のコントロール、教えてあげようか??」

「いえ、私はたぶん一生その電気とかを使いません。」

「あ、そう。あなたの場合電気が大きすぎてそれがいいかも。でも旦那ができたら夫婦げんかで使うといいよ、旦那をビリビリー!!私の言うこと聞けー!!ってギャハハハ!  でも一緒に死んじゃったりして、ギャハハハ!」

「… 」


 時々アーリーンもビリ子の部屋に遊びに来るようになりました。

「ビリ子さんは、それ何をしているのですか?」

「これかい?本を読んでいるのさ。」

「ホ…ン???」

「え!本も知らないのかい?あんた、ほんーとーに、本を知らないの?ギャハハハ、ものほんの田舎娘―!!」

「すみません、本当に田舎者なんです。」

「あら、ごめんごめん、シティでは当たり前のようにみんな本を読んでるよ。

 この本は蝋(ろう)を塗った水中用さ。キチョーーなんだよ!ビリ子さんの宝ものさ!わかったあ、ギャハハハ!」

「このくねくねした模様がもしかして文字と言うものですか?」

「ギャハハハ!!!あーちゃんサイコー!!って、わざとボケてるの??」

「…ビリ子さん、私に文字を教えてくれませんか?」

「いいわよー!でも高くつくわよー!ビシビシ!厳しいわよー!ギャハハハ!」

 アーリーンは毎夜ビリ子から字を教えてもらうようになりました。そしていつのまにかニョロピンも紛れ込んで字の勉強を始めました。


「ビリ子さんはシティで何をされていたのですか?」

「私?私はカフェを何件も経営してたのさ。ギャハハハ」

「カ…フェ??」

「んー… あのね、あんたは若いんだからシティに行って見なさいよ。若い女の子はフツーは大都会に憧れるもんよ。あんたはずーーっとこの川底で何百年もお婆ちゃんになるまで、ずーーっと、過ごすのかい??」

「はい、ここは景色がよくて水もきれいで大好きです。」

「カー!!!婆くさー!!!驚き-!!あんた何考えてるの。第一ここはドジョウ部落よ。そしてあなたはでっかい大ナマズ!わかったあ!!いつまでも居れるわけがないじゃないの!!」

 …じっとだまってビリ子を見つめるアーリーンの目に涙が浮かびました。

 アーリーンはあまりにつらいことが続き、ドジョウ部落で始めて心の安らぎを覚えたのでした。

「ま!あらー!どど!どうしちゃったの!???」

「アーリンのお姉ちゃんはずっとここに居るのよ!ずーっと一緒なの!!」

 いつのまにかビリ子の部屋に入って来たニュルピンが叫びました。

「ごめんご、めんごー、な、なんで泣くのかわかんないけど、ごめんね。」

「はい、電気は出ませんけど、涙はすぐにでるんです。フフフ」

 

 ドジョウ部落での平穏で幸せな暮らしが10年ほど続きました。

 いつもいつもビリ子がシティの事を話すので、アーリーンはシティと言うところに行って見たいと思うようになりました。

 アーリーンは物覚えが良く、すぐに文字を読めるようになりました。

「あんたすごいねー。このビリ子さんも相当天才なんだけど、あんたちょー天才かもよ。びっくりぽっくりねー♪」

 アーリーンはビリ子の本も全部読みました。そしていろいろな事に興味を持つようになったのです。

「シティだったらハカタ・シティもいいけど、でっかすぎてねー。遠いし。ここから近いクルメ・シティの方がけっさくなのよ。」

「何がけっさくなんですか?」

「けっさくな人がたくさん住んでて、けっさくな事が多くて、だからけっさくなのよ。わかったあ!ギャハハハ!」

「そうなんですか、フフフ???…」

「あーちゃん、私がカフェを紹介してあげるから、そこで働きながらお金を貯めるのよ。そして大学に行きなさい。わかったあ♪どん兵衛先生にも紹介状を書いてあげるからね。これって結構すごいことなのよー。って、全然わかってないわね、ギャハハ!!」

