第51話 力こそパワー
拠点に戻ってきた。
戦場を俯瞰するために急ごしらえした櫓を大きくし、その上に部屋を作ったような場所が本作戦の指令本部となる。
木の板を横向きにくっつけただけの階段というより梯子を登って、部屋の中に入った。
そこに詰めていたのは、騎士団長と彼の部下二人だけ。
「イル様。よくぞご無事で」
「戦況報告をする。変わった様子はないか?」
「中央の矢じりがこちらに向かっております。太陽が真上に上がる前には会戦が始まるかと」
「あいつらに残された道は南だけだからな」
床を踏みしめ、窓際に設置されているベンチに腰かける。
グラグラすることもなく、なかなかどうしてちゃんと作っているじゃないか。
小屋を作るのには慣れているんだと買って出てくれたアルゴバレーノらの顔を思い浮かべ、くすりとくる。
厩舎を作ったりと彼女らはクラフト技術も鍛えていたからな。今回のは旧市街での経験かもしれないけど。
土木工事ができる人員というのは貴重だ。本来だと、ローマ兵のように戦闘員は全て土木工事も手慣れているのが理想なのだけど、なかなかね。
いずれにしろ、野戦築城は少数が多数を倒すためには必須の手だと俺は思っている。
戦術の妙で勝てればそれに越したことがないんだけど、残念ながら俺はベリサリウスやカエサルではない。
ひょっとしたら戦術についてもチートかもしれないロレンツィオなら何とかしてくれるかもしれないけど……可能性に賭けるのは俺の趣味じゃないからさ。
「こちらの報告だ。南東の部隊は切り取り、戦果およそ400。南西は地獄の業火に焼かれ戦果500と聞いている。罠で削った兵を合わせると少なくとも1000は削った」
「見事! 帝国兵が戦意喪失してもおかしくないほどですな」
「奴らに突きつけた講和条件がそれをさせないだろうな。奴らは一戦交えるしかないんだ。あの条件は交渉じゃあ受け入れることができない条件だ」
「単なる時間稼ぎだけではなく、帝国を縛るための手でもあったのですね! 感服いたしました!」
「駆け引きは嫌いじゃあない。傷が浅いうちに撤退することを俺はお勧めするけどね。なあ、騎士団長」
「は、ははは。イル様。あなた様のそのお顔、挑戦的で不敵な意味を込めていると聞き及んでおります。我々の準備の成果を是非とも帝国に味わってもらいたいものですな」
「そうだろう、そうだろう」
ク、ククク。
兵力差は尚も五倍近くある。
だが、未だ霧の中を彷徨う帝国と準備万端で待ち構えている俺たちの差は明らかだ。
「イル様。先ほどイツキ殿から『何とかなりそう』と伝達が参りました。作戦を変更されますか?」
「お、いいじゃないか。オークが先鋒だな」
「承知いたしました。行って参ります」
「おいおい、司令官自ら行くこともないだろうに。そこの伝令に頼めばいいじゃないか」
「いえ、義勇兵として馳せ参じて頂いたイツキ殿らは、前回の戦いでも獅子奮迅の活躍だと聞いております。先鋒を願うに当たり、自ら激励に向かいたく」
「分かった。任せる」
「それに、この場にイル様がいらっしゃるなら、全体指揮はイル様が」
「いや、俺は動く……分かったよ。交代でやろう」
「ありがたき幸せ。お心遣い痛みいります」
全く……みんな出たがりなんだから。大怪我するかもしれないんだぞ。
俺はいい。
この戦いは俺の野望のために始めたものだから。
きっちりけじめをつけてやるさ。待っていろ、父上様ってな。
窓際に紐で引っかけられた双眼鏡を手に取る。
双眼鏡は貴重品で、一つしか用意できなかった。ガラスの製造技術が問題で、こいつはピケを通して入手した輸入品だ。
このサンプルを参考にして、量産できるように街の職人と詰めたいと思っている。今回は時間が足りず、輸入品をそのまま持ってきたけどさ。
ミレニア王国ではガラス細工という産業そのものが、発達していなかった。
今後はこの分野も伸ばしていきたいものだ。
双眼鏡を手に取り、目元に当てる。
「お、おお」
思わず感嘆の声が出てしまう。
よくぞここまで準備した。
本陣は馬車を繋ぎ合わせ要塞化し、少し空けて木の杭を並べた馬防柵がずらっと立ち並ぶ。
そこから三百メートルほど先にまた馬防柵が設置している。こちらは要塞前より小規模だった。
左右は深い森になっていて、回りこもうとしたらどうなるのかはご想像の通りだ。
◇◇◇
狼煙があがった。
戻ってきた騎士団長と交互に双眼鏡を覗き込む。
いよいよだな。帝国兵は真っ直ぐこちらに進軍している。
敵の兵力はおよそ5000と聞くが、要塞前の空間に入りきらない。
頑張って突入させても2000が精々かな。できれば、全軍迎え入れるようにできればよかったのだけど、人的限界があるからな……木を整備するのだって人手がいるんだよ。
ちょうど森との境界線上に要塞がある形なので、帝国兵は森から出ることはない。
戦いの場も森の中だ。
「さあ、諸君。始めよう。逃亡者ノヴァーラを打倒せよ! ノヴァーラに与する帝国へ鉄槌を!」
「逃亡者ノヴァーラを打倒せよ!」
「ノヴァーラに与する帝国へ鉄槌を!」
兵達から一斉に声があがる。
聞け、帝国兵よ。俺たちの敵が何なのか。俺たちの目的が何なのかを!
俺たちは国を放り捨てたにも関わらず、いけしゃあしゃあと復位しようとしている厚顔無恥なノヴァーラを許さない。
奴がいなければ、帝国と事を構える必要もなかった。
……というスタンスを全面に押し出す。
ドーンドーン――。
遠くから銅鑼の音が響き、帝国兵が隊列を組み早足で前進してきた。
要塞まで残り500メートルと少し。
「イツキ!」
「王女様、任せろ。カッコいい我らがオークたちの姿を目に焼き付けてくださりませ!」
またキャラがブレているセリフを吐いたイツキだったが、動きは迅速だ。
オークに指示を出すと、自らも右手を上に掲げ、手首を回す。
彼らが持っているものは、原始的な射撃武器――スリングだった。
スリングは棒に布を取り付け、布の中に石を仕込みグルグルと回転させて石を飛ばす個人用の投石器みたいなものだ。
原始的と侮ることなかれ、まともに喰らうと鎧ごと貫かれる。
イツキらオークの持つスリングは通常の二倍ほどの大きさがあった。仕込んでいる石も通常のものよりやや大きい。
「ぶうううふぃいいいい!」
「ぶぶぶううふぃいいいい!」
気の抜けるオークの吠え声と共に、スリングから石が飛ぶ。
人間を遥かに凌ぐ超パワーで投じられた石は、グングン飛距離を伸ばし帝国兵の先端へ突き刺さる!
バタバタと倒れ伏す帝国兵は何が起こったのか分からないといった様子で混乱をきたすが、倒れた兵を乗り越え速度をあげ進み始めた。
そこへ再び投石が襲い掛かり、数十人の兵を追加で仕留める。
「イツキらは、体力が尽きるまで投石を繰り返せ! 騎士団長、グリモアらに指示を」
「承知いたしました!」
実のところ本陣に残る兵は600に満たない。オークを含めての数だ。
残りは全て森に潜んでいる。
つまり、およそ半数の兵が伏兵というわけだ。
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