第46話 サンドロの好きな人
「いけません。私には好いておる方がいるのですううう!」
ここまで聞こえてきたぞ。アレッサンドロの叫び声が。
息を切らせて馬車から出て来た彼と両腕を組みぷくーと頬を膨らます佐枝子に、一体何があったんだと首を捻る。
「ちょっとお。イル。あなたの従者はイケメン揃いなのは分かったけど。正統派イケメンのこの子は逃げちゃうし、クール系イケメンの九曜くんはイルが拒否するし」
「そう言われましても。拒否したものは仕方ないだろ。俺は個々人の自由意志を尊重する。あ、そうだ。喜んで君に血を吸われたいという者に心当たりがある」
「え、どんな子? イケメンでも美少女でもどっちでもいいわよ」
「そうだな。イケメンの部類に入るか」
「庇護欲を誘うその顔。それは抱きしめて護って欲しいんじゃなくて、嫌なことを考えている顔だわ」
「……ッチ」
オーク界のイケメンを紹介してやろうと思ったってのに。幸いなことに、佐枝子とも面識があるじゃないか。
それはそうと。
「サンドロ。血を吸ってもらうだけだぞ。血の気が多少は抜けると思ってな」
「く、首にしなだれかかろうとしたのです」
「首? 首から血を吸おうと?」
「私は腕を差し出したのです。しかし、彼女は首筋からと」
「そうか。もう一つ聞きたいことがあるけど、先にこっちから済ませる」
くるりと佐枝子の方へ目を向ける。
彼女は小さく手を振って「えへへー」と可愛らしく舌を出した。
「ちょ、ちょっと。何よ」
「俺にはむちゅーっとしたよな?」
「したかったんだもん。仕方ないじゃない」
「……まあいい。首からでもいいんだな?」
「ダメよ。イルの場合は口からじゃないと吸えないの」
「……そうか」
って。そんなことで騙されるか!
佐枝子のこめかみをぐりぐりしてお仕置きしておく。
が、こいつ。さすがは最強生物、まるで効いていない。
それどころか、手を掴まれ軽く引っ張られただけであっさりと拘束から逃れやがった。
「まあいい。今度から……」
「むちゅうう」
滑っとした何かが口に。
「ぷはー。隙を見せたな。ざまあ! この子の分はイルの血で補うってことで」
「こ、こいつ。とっとと帰れ!」
「やなこったーい。転生者を見るまで帰らないって言ったもーん」
しっしと手を振って、佐枝子を追い払う。
「イル様。申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに」
「いや、それはいい。ところで、サンドロ」
「はい」
「好きな人って誰だ? ディアナか?」
「違います。ディアナ様は……いえ、これを言うと私の首が飛びます」
「そ、そうか。ディアナ、怖いところもあるんだな」
「いえ、ディアナ様は天使です。天使なのです」
目が血走ってるって。
この件は触れない方が良さそうだな。
「えー。アレッサンドロくんのお。好きな子って気になるなあ」
「うぜえ! まだいたのか、佐枝子!」
「捕まるもんですかあ。きゃあ。イルのえっちー」
「触れてさえいないわ!」
再びシッシとやって佐枝子を追いやる。
もういいや、こいつを制御できる者はこの世にいない。こういう生物なんだと達観しよう。
そうすれば、いろいろ楽になる。
俺たちのやり取りなどどこ吹く風のアレッサンドロは真剣な顔でグッと拳を握りしめた。
「この戦いが終わったら、彼女に言おうと思ってます」
「あかんそれ、死亡フラグや」
「佐枝子お!」
「めんごめんご」
話の腰を折っていいところと悪いところがあるんだよ。
しかし、さすがアレッサンドロ、この程度では全く動じない。
「そうか。共に戦場をかけ、勝利を手にし、彼女の元へ馳せ参じるのだな」
「はい。デステ家に願い出る所存です」
「ん? そ、そうか。うまくいくといいな」
「はい!」
……やばい。察してしまった。
アレッサンドロの笑顔が眩し過ぎて、目を逸らしてしまう。
デステ家の令嬢で結婚していないのは、ディアナ一人だったはず。
しかし、彼女ではないとくれば、デステ家のメイドか何かだろう。アレッサンドロがデステ家のメイドの顔なんて知っているわけがない。
彼がデステ家を訪れることなんてないし、ディアナは王宮に仕えているから自家のメイドを連れ歩くことなんてないから。
となればだ。彼が唯一出会ったメイド(であると彼が思っている)は、イルマだけ。
うわあ。うわあああ。
いや、ハッキリと断ればいいだけのこと。ディアナにもうまく言っておけば、アレッサンドロの心の傷も最小限に。
すぐにベルサリオ侯爵のところへ行かせたのが裏目に出た。彼はあの時以来、「イルマ」には会っていない。
「よおし、戦況の確認をしよう。軍議を開くぞ。サンドロもついてこい」
「はい!」
空元気だが、ワザとらしく右手を振り上げ大股で歩く俺であった。
◇◇◇
結局軍議はその日の夜となる。
九曜に続き、桔梗も偵察に出て、ロレンツィオともコンタクトを取って情報が集まってからの方が望ましいと判断したからだ。
一日ゆっくりと休んだおかげで、俺も兵たちも元気を取り戻していた。桔梗と九曜も今日の夜は休んでもらうつもりでいる。
「帝国軍に動きはない。九曜の調査によると、総数が6000にまで減っている。昨日の戦闘で旧王国兵1000は壊滅。帝国兵800も滅ぼした。生き残りが本軍に合流しているだろうけど、これまでちょこちょこ潰してきた偵察で減じた分を含めての総数が6000になっている」
特にこれといって、この報告に眉を動かす者はいなかった。
いや、一名だけいる。これまでの戦果を知らないアレッサンドロだけは表情がクルクル変わって、吹きそうになってしまう。
「損害は怪我人を含め75名。しかし、オークら200名が加わってくれたことにより、我らの総数は増えている」
「そ、その損害で、2000を滅したのですか。イル様はどのような御業を使われたのか……」
「サンドロ。まあ、詳しくは別途、伝えるよ。奇襲と罠だな。しかし、これから先はそれだけじゃあ乗り切れない。ここからが本番だ」
アレッサンドロから目を離し、集まった面々に一人一人目を向ける。
全員真剣な顔を……一人だけだらしなく目尻が下がっていた。
もちろん豚頭のあいつであることは言うまでもない。
丁度いい。
「紹介が遅れた。オークの首領をしているイツキだ。そして、知っている者もいるだろうが、俺の横にいるのがアレッサンドロ。王国騎士になる」
「大オーク族の首領をしております。イツキと申しますぞ。以後、お見知りおきを」
「アレッサンドロ・ベルサリオです!」
二人が頭を下げ、他の者が拍手で迎え入れた。
オークと懸念を示すような者はこの場にはいない。実際に彼らの活躍があり、勝利に導いてくれたのだから尚の事である。
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