本心


「おーい! 健太!! おい、待てって!」


 トイレに入ると、俺の友達である佐々木琢磨ささきたくまが俺の肩を掴んだ。

 こいつは――梓が死んだ時に俺を精一杯励ましてくれた。

 俺がちょっと前にイメチェンして調子乗っていた時も諌めてくれた。

 口うるさい奴だと思っていたけど……琢磨は俺の大切な友達だ。


「うん? どうした?」


「なんだって……お前、どうした? 今日全然雰囲気が違うぞ? ……ってか怖いぞ?」


 三ヶ月前の俺ってどんな感じだったんだ? 自分がどう振る舞っていいかわからない。もっと子供っぽい喋り方だったような……。


「あ、ああ、そうか。気をつける」


「かーーっ! いつもだったらふざけた感じで咲ちゃんのつまんない話を流すだろ! ってか、もう咲ちゃんの事はいいのか? お前狙ってたんだろ?」


 ああ、すっかり忘れていたよ。記憶の片隅にも無かった。


「咲は……どうでもいい。それより琢磨、確認していいか? 梓って……教室であんな感じだったっけ?」


 琢磨が苦い顔をして俺に言った。


「あーー、流石に幼馴染だから気になるよな……、あれな……バレー部のケバい女子達いるじゃん? ……梓がお前に暴言を吐いたって言ってな……クラスで軽くハブられてるんだ」


 ――な、に……、俺は全然気がついていなかった。梓はこの時期……ハブられていただと!?


 頭に血が登りそうになる。


「お、おい! 怒るなって……、まあ梓も――お前への態度は正直ひどかったしな。……はぁ、なんで素直になれねーのかな? まあいいや。――お前も梓に『関わるな――』って言ったから、ここぞとばかりに嫉妬してた女子が、ね。お前人気あんだぞ? 早く自覚しろよ」


 俺は自分の拳を握りしめた。


 俺は深呼吸をして琢磨を見る。こいつは本当に良いやつだ。梓が死んで俺が自暴自棄になっていても、俺の事を心配して何度も家に来てくれた。




 そっか、あんがい俺って……友達、少ないんだな。

 思う返すと、琢磨と……梓の友達の中島なかじまとしか深い関わりが無い。


 いや違う、これは……俺が周りを見ることができるようになったからだ。

 梓の死がきっかけで……いらない物を切り捨てる事ができるようになったんだ。


 俺は琢磨の肩に手を置いた。

 絞り出すような声で伝えた。


「――琢磨、ありがとう」


「おおい!? な、なんだよ、いきなり!! ったく、マジで今日はおかしいぞお前? ってか、イメチェンして調子乗ってた時よりもいいけどさ――」


「それは言うなよ――」



 俺は梓からひどい理不尽にさらされた時、思い切ってイメチェンをしたんだ。

 そこから女子の見る目が変わったかも知れない。でも、俺は女子となんて全然話したことがない。だから……舞い上がって……調子に乗って……騙されそうになるんだ。


 ――もう二度と同じ過ちを犯さない。



 俺と琢磨は綺麗に手を洗ってから、二人で笑いながら肩を組んで教室へ帰る事にした。









 放課後のチャイムが鳴ったと同時に、俺のもう一人の友達である中島萌がやってきた。

 ボーイッシュなショートヘアで健康的な日焼けをした中島は可愛いというより、カッコいい感じである。

 そんな中島は不機嫌そうな顔で俺に言った。


「健太、ちょっと付き合え――」


 三ヶ月前の事だけど覚えている。俺はこの後、中庭に連れてかれて中島に説教されたんだ。


 ――なんで梓に優しくしないんだ、ってな。

 

 あの時は中島に反発しただけで話は終わった。


 だが、今回は違う。


 梓を幸せにするためには……この中島と……妹の菫の協力が必要不可欠である。

 俺は真剣な顔で中島と向かい合った。


「――ああ、頼む」


「あ、へ? な、なんかあっさりしてるわね。――まったくもう……そんな顔は梓に見せてあげてよ……」


「へっ?」


「なんでもない! ほら付いてきて!」


 俺たちは教室を出て中庭のベンチへと向かった。









 中島は、最近(俺にとって三ヶ月前)の俺の梓に対する態度について説教をかました。

 バリバリの正論である。

 俺は反論できる理由なんてなかった。中島の意見は俺と一緒であった。

 ただ頷くだけである。


 ――俺は子供だったんだ。梓もだけど……。




 そして、俺が今朝梓に謝罪した事を伝えた。


「――――とういわけだ。俺は梓と……仲良くしたい」


「はぁ!? き、聞いてないんだけど!? ……ってか、健太どうしたの? ……健太だよね? 最近の健太と全然違うじゃん!」


 中島は頭が混乱していた。


「はぁ〜、まったくもう、梓……また逃げちゃったのね。了解、健太、わかったわ! 今日はサイゲで梓と作戦会議するわ! ふふっ、お姉さん嬉しくなって来ちゃったよ!! レッツゴー、ミラノドリア!!」


「あ、ちょっと待て! 俺の話も聞けって!! おい、行くなよ!?」


 くそっ!? 相変わらず中島は人の話を聞かない!? 話を勝手に切り上げて、ベンチを立って走り出した。俺は梓の事を聞きたいんだよ!?



 ――あっ。



 中島が走っていった先の校舎の影には……梓の姿が見えた。


「梓っ!! お待たせ! 帰りにサイゲ寄ろうね!」


 中島は梓に抱きつきながら嬉しそうにはしゃぎまわる。

 梓はしかめっ面で迷惑そうにしながらも満更でもなさそうだ。


 俺はそんな光景を温かい目で見守る――

 嗚咽をこらえるので精一杯だ……。

 ここで泣いていたらおかしい人だと思われるだろ? 




 だから、


 普通の顔をして前を向くんだ!!


 笑え、笑うんだ!!


 俺が梓の病気を知っている事はバレちゃ駄目だ!! 


 梓が悲しむ顔を見たくない!!!





 二人は俺に背を向けて正門へと向かおうとしていた。

 ――その時、梓が振り返った。


 視線は俺を見ていた。



 口をむにゃむにゃさせながら……怒っているのか……笑っているのかわからない顔で……手を小さく振って……恥ずかしそうにプイッと顔を背けようとしたが、




 俺はひと目をはばからず叫んだ!!!





「――梓っーーーー!!! また明日っ!!!」





 梓は背中をびくっとさせて、目のまん丸に見開いて俺を二度見していた。

 周りをキョロキョロして、他の生徒の視線が気になるのか、恥ずかしそうにその場を後にする。……中島は大笑いして梓に抱きついていた。



 俺は二人を見送ると、温かくなった心に現実を思い出させる。

 ――梓の病気について調べるんだ。



 俺も歩き出す。その足は学校の図書室を目指す。



 ――図書室には菫が居るはずだ。

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