人の妹は可愛い

 

 放課後の図書室は閑散としていた。

 数人の生徒が勉強をしているだけであった。


 梓から聞いた事があった。菫は本が好きで毎日図書室に居るって。


 ――奥かな?


 この図書室は入り口の近くにテーブルがあって、奥の方に本棚がある。

 俺は本棚の方へ歩く。


 本の匂いと……かすかにページをめくる音が聞こえた。


 俺は音が鳴った本棚へと近づく。

 そこには菫は本棚の前で本を読んでいた。

 俺には全く気がついていない。



 俺は菫の姿を見て……驚いてしまった。

 梓が死んだ時は、自分に余裕が無くて菫の事をちゃんと見ていなかった。


 ――空気が違う。


 梓に似て可愛らしい子だ、と昔から思っていたけど、だがそんなレベルは超えている。

 一言で言えば美しい。

 俺は目を奪われてしまった。


 ……でも、俺はこの時菫を見てなかった。

 俺は菫を通して……梓を見ていたのかも知れない。


「――似ている」


 思わず声がこぼれた。


 菫は俺の声に反応して顔を上げた。


「――あれ、けんちゃん? ……ひ、久しぶり、ど、どうしたの?」


 菫は口元を本で隠して、顔を赤くしていた。

 俺はそんな菫に、


「ああ、久しぶり――話がしたくて」


 俺がそう言った時、菫の声の温度が上がったような気がした。

 あれ?


「い、今まで、ぜ、全然話かけてくれなかったのに? 寂しかったんだよ! お、お姉ちゃんとも仲良くしてないし……」


 口を尖らせて俺に文句を言う菫は……生き生きとしていた。

 梓が死んで憔悴していた菫の顔しか思い出せない。


 そんな顔見たら……嬉しくなってくるだろ。


「ははっ……そうだな……ごめんな、菫。大事な話がある」


「え、あ、ええぇ!? こ、こんな場所で!? け、けんちゃん最近かっこよくなったし……地味な私なんて……きゅう」


 くるくると表情が変わる菫は後ろへよろけてしまった。


「危ない――」


「ひゃっ!?」


 俺は倒れそうになった菫の腰に手を回して身体を支える。


 ――軽い。


 菫は目を潤ませながら俺を見つめていた。


「け、けんちゃん――」


「ああ、梓について大切な話がある――」




「へ!?」

「えっ」




 菫は俺から飛のいて……ごほんっと咳払いをして、俺に言った。


「けんちゃんのバカ!! おたんこなす!! 最近ちょっとカッコよくなったからって乙女心を弄ばないで!!」


「あ、ああ、悪かった。そんなつもりはなかったんだけど――」


「もういいよ――あれ? けんちゃん雰囲気変わった? ……なんか大人っぽくなったというか……。久しぶりだからかな?」


 俺は深呼吸をして菫を真剣に見つめた。


「――!? ちょ、ま、って、うぅ……けんちゃん……その顔は……やばいよ」



 俺は顔が赤い菫を無視して続けた。



「――梓の病気って治らないのか」


「……けんちゃん、どう、して、それを……誰にも――」


「ああ、誰にも言ってなかったんだろうな? だけど俺は知っている。梓が……長くないことも――」


「え――」


 菫の顔が歪む、口をモゴモゴさせていると梓そっくりに見えてた。

 菫は何かを必死でこらえている。


 そして俺の制服をぎゅっと握りしめた。


「けんちゃん……お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……死んじゃうよ……ひぐっ……ひっぐ……」


 俺は泣いている菫を見守るだけであった。

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