第48話 軍議

 交渉が決裂した。つまり、再びいつ交戦が始まってもおかしくない。

 のだが、帝国兵は翌日になっても偵察隊を出さなかった。

 偵察をしなければ、兵を動かすことすらできないのだが……奴ら一体何を考えているのだろう?

 訝しんだものの、九曜らの報告を聞くとすぐに合点がいく。

 奴ら、単に損害を恐れて偵察部隊を送ることを渋っているだけらしい。

 となれば、ある程度固まった部隊による威力偵察を行う? ないな。

 

「すぐ軍議を始める。サンドロ、みんなを集めてくれ。九曜と桔梗は交代で偵察に」

「承知いたしました!」


 耳がキンキンするバカでかい声を発したアレッサンドロがしゃきっと敬礼する。

 九曜と桔梗は静かに頷きを返した。

 すぐに走って行った彼の後ろ姿を見やり、ふうと息を吐く。その時には既に九曜と桔梗の姿はない。

 後は、呼んでもこないそこで寝そべっているあいつの首根っこを掴みに行かなきゃな。

 

 どこから持ってきたのか分からないが、草で編んだクッションを枕に寝息を立てているロレンツィオの腹をつま先で突っつく。


「む、むうん。もう少し」

「起きろ。仕事だ」

「ま、まだ行ける。まだあと五分」

「仕方ねえなあ。部長に連絡するか」

「ぶ、部長! や、止めてくださいい! 主任! 課長が先ってもんでしょう。あ」

「よし、行くぞ。ロレンツィオ」

「……僕の乙女心をもてあそんだんだな。乙女はそっちだろうに……えげつない」


 グダグダ言うロレンツィオのローブの肩口辺りをむんずと掴み、そのまま引っ張る。

 ローブが伸びるのが嫌だったのか、彼はすぐに立ち上がって渋々俺の後をついてきた。

 

 ◇◇◇

 

 指揮官の守備隊長、騎士団長、グリモア、ジョルジュに加え、アレッサンドロとロレンツィオを招き軍議を開催する。

 九曜と桔梗は偵察と休息を交代で行っているため欠席。イツキとアルゴバレーノは作戦が決まったら俺から伝える予定だ。


「九曜から入った情報によると、帝国はもう偵察部隊を出す気が無いらしい」

「と、言いますと?」


 騎士団長が俺に合いの手を打つ。

 

「奴ら、全軍で来るぞ。いよいよだ。お出迎えしてやらないとな」

「……そういうことか。また森かよ。ちくしょう」

「うん。ロレンツィオは森だ。君の故郷みたいなものだろ」

「……一ヶ月くらい過ごしただけだからな!」


 ふーふーと鼻息荒いロレンツィオをどうどうと落ち着けようと、彼に向け指先を左右に振る。

 あ、余計刺激してしまったか。すまんな。ワザとだよ。こういう緊張感溢れる場所で、いつも通りの態度を見ると気持ちが落ち着く。


「イル様。不肖なる吾輩に帝国の意図をご説明頂けますか?」

「すまなかった。騎士団長。俺も冷静さに欠けていた。何ら説明なく断定に入るのはよくないな。軍議だというのに」

「いえ……理解できぬ吾輩の足りなさです」


 このままヴィスコンティと謝罪合戦をしていても彼がますます恐縮してしまうだけだと判断し、偵察部隊が出なくなった意味を説明することにした。

 彼以外の他の者を見てみたら、ロレンツィオ以外は彼と同じ気持ちだったようである。

 まあ、ロレンツィオが俺の説明なく俺と同じようなことを考えていたかどうかは半々かな? それはともかく……。

 

「交戦するに当たって、最も重要なことは情報だと俺は思っている。みんなの考えるところはどうだ?」


 集まったメンバーを一人一人見やる。

 皆一様に頷きを返した。

 

「他にも補給や士気やら、いろいろ大事な要素はあるけど灯台が無ければどこに進めばいいのか分からないからな。分からなかったら兵は動かせない」

「となりますと、偵察を行わなかった帝国は城壁から動かぬと愚行いたしますが」

「そうできないところが彼らの辛いところだよな」

「なるほど。ようやく吾輩にも理解できました」


 ハッとしたように目線を上にあげた騎士団長は、目線を戻し真っ直ぐに俺と視線を合わせた。


「旧王国兵を編成し威力偵察したように1000名程度を派兵することはできる。だが、手痛い目に遭ったばかりだからな」

「兵力分散の愚を犯すより、全軍を持って我が方の拠点まで侵攻することが最も確実な方法ですな」

「うん。彼らにとって見えているものは、俺たちがどこか一点で集合しているということだけ。彼らは拠点の正確な位置さえ分かっていない」

「闇雲に攻めるわけにもいきませんが、大部隊を行軍。歩む速度は遅くなりますが、短い距離で偵察を出せばいずれ我らの拠点を発見することもできましょう」

「非効率極まりないけどな。その分、崩される心配も少なくなる。手堅いと言えば手堅い」


 帝国からすれば、数の力を活かし押しつぶすことが最も勝率の高い手段だ。

 そもそも、兵力差を鑑みれば戦わずしてこちらが降伏してもおかしくないほどである。

 だから何だって話だけどな。

 帝国の偵察は全て潰し、情報を持ち帰らせていない。旧王国兵の後詰めとして襲い掛かってきた兵は城壁まで帰したが、アレも計算のうち。

 森の中には罠が張り巡らせてあること。罠があるにはあるが、一本の道があるらしいこと。

 この二点を持ち帰ってもらった。奴らは森の中に敷かれた道を探しながら進むだろう。罠の無い場所が続いていて、その先に俺たちがいると予想して。

 俺たちが偵察部隊を連日向けていることは、彼らだって気が付いている。

 いや、九曜たちが発見されたわけではなく、これも前回の戦いから読み取れる内容なのだけど、俺たちが帝国軍の動きを把握していたことから推測できるはず。

 

「罠にハマりながら、大軍でここまで攻め寄せてくるっていうんだな。腕が鳴るぜ」

「まあ、そんなとこだな」


 バキバキと指を鳴らすグリモアに向け頷く。

 お次はじっと会話を聞いていた騎士団長が意見する。


「帝国を迎え撃つのですな」

「拠点防衛は騎士団長に一任する。機を見て遊撃を行う際は守備隊長が指揮を。グリモアはアルゴバレーノと連携し騎士団長の指揮下に入ってくれ」

「あいよ」


 グリモアが片目をつぶり、親指を立てた。


「ジョルジュは俺と共にかき乱す役をやってもらう。樹上からの射撃は特に有効だからな。俺は騎馬隊50を率いる。ロレンツィオは言わなくても分かるな」

「森だろ。森。君と連携すればいいんだろ?」


 嫌そうに頭を抱え嘆くロレンツィオに容赦なく言葉を続ける。


「その通り。九曜と桔梗とも連絡を取り合う」

「忙しいな、おい」

「俺の次に忙しいかもな。大丈夫、君ならできるできる」

「……やればいいんだろ、やれば」

「うんうん。そうだ。風呂が君を待っている」

「終わったら、絶対に風呂に入るぞ」

「その意気だ」


 これにて軍議は閉会となり、それぞれが自ら率いる部隊に作戦を伝えに行く。

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