第15話 ドームの調査

 航空基地を奪還した爽平たちは勢いづいた。物資の残ったそこに拠点を移し、陣地を広げていった。近場の他の駐屯地も奪還し、住宅や避難所で何とか隠れ住んでいた人々を救出した。


 物資があればこれほどまでに違うのか、と爽平は改めて思った。


 たくさんの弾薬を持って基地を出発し、戦いの途中でも補給が届く。食べ物も日用品も、そこら中から集めることができた。病院から医療品を得ることもできたし、避難民の中に医者もいた。奪還した基地からドローンを手に入れ、再び無人偵察ができるようになった。


 大きかったのは、持ちこたえていた駐屯地が複数あったことだ。探索中に無線が混線したときは驚いた。部隊は合流し、これで人員も確保できた。


 人類が生き残る方法はただ一つ。敵の殲滅せんめつだ。


 だがそれには、難攻不落のドームを何とかしなくてはならない。


 爽平たちは、拠点を移動させながら、長い時間をかけてドームへと近づいていった。自然と敵の攻撃は激しくなる。だが、この機は逃せなかった。再び持久戦に持ち込まれてはたまらない。物資が潤沢じゅんたくなうちに押し切ることにしたのだ。




 季節は夏になっていた。


「よぉ、お疲れ。今回もイイ働きだったな」


 基地に戻り、マガジンに弾を補充している爽平に、細川が近づいてきて言った。


 細川はD班デルタを離れて全体指揮をとる立場になり、爽平はデルタの班長となっていた。美彩も飛行部隊オメガの班長をやっている。


 平時なら配属されて一年ちょっとの新米が班を率いるなどあり得ないが、数々の戦闘をくぐり抜け、生き残ってきた三人がそうなるのは妥当だった。


「事前情報だと五体って話だったんすけど。六体いるならもう一班出して下さいよ。鈴森が無茶して危なかったんですよ。それと班員補充まだですか」

「班員補充はない。ヘタに入れたら足手まといになるだろ。どっかの班が壊滅しない限りは。悪ぃな」


 そう言われると爽平は黙るしかない。練度の低い隊員が足を引っ張るのは細川の言う通りだし、他の班が壊滅すればいいと願うことはできないからだ。


「次はどこっすか。補充して飯食ったら出ます」


 デルタはその生存率と戦果を買われて、遊撃部隊となっていた。他の班の手が回らない所におもむいたり、応援要請が出た所に駆け付ける。


「今日はこれでオシマイ。それを言いに来た」


 爽平は手を止めた。


「細川サンがわざわざ来たかと思えば……。何ですか」


 他の班員も細川に注目する。


A班アルファF班フォクスロットG班ガンマが進路を確保した」

「それって……」

「明日はいよいよドームだ」


 真面目な顔をした細川に、爽平たちは息をのんだ。


 ドームに近づいていることは知っていた。今日か明日には道が開けることも。進捗は朝の班長ミーティングで聞かされ、その後爽平は班員にも伝えてきた。


 だが、実際に手が届く所まで来たとなると感慨かんがい深い。やっと、という思いがある。


「まずは偵察だ。デルタは先頭に立ってもらう。英気を養うために休んでくれ」

「了ー解」


 爽平は班員たちの方を向いた。


「そういうことだから。補充が終わったら今日は解散」

「了解」


 班員の答えがきれいにそろった。それぞれ補充作業を再開する。


 基地で戦闘部隊るサポートをしている他の隊員に任せればいいのだが、デルタは自分の弾は自分で詰めることになっていた。これは江口の頃からの方針だ。銃の整備も自分たちでやる。武器には自分の命を預けることになる。それを自分の手でやっていることが、生き残る道に繋がっていると爽平は考えていた。


 根拠も何もない感覚的なものだ。弾がなくなれば仲間のマガジンも使うし、拾った物も使う。実際には自分で詰めた物だけを使うわけではない。


 だが、事実デルタの生存率は高いのだから、一概に馬鹿にはできない。デルタにあやかって真似する隊員もいた。


「鈴森、なんだか嬉しそうだな」


 ニヤついている鈴森に爽平が言う。


「だって細川さんが出るってことは、デルタの班長をやるってことですよね。細川さん優しいですから」

「そうだな。俺より断然優しいよな」

「はい。先輩は無理ばかりです。細川さんの方がずっといいですよ。先輩はこの前だって――」


 爽平が厳しい目を向けていることに気がつかない鈴森は、目線を手元に落としたまま、爽平への不満をぺらぺらとしゃべってしまう。


「鈴森、お前このあと射撃訓練な」

「えっ!? 何で!?」


 補充を終えた爽平は、鈴森の驚いた声を無視してその場を立ち去った。



 