「…はい。全然なんのことかわからないですけど。でも、ビリ子さんがとっても楽しそうなので、私もやってみたいです。」

「お姉ちゃんが行くなら私も行くー!!」

 いつの間にかニュルピンが入って来て言いました。

「あんたは無理よ。これから私がずーっと相手してあげるからね、ギャハハハ」

「イヤー!!」


 ビリ子から無理やり背中を押されて… 部落の皆からは惜しまれて…

 アーリーンはクルメ・シティに行くことになりました。

「私がいる限りは、サメ族はドジョウ部落に近づかないからね。安心していいよ。でも、私は畑仕事なんかしないけどね、ギャハハ!」

「ニョロンボさん、お母さん、ニュルピンちゃん、皆さんのおかげで一度失くした温かい家庭を再び思い出にすることができました。一生忘れません。…」

 アーリーンはまた泣き始めました。そしていつまでも涙を流すので、母のニョロポンもニュルピンも一緒に泣き出しました。

「わー!!!お姉ちゃん!行っちゃいやだー!うぇーん…」

「だから、このビリ子姉さんがいるって言ってるでしょ!ニュルピン子ちゃん!」

「もっとヤダー!!わーん!!」

 フフ…その様子を見てアーリーンが少し微笑みました。

「ビリ子さんにもお礼を言い尽くせません。文字や本を読むこと、いろいろな人生での楽しい体験を聞かせていただき…前を向いて生きる希望が湧いてきました。

 紹介いただいたカフェで一生懸命働きます。そしていつかクルメ大学に通って“どん兵衛”教授の授業を受けたいと思います。その時はビリ子さんにお世話になったことも必ず伝えますね。」

 ウェーン!!!突然、今度はビリ子が泣き始めました。

「さびしいよー!!元気でねー!!また帰って来るんだよー!!」


 数十年が経ちました。アーリーンは大人のすてきな女性(ナマズですけど)になって大ナマズのコロニーに戻ってきました。

 そして故郷コーゾ部落の自分が育った家に再び住み始めました。

 家と言ってもナマズ族の場合は単なる川底の穴なので、やわらかい泥土に埋まっていたのを掘って簡単に元通りにしました。

「おじさん、おばさん、お久しぶりです。リーンです。」

「え!あの…ソフィアの子供のリーンちゃんかい?まあ大きくなって、美人さんになったねえ。その素敵なまだら模様は街の流行りかい??」

「はい、ありがとうございます。またここでお世話になります。」

「リーンちゃん、突然二人で居なくなって、みんな心配していたんだよ。

 お兄ちゃんは元気かい??アーロンは?。」

「はい、兄は残念ながら亡くなりました。あの時、二人で遊びに夢中でコロニーの境を超えたのも気づかずサメ族のテリトリーに入ってしまったのです。

 そこで二人ともサメに襲われて兄は亡くなりました。私はドジョウさん達になんとか助けられて、一緒に暮らしていたのです。」

「え!そうなのかい。つらい経験をしたのねえ。」

「はい、でもドジョウさんたちはとってもやさしくて、家族のように良くしてくれました。それから電気ドジョウのビリ子さんという方と知り合って、クルメシティでもっと勉強をするように言われたんです。だから10年前からクルメシティの大学でいろいろな勉強をしていました。」

「へー… 大学で勉強 …リーンちゃん、えらくなったんだねー。」

「えらくはなってないんですが、いろいろな事を教わりました。だからナマズ族の子供たちにもいろいろな事を学んでもらいたくて、ここで塾を開こうと思い帰ってきました。」

「ジュク??」

「それから私の名前は兄の名前アーロンをもらって、アーリーンと変えました。

 これから私の事をアーリーンと読んでください。」

「そうなの…アー…リーンちゃん、よろしく。」


 アーリーンは“川底リンリン塾”を開いて、子供たちに文字と算数とそれからちっごランドの歴史を教え始めました。

 塾などぜんぜんなかったので、たちまち大評判になって多くのナマズの子供たちがやってきました。そればかりか子供たちの親に始まってその内全然関係のない大人たちまでがたくさんアーリーンの講義を聴きに集まってきました。

 塾と言うよりは先生が一人の学校みたいになっていきました。でも校舎があるわけでなく、川底の広場で手作りの岩板に字や絵を書いてアーリーンが大きな声で一生懸命教えるのです。

 でも声の届く範囲が30人位が限度なので、何クラスにも分けて、1時間交代で授業を行うのです。

 学校というものも珍しいし、字を教えてくれるというのも住民にとってはとてもありがたい事なのですが、一番人気は歴史の授業でガゴーンとエリザベスがちっごランドを守った戦いの授業には近隣の部落だけでなく遠くからも多くの聴衆がやってきました。

