大切な幼馴染

 あと一分かな?

 俺は琢磨から教わったワックスで髪を綺麗に整え、清潔感を残しつつ着崩した制服をチェックする。


 ――このタイミングだ。


 俺は玄関の扉を開け放った。


「――ひゃ!? び、びっくりしたじゃない!?」


 予想通りそこには梓が自分の髪を撫でつけながら立っていた。

 俺は嬉しい気持ちを抑えながら、梓に笑顔で挨拶をする。


「――おはよう! あと二週間で学校も終わっちゃうな!」


 俺はごく自然に梓の隣に立つ。


「え、あ、うん。ていうか……なんで隣いんの?」


「うん? 言ったじゃねーかよ。仲直りしてもいいんだろ? だったら昔みたいに一緒に学校行こうぜ!」


 俺は梓のカバンを軽く押す。

 梓は小声で文句を言いながらも、俺の隣を歩く。


「――うぅ……そ、そうだけどさ。――あ、これってリストが」


「うん? リスト?」


「あわわ!? な、なんでもないっ! ていうか近いわよ!」


 梓は俺から少しだけ離れる。

 それでも、俺の横を歩いてくれる。声は届く距離だ。


 今はこれでいい。ちょっとずつ……距離と近づければいい。俺と梓の心を距離は昔と違うんだ。


 梓は無言で俺の横を歩く。

 俺は無理して話そうとしない。ただ梓が横にいるだけで……俺は満足であった。


 ――でも、俺が満足しても仕方ない。


 梓を満足させなきゃ!


 そんな事を考えていると、梓は恐る恐る声をかけてきた。


「ね、ねえ、あんたと菫って……なんで仲良くなってんの? ほ、本当に付き合ってないよね?」


「ははっ、昨日言ったじゃねーか。菫は妹みたいなもんだって」


「……はぁ、もうちょっと菫の事、じょ、女性として見てあげて。菫、すごく可愛いでしょ? 私なんかとは全然違うし……だ、だからこれからも菫と仲良くしてあげてね」


 確かに菫は可愛い。

 学校でも美人で有名であった。

 明るくて社交的な菫は、一年生のアイドルであった。


 だけど、俺としては、


「――梓の方が可愛いけどな。まあ比べられるもんじゃねえしな。――おい、ど、どうした!? だ、大丈夫か!」


「――ごほっ、ごほっ!? ちょ、何言ってんのよ!? あんたこの前私のことゴリラ女とか言ってたじゃない! 『お前なんか女じゃねー』って!」


「あっ……確か最近の発言だったな……。わりぃ、それは嘘だ!!」


「う、嘘って!? ……ふ、ふん! あんたの発言なんて信じられないわよ!」


「うっせーな……、可愛いから素直になれなかっただけだ! ……って、俺……超恥ずかしい発言してんな……」


「だ、騙されないわよ! イメチェンでちゃらちゃらしてたくせに!」


 梓は言葉とは裏腹に、口をモゴモゴさせて嬉しそうであった。


 ――良かった。だんだんと昔みたいな会話に近づいてきた。


 学校に近づくと、登校する生徒も増えてきた。




「おはよー、健太君!」

「あ、健太だ、おはっ!」

「あれ? 隣って……泥棒猫じゃん……」


 様々な女子が俺に声をかけてくれる。

 クラスメイト女子や委員会の後輩女子、犬の散歩で出会った先輩女子。


 ……学校に近づくに連れて、梓は俺と距離を取り始めた。


 梓は顔を下に向け、寂しそうな表情をしていた。

 俺と赤の他人のような距離感を取り出した。


 梓の呟きが聞こえた。


「……うん、今日は十分……」


 呟きとともに梓は俺から離れようとした。




 俺は十分じゃねーよ。


 そんな梓の腕を優しく取った。


「――わぁ!?」


「おい、どこ行くんだよ? クラス一緒だろ? 昔みたいに一緒に登校しよーぜ!」


「ば、ばか! そ、そんな事したら私……」


 ――いじめられるのか? ハブられるのか?



 登校中の生徒たちが俺たちに注目していた。

 梓は学校で有名人だ。告白をきつい言葉で断ったり、強気な態度が女子たちの癪に触る。

 俺はイメチェンをしてから、何故か女子に話しかけられる事が増えた。


「あいつらって……」

「ああ、仲悪いって聞いたぞ?」

「足立さんって性格悪いけど綺麗だよな」

「あいつも罵られるんじゃね?」


 梓は俺の顔を見た。

 捨てられた子犬のような弱さが見える顔。


 ……あれか。リストにあった『話しかける』っていうのは、クラスメイトと仲良くしたいんだろうな……俺に任せろ。


 俺は掴んだ手に少しだけ力を入れた。

 真剣な顔で俺は梓を見つめる。



「梓、俺はどんな事があっても梓の味方だ――」


「ふぇ……、あっ……でも……け、健太も……ハブられ……」


 いつも強気な梓がしゅんとしている。

 そんな梓が――すごく可愛く見えてしまった。


 俺の身体が勝手に動いた。


 掴んだ梓の腕から手を離した。


「あ――」


 そして、その手を……梓の手のひらに移動させる。

 こわばった梓の手を――優しく包み込む。


「え!?」


「さあ行こうぜ!! だって俺たち大切な幼馴染だろ! 手を繋いで何が悪い?」


 梓の手のこわばりが少しだけほぐれたのがわかった。


「う、うぅ……大切な幼馴染……へへっ」


 梓は抵抗無く、俺に手を引かれながら一緒に歩き出した。

 それはまるで、幼い頃の俺たちみたいであった。


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