 次の日、爽平、細川、鈴森の三人は、ドームまであと二十メートルというところにいた。


 デルタは今五人の班だ。今回は細川を加えて六人で出た。他の三人がどうなったのかはわからない。


 読みが甘かった。これまで同様、火力で押し通せると思ったのだ。しかしドーム付近は想定以上に敵の層が厚かった。


 撤退すると細川が無線で指示を出した途端、黒スーツに挟み撃ちにされた。ドローンが絨毯じゅうたん爆撃のように爆弾を落としてきた。


 からくもそれを乗り切ったときには三人しかいなかった。ドームに近いせいなのか、急に無線が使えなくなった。


 今回は特別作戦ということで、他に四つの班が出ていた。デルタの後ろについてきていたはずなのが二班、左右に展開して進退路を守るのが二班。


 だが、彼らともはぐれてしまった。背後から銃声が聞こえてくるから全滅はしていないのはわかるが、間にドローンの大群がいて、簡単には合流できそうになかった。


 現れた黒スーツを倒しつつ、ドローンから隠れているうちに、こんな所まで来てしまった。


 そして、ビルの陰から動けなくなっている。ドームの向こう側の様子が全く分からないからだ。


 ドームまでは片道四車線の大通りが伸びていた。中央分離帯がないから見通しがく。車は脇道に押しやられていて、その道路上には一台もない。穴ぼこだらけなのはもう見慣れた光景で、ひび割れたアスファルトから雑草が生えているのも不自然に思わなくなった。


 ドームまでの間に明かりの消えた信号が左右に一つずつある。自動運転には必要のない代物しろものなのだが、青信号で走っているという光景が大人には安心に思えるらしい。市街地を出た時に父親が信号がないと不安だと言っていた。


 ドームが現れた当時の情報は残っている。アメリカ軍の攻撃に耐えたこと、表面は煙のように見えるが実態は光を放つ固体であること、触っても何も起こらず、材質もわかっていないこと。