 ガゴーンが偉大な力を発揮して光の壁を作り大洪水をせき止めるくだりやエリザベスが有翼魔獣を引き連れて戦いに飛び立つくだりは、やんやの大喝さいが起こりました。


 ある日、噂を聞きつけて、王宮の人事担当官フラッペンが秘密で講義を受けました。そして面白い上にとても賢い娘だと思い、ガロンの世話係にこっそり推薦したのです。

 当時、ボスになったばかりのガロンは乱暴者だと思われていて、次々に世話係候補から辞退されてしまいフラッペンは頭を抱えていました。

「え!ガロン様の世話!…あ!突然、頭が痛くなりました。」

「人事担当官さま!わ!私なんかとても無理です。どどどーぞ、頼みますから他のもっと立派な方々から! …だーめダメダメ!!!」

「10人の次女がご怒りにふれて食べられたとか!」

「頭が三つあって、牙が生えているとか …」

「??いったい何を言ってるんだあんたたちは」

 みんなわざと気絶したり腹痛や頭痛になったり…

 …


「アーリーン先生、私は宮殿の人事担当官のフラッペンです。」

「まあ、3度も私の授業を聞いていただきありがとうございます。」

「え!知っておられたんですか?」

「もちろん、授業に来られた皆様は全員覚えていますよ、フフフ」

「ぜ、全員なんですか??」

「はい、先ほどで4982名ですね。延べ数は1万9865名です。私もびっくり、フフフ。フラッペン様は103回目の歴史授業の時、右後ろに立っておられました。それから117回目の算数の授業の時は父兄に交じって、左後ろに立ってなにやら筆記をしておられました。127回目のまた歴史の時は前から5番目に座っておられて、大笑いされていました。」

「ああ… いやいやいや、驚いてる場合じゃないですな。…んーでもびっくりしました。…はははは、まさか私が来た理由がもうわかっているとか?」

「まあ、わかりません、フフフ。ん…きっと王宮の子供たちの世話係です。

 楽しそう!違いますか?  ではスラムに塾を作るんです。そこで大人も子供もいろいろな事を学んで、働いてもらうんです。  んんーっと、それから」

「うーむ、あなたは素晴らしい!ブラボー!!でも違います。実はガロン様の世話係を募集しています。」

「あら、ガロン様と言うのは新しい王様ですね。フフフ」

「驚かないのですね。」

「はい、それはとても大事な仕事です。」

「おー!それでは、受けていただけますか?」

「はい、楽しそう、フフフ。でもひとつだけ条件があります。」

「おー!ガロン様は乱暴者のように思われていますが、単に戦いに強いだけで、…んんっと、力は国一番で、でもやさしいところも …やさしいところは…あったかなあ???」

「はい、そうではなくてガロン様は夢をお持ちですか?」

「夢??んん…夢ですか。そう言えば我々を組織化して戦う術を教えてくれましたな。んん…でも夢??内政の組織をどんどん変えていますな。

 とにかく改革好きの変わった方です。われわれは少しわずらわしいですな。

 おっと、秘密ですが。んん…夢があるかは我々にはわかりません。」

「とってもよくわかりました。候補はたくさんおいでと思いますが、もし私が選ばれたなら、他の方と協力して一生懸命働きます。」

「おーそうですか。それでは候補の一人として推薦しておきましょう。(ひとりしかいないことは今は黙っておこう。)」

「ところでお給料はいかほどになりますか?」

「お、お給料、ですか?(みかけによらず、いきなりお金の話か?…

 そっかー、良く考えると他の世話係全員断られたから予算上は6人分を出さないといけないのか …それにガロン様にたった一人で仕えるんだから、相当高額にしとかないと一晩で逃げられたらわしの能力がうたがわれるなあー…)

 も、もちろん王の世話係なのでかなりの高額ですが。」

「そうですか。ありがとうございます。ひとつだけお願いがあります。この村はコロニーのはずれにあってとても貧乏なのです。だから、この村と私の親族に毎月全額渡していただけませんか?私は自分の蓄えがあるので生活は大丈夫ですから。

 それに私がいなくなっても学校が続く様にもっとりっぱな先生も雇ってもらいたいのです。この地域には教育が必要なんです。」

「…はい、大丈夫ですよ。私は宮殿の人事担当官ですから任せて下さい。(まいったなあ。全然立派な人じゃないか。もし世話係になったら僕はこの人を応援しよう。)

 あなたのような良い人を見つけることができて、人事担当官としてとてもうれしいです。今日はなんだか心が晴れ晴れさわやかな日になりました。」

「あら、怖いガロン様の元では、一晩で追い出されるかも知れませんよ、フフフ。」

「え!…ハハハハ(お願いです。頑張って下さい。もうあなたしかいないんです。)」

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