幼馴染


「ねえ、健太……、本当にどうしたの……、あんたが変わろうとしているのは分かったけど――流石にこれは」


 俺は教室に着いても梓のそばから離れなかった。

 クラスメイトは怪訝な顔をするものもいれば、興味深そうに見ている者もいる。

 それでも大多数は特に興味なさそうな感じであった。


「うん? あいつらって喧嘩してなかったけ?」

「あ〜、知らね」

「げっ、バレー部の連中すげえ顔してんよ……」

「ほっとけよ。それより、俺が森で拾ったエ……」


 そんなものだ。

 人は意外と他人に興味がない。

 俺はそう思っている。だから梓がほんの少しだけ素直なったら、もっとクラスメイトと仲良くなることができるだろう。


 俺はHRが始まるまで、梓の隣に居るつもりだ。

 ……中島と琢磨が遠目でにやにやしているのが見える。


 俺は二人に声をかけた。


「おい、琢磨! 中島! お前らも来いよ!!」


 二人は何故か顔を見合わせて軽いため息を吐いて俺達に近づいてきた。

 まるで出来の悪い生徒の面倒を見ている先生みたいな顔であった。


 ――なんでだ?


「なあ、梓、あいつらなんであんな顔してんだ?」


 梓は登校している時よりも自分を取り戻した感じであったが、周りの目を気にしているのがわかる。

 強気な態度でそれを覆い隠そうとする梓。


「は、はっ!? 私が知るわけないでしょ! ――あ、も、萌、おはよ〜」


 中島はいきなり梓に抱きついた。


「おっはー!! もう〜、梓っ! 良かったじゃない! 仲直りできて! ていうか二人っきりがいいんじゃないの?」


 梓は中島の腕の中で悶ていた。


「く、苦しい……、も、萌……」


「たくっ、心配したんだから! 毎日相談され……もごっ!?」


 梓は中島の口を慌てて塞いだ。


「ば、ばか! 萌ったら何言ってるの? わ、私たちサイゲでガールズトークしてたんだけでしょ!」


「もご、もごっ!! もご……もごご……」


 琢磨が冷静に梓に伝える


「おい、梓ちゃん……中島息できてね―ぞ?」


「へ? も、萌ちゃーん!?」


 梓は慌てて手を離す。

 中島は荒い呼吸をしながら俺の肩に手を乗せた。


「ぶはっ! ふぅ……ふぅ……、し、死にかと思ったわ……。……なんにせよ、健太、よくやったわ。私のおかげね!」


「――はぁ」


 ……中島は基本良いやつなんだろう。しかし、梓の相談ってなんだろ? やっぱクラスメイトと仲良くなることなのか? それとも女子の嫌がらせをやめて欲しい事なのか?


 俺は選択を間違えられない。

 梓が望む選択肢を選ぶんだ。俺が勝手に思って行動して、不正解だったらどうする?

 だから、梓とコミュニケーションを取るんだ。


 そのために俺は梓の隣にいる。

 ……時間が続く限り。


 中島と梓は今もじゃれている。

 俺はそれを見て心が落ち着く。


 ん?


 琢磨の視線に気がついた。生温かい目である。

 

「どうした?」


「いやさ、嬉しくてさ! かーっ! やっと二人がくっついたのかと思うとさっ! 手繋いでいたんだろ!!」


 俺と梓は琢磨の言葉に同時に反応した!



「「――違うから!」」



 中島の動きが止まる。


「ほえ? 付き合い始めたんじゃないの? あんたら好きなんでしょ?」


 琢磨がうんうんと頷く。


 それでも俺と梓は同時に言葉を発する。


「「違うから!!」」


 梓はふくれっ面になって言葉を続けた。


「――こ、こいつは……ただの幼馴染……なの。す、す、好きでもなんでもないの! あ、いや、お、お、幼馴染としては、す、す、す、好……き……だけ……ど」


 語尾がほとんど聞こえなかった……。

 それでも、梓の気持ちが俺に伝わる。


 ――ああ、俺にとっても


「ああ、梓は大切な幼馴染だ――」


 中島と琢磨は怪訝な顔をする。


「いや、お前ら――」

「うん、それはないでしょ……」


 梓は俺が大切な幼馴染と言った時、嬉しそうで……それでいて寂しそうな顔をしていた――






 なぜだろう?

 俺はそんな梓の寂しそうな顔を見て、胸がズキズキ痛む。俺は何か間違えたか?


 この気持ちはなんだ?

 俺にとって梓は大切な幼馴染。忘れかけていた想い。それを思い出した数日前の俺。


 考えろ、この気持ちの正体を――


 俺はここ最近、梓の事しか考えてなかった。

 出会った時から今現在の事を何度も回想した。


 ――梓は大切な幼馴染。


 この事実は変えられない。


 もしも……梓のあのリストが……梓の好きな人のためだったら……。俺はどうする?

 梓が一日一回話したくて、素直になりたくて……お出かけしたくて……。



 心の奥底からモヤモヤが生まれた。

 誰だか知らない――男と仲良くしている梓。。


 そんな事を考えるとモヤモヤが更にひどくなる。これは一体なんだ?


 ――俺は……梓の幸せだけを考えるんだ――



 俺は深呼吸をする。

 そして自分の黒い心に蓋をする。


 心を強くもつんだ。

 自分の欲を捨てろ。

 梓は俺と一緒にいて本当に幸せになれるのか?


 俺は梓に問う。


「なあ、梓。本当は俺が絡んで迷惑じゃないのか? もし迷惑なら――」


 ああ、影から支える事だってできる。菫や中島と相談しながらな――


 梓はキョトンとしていた。

 強気な表情ではなく、素の梓の顔。




「へ? なんでけんちゃんが一緒で迷惑なの? ……あ、やばばっ!?」




 梓の言葉が――

 梓の表情が――


 俺の胸に突き刺さる。


 凍った身体が溶かされていく。

 その表情だけで分かった。

 俺は安堵したんだ……。


 梓に嫌われていなかったんだ。


 俺は梓に嫌われていなかったんだっ!


 その事実だけでいい。

 俺にはそれだけで十分だ。



 琢磨と中島の声が聞こえてきた。


「お、おい、健太大丈夫か?」

「保健室行く?」


 俺はひどい顔をしているのかも知れない。

 張り詰めた俺の心が限界だったのかも知れない。

 梓が死んで、なぜだか三ヶ月前に戻って――


 この瞬間、全てがクリアになった気持ちである。

 気負わず、無理せず、心の赴くままに。




 俺は梓を見つめた。俺のすべての想いを乗せて。




「え、ちょっ? まっ、ここ教室っ!?」




 俺は一言だけ呟いた。




「――必ず」




 梓は呆けた顔をして口を開けていた。

 そして、わけもわからないはずなのに、ゆっくりと頷く。



 ――後悔を無くす? 幸せにする? 楽しく過ごす? クラスメイトと仲直りさせる? 隣で看取る?



 違う。


 違うんだよ……。梓が死ぬ時は俺の最後だ。俺の心が死ぬ。それが今理解できた。


 俺は――生きる。





 ――そのために……俺は――必ず――梓を助ける。

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