 そして、突然、黒スーツとドローンが出て来たこと。


 こちらからはすりガラスのように不透明でも、向こうからは透明なのかもしれない。のこのこ出て行ったら撃たれるだけだ。


 とはいえ、動かないわけにもいかなかった。


 こうして目の前まで来られたのは、運が良かったとしか言えない。今を逃せば次にいつ来られるかわからなかった。犠牲も払った。この幸運を無駄にするわけにはいかない。


「撃ってみます?」

「撃っても意味ない。核でも無理なんだぞ」


 鈴森がおずおずと言い出したのを、爽平が止める。


「いや、撃つのはアリかもな」

「えぇ? どうせ弾かれるだけっすよ。もったいない。それに、絶対出て来ますって」


 予備のマガジンはまだたくさん持っているが、命綱だ。牽制けんせいや数撃ちゃ当たるでばらくのはいいが、無駄だとわかっていて発砲したくない。


「むしろヤツラが出て来るか確認しよう。撃って出て来るなら触ってもどうせ出て来るだろ」

「それはそうかもしれないっすけど」

「ならこれですね」


 反対はしないが賛成もしかねるという態度を爽平が取ると、鈴森がその辺から小石を取り上げてお手玉のように二回手の上でほうった。


「え、ちょ、鈴森、待て――」


 冗談かと思いきや、鈴森は綺麗な投球フォームで小石を投げた。ドームに向かって。


 緩く弧を描いたそれは、カンッとドームの下から二メートルほどの位置に当たった。地面に落ちて、コツン、コツンと転がる。


「……出て来ませんね?」


 鈴森が首を傾げながら言った。


「出て来ませんね? じゃねぇだろ馬鹿っ! 指示も出てないうちから勝手なことすんなっていっつもいっつもお前は!」

「先輩、声でかいですっ。抑えてっ」


 ぱこん、と鈴森のヘルメットを叩いた爽平を、どうどう、と鈴森がなだめにかかる。怒っている相手にそれをされるのが一番ムカつくが、正論だったので爽平は口を閉じた。


「スズモリ、今のはオマエが悪い」

「すいません」

「けど、結果オーライってやつかもな」


 親指で、ほれ、と細川がドームを指す。黒スーツやドローンが出て来る様子はない。


「まだわからないですよ。近くにいないだけかも」

「じゃあ今度は撃ちますか? それとも手榴弾てりゅうだんにします?」


 銃と手榴弾を交互に見せる鈴森。


「お前なぁ……」


 爽平は呆れた。アサルトライフルはともかく手榴弾という選択肢はない。それこそ付近の黒スーツを集めてしまうだろう。


「スズモリ、もうイッパツいってみるか。――いや、石で」


 どっちですか、と鈴森が首を傾げたので、細川は足元のコンクリートの欠片かけらを指差した。


 少し残念そうな顔をして、鈴森は二投目をほうった。先ほどよりも直線的で、強めにドームに当たる。


 だが今回もやはり、衝突した音とアスファルトの上で小さくバウンドする音だけで、その後は何も変化は訪れなかった。


 ふむ、と細川が腕を組む。


キタ、ヤツラはいそうか?」


 そんなことを聞かれても、と爽平は思った。わかるわけがない。だが、細川はじっと爽平を見ていた。


「どうでしょうね。いない、と思いますけど」


 爽平は勘で言った。


「そうか。なら次はオレが行くわ」

「は?」


 細川は予備のマガジンを取り出して、鈴森と爽平に渡した。


「え、行くって、細川サンがですか? いや行くなら鈴森でしょう」

「俺!?」

「ったり前だろ、一番階級が低いんだから」


 悲しいかな、階級組織というのはそういうものなのである。


「オレに何かあったらキタ、後は頼んだ」

「細川サンを行かせるくらいなら俺が行きますよ」

「いいや、オレが行く。キタの勘を当てにしてるぞ」

「普通に外れますからやめてください。俺が行きます」

「ダイジョブだお前の勘は外れない」

「なら俺が行ってもいいですよね」

「そうか。じゃあ頼んだ」

「えっ!?」


 あっさりと細川に譲られて、爽平はたじろいだ。


 ちらりとドームの方を見る。はるか上空までそびえ立つそれは、ビルの横から顔を出さなくても、よく見えた。


 直線距離、約二十メートル。走れば往復に十秒かからない。もう本当に目と鼻の先だ。


 ――その間に何発撃たれる?


 もし敵が待ち構えていたら。向こうから丸見えだったら。向かってきている途中だったら。


 それを考えて、目が泳ぐ。


「な、オマエにはムリだ」


 細川にぽんぽんと肩を叩かれた。


 見抜かれていたのだ。極度の怖がりだということを。爽平はカッと赤くなった。


「臆病さは生き残るのに必要な感情だ」


 細川に最初に言われた言葉だ。


「オマエはそれと上手く付き合ってる。オレが保証するよ。オレも臆病だから、ここまで生き残ってきた」

「細川サン……」

「んなカオすんなよ。つーか、オレ別に死にに行くわけじゃないからな? 調査だぞ、調査」

「はい……」


 爽平は小さくうなずいた。


 そこに、鈴森の声がかかる。


「あの~、盛り上がってる所すいません」

「お前なぁ、少しは空気を読めよ」


 泣きそうになっていた爽平は、無理して目を吊り上げた。


「班長が行く前に、どうせなら試しときたいことがあるんですけど」

「なんだよ早く言え」

「これです」


 鈴森が持ち上げたのは、黒スーツのヘルメットだった。


「あ、でもこのままじゃ……。燃やした方がいいですね」


 ぶつぶつと言って、鈴森はヘルメットを地面に置くと、着火装置を取り出してヘルメットの内部に残っていた粘液を焼いた。爽平は反射的に顔をそむける。


「これでよし、と」


 鈴森が再びヘルメットを拾い上げる。


「スズモリ、オマエ天才だな!」


 はっと細川が気がつき、声を上げた。


「それほどでもありますね!」


 ふふん、と鈴森がドヤ顔をする。


 爽平には何が何やらさっぱりわからなかった。


「どういう――」

「よーし、いけ、スズモリ!」

「がってん承知!」


 爽平が尋ねようとするその前に、細川がドームを指差して許可を出してしまう。鈴森は言葉とは裏腹にびしっと綺麗な敬礼をしてから、ヘルメットを握って大きく振りかぶり――。


「ちょ、おい……マジかっ!!」


 ドームに向かって投げた。



 ドームにぶつかったヘルメットは――そのままドームを

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