第50話 踊るロレンツィオ(裏側で)

「敵の罠だ!」

「ぎゃああああ!」


 帝国兵から悲鳴があがった。彼らは袋小路となった広場とそこに至る炎の壁の間で恐慌状態になる。

 といっても、道から外に出ることは容易い。一歩前に出ればいいだけだけだからな。

 しかし、道を外れ、逃げようとした兵士にはもれなく罠がプレゼントされる。

 友軍を救おうと炎の壁を回避して進もうとする帝国兵にも容赦なく罠が襲い掛かった。


「ええい何をしておるか!」

「撃ち込め、ジョルジュ!」

 

 敵兵の声と被せるように樹上に向け叫ぶ。

 今度は油壷が付いた炎矢が撃ち込まれ敵兵がバタバタと倒れていく。

 周囲に燃えるものがないので、炎が広がることはない。

 しかし、敵の意識を炎に惹きつけるには十分だ。

 

「突撃せよ!」


 広場の周囲に待機させていた騎兵へ号令をかける。

 数の上では倍以上いるが、矢によって内側に密集した兵を取り囲んで倒すことなど容易い。

 一方的に王国騎兵が帝国歩兵を蹂躙し、すぐに片が付いた。

 

 一方、道側の方だが、こちらもまた全ての兵が倒れ伏していた。

 細い道なら横から矢を射るだけの簡単なお仕事だったようだ。

 

「炎の壁の外側から回り込もうとしている兵を仕留めるぞ! サンドロついてこい」

「ハッ!」


 言わずとも既にジョルジュは騎兵の突撃後すぐに道側へ移動している。

 炎の壁の外側すぐには、落とし穴が掘ってあるのだ。

 既にハマって穴の底で串刺しになっているようだが、仕掛けはそれだけじゃあない。

 

 火矢が撃ち込まれると、炎が高く舞い上がり壁となって帝国兵に立ちふさがる。

 深追いした帝国兵たちを次々に矢が仕留め、逃げ惑う帝国兵は罠に引っかかり動かなくなった。

 

「撤退、撤退せよ!」


 銅鑼の音が再び響き、帝国兵が引いていく。

 もう少し追って来てくれると思ったが、戦果は十分。

 

「サンドロ。肩をかしてくれ」

「どこかお怪我でも?」

「いや、肩に足を乗せさせて欲しい。木の上に登りたいんだ」

「承知しました」


 しゃがむアレッサンドロの肩に両足を乗せると、彼が俺の足を支えつつそのまま立ち上がる。

 おおお。高い高い。

 手を伸ばし、枝を握ると懸垂の要領で枝の上に登る。

 そこからスルスルと更に高く木を登り、葉っぱの間から顔を出した。

 んー。見えないか。

 

「サンドロ。今のうちにだいたいの数でいい。仕留めた敵兵の数を調査し報告してくれ」

「はい!」


 木の上に登ったからといって一望できるってわけじゃあないものな。

 丘の上にある木とかなら話は別だが。

 

「イル様」

「お、桔梗。戻ったのか」


 ストンと俺の真後ろに降り立った桔梗から声をかけられ、彼女の存在に気が付く。


「はい。イル様。珍しいところにいらっしゃるのですね」

「ここからなら見えるかなあと思って」

「状況を報告します。狼煙を見た九曜は城壁内の糧食を一掃。火の手があがっております」

「おお。上手くいったんだな。ロレンツィオの方はどうだ?」

「火の海です」

「ロレンツィオらは?」

「既に退避済みです。イル様に合流するとのことでした」

「分かった。俺はこれから移動する。この場はロレンツィオが到着したら彼に指揮を執ってもらってくれと伝達を頼む」

「承知いたしました」


 報告を終えた桔梗は音も立てずに姿を消す。

 一方の俺は彼女のように颯爽とはいかず、よっこいせっと木から降りて地面に降り立つ。

 

 アレッサンドロが兵らと協力して集めた情報によると、俺たちが倒した兵の数はおよそ400と少しといったところだった。

 後から桔梗より受けた報告によると、ロレンツィオのファイアーアタックで灰になった帝国兵は500を超えるとのこと。

 こちらの死者はゼロ。奇襲は完璧に成功したと言えよう。

 城壁にあった糧食も90パーセントが焼失。これで奴らの選択肢を大幅に狭めることができた。

 

 さあ、進むか。引くか。

 動きを見させてもらおうか。

 

「何してる。サンドロ」

「私がお供しても?」

「当然だろう? 俺の護衛役だろうが。ほら」

「あ、ありがとうございます!」

 

 とっとと移動しなきゃってのに、ぼーっとしやがって。

 感動にむせび泣いている場合じゃないぞ。アレッサンドロ。

 馬の手綱を引き、方向を南へと向ける。

 そこでようやくアレッサンドロが馬を並べてきた。

 

「ロレンツィオ殿の元へ?」

「情報伝達がまだだったか。ロレンツィオのところは問題ない。ジョルジュを残し、ロレンツィオがこちらに合流する」

「ロレンツィオ殿は騎馬や弓兵さえいなかったのでは……」

「何を言ってるんだ。あいつらは罠の専門家たちだぞ。森の中はあいつらの庭みたいなもんだ」

「で、ですが……」


 絶対に相手をしたくない輩だ……ロレンツィオとレンジャー部隊は。

 あいつらには剣も弓も必要ない。ただハメるだけ。

 単に山火事を起こすってだけなら、俺でもできる。だけど、あいつらの炎は特定範囲にだけ燃え広がり、意図した時間に鎮火するのだ。

 魔法でも使ってんじゃないかって思ったりもしたが、技術のたまものらしい。化け物だよ、ほんと。

 超人的な働きと言えば、九曜と桔梗らの部隊も同様だ。

 彼らは枝を伝い、崖を駆ける。三次元的な動きがお手のもので、速度も俺が平地を全力疾走をするより速い。

 彼らの情報伝達が無ければ、こうもうまく事が運んでいなかっただろう。緒戦も今回もだ。

 今回はそれに加え、九曜らが城壁を襲撃し糧食を灰にした。聞いていた情報によると城壁に残る兵は50程度だったらしいので、穴だらけだったはず。

 それでも、数十名の兵を倒しているだろうし、糧食を滅するのも一筋縄ではいかない。事前に道具は城壁近くに隠していたとはいえ、ね。

 

 苦い顔をして首を振り、アレッサンドロに向け指を一本立てる。


「俺たちのところより、あっちに行った帝国兵の方が悲惨だったかもな。全て燃やし尽くしたんだと。俺たちじゃ、そんな大胆なことはできない」

「我々まで火災に巻き込まれてしまいそうですね」

「そこは、ロレンツィオらだからこそだ。あいつらにとっては、俺たちが邪魔になる」

「そ、それでしたら単独で行動して頂いた方が……」

「ジョルジュらとだったら相性はいい。俺たち騎兵が邪魔だな」


 はははと軽い調子で笑い、馬に気合を入れる。

 ぐんと速度を増した馬にアレッサンドロも並走してきた。

 緒戦の成功に手ごたえを感じつつ、俺とアレッサンドロは本陣へと急ぐ。

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