人類虐殺計画

藤浪保

第1話 戦場

 崩れたビルの陰に背中をぴったりとつけたきた爽平そうへいは、手に持つアサルトライフルの銃弾の残量を確かめた。ベストのポケットにある換えのマガジンも、ぽんぽんと叩いて確認しておく。


 何度確かめても不安になる。敵を殺さなければ自分が殺されるからだ。


 あごからぽたりと汗がしたたった。暑い。今日は三十八度まで気温が上がるらしい。これだけ湿度が高いのなら雨でも降ればいいものを、割れてところどころ土を見せるアスファルトに落ちる影は、墨で描いたように黒々としていた。


 土埃つちぼこりにまみれた街は全体的に赤茶けているのに、街路樹だけが青々と色鮮やかだった。剪定せんていされていないからなのか、人間の支配から解放されたかのように伸び伸びとしている。せみの声が五月蠅うるさい。


 一方通行の細い道路の向かい側では、部下の鈴森すずもり大輔だいすけが爽平と同じ体勢で、道路の向こうをうかがっていた。


 服装も同じで、灰色の迷彩色カモフラージュの戦闘服にベストだ。入隊した時は自然な長さだったのに、ヘルメットが蒸れると言って坊主刈りにしてしまった。


 あどけなかった顔立ちは、この半年で一丁前の男の顔つきをするようになった。


 十四歳。まだ子どもだ。ほんの少し前なら、学校で友達と馬鹿をやっているような歳で、殺しの道具アサルトライフルなんかではなく、スマートフォンやゲームのコントローラーを握る毎日だっただろう。


 ――俺もまだ十七だけどな。


 軽く頭を振って、こうなっていなければ、と何度も繰り返した無駄な思考を頭から追い出す。ヘルメットの裏に貼り付いてはいるだろうが、戦闘中に出てこないのならそれでいい。あとで思う存分構ってやる。


 爽平は進行方向を一瞥いちべつしてから、後ろの三人にハンドサインを送った。三人とも爽平の部下だ。五人のチーム。……本当は六人だったが、四日前に欠けたあと補充されていない。


 敵なし。前進せよ。


 部下たちは鈴森の横で一度息をいたあと、銃を構え直し、身を低くして前へ進んだ。


 爽平と鈴森も進行方向に銃口を向け、動くものがないかと目をこらす。


 と、チュンッと音がして、一人の足元で光が爆ぜた。こぶし大の大きさにアスファルトが焦げる。


 脊髄せきずい反射のように俊敏な動きで、部下たちは放棄されたワゴン車の陰に身を潜めた。それを追うように、チュィンチュィンといくつもの青い光の弾が飛んでくる。


 あっという間にその車は集中攻撃を受けた。


 三人は様子を窺おうと車体の陰から顔を出し、ヒュッと飛んできた光弾に首をすくめる。銃口だけを出して応戦しているが、猛攻はやまない。


 普通車の装甲では何秒も持たない。


 息を詰め、パパパパパッと銃を撃ちながら、爽平は光弾の飛んでくる先を確かめた。


 あそこか。


 一、二、三、……四、五っ!


 残像のように走る光の数を数えて、即座に頭を引っ込めた。シュンッと光がヘルメットをかすめた。


 ちっ、と舌打ちをする。情報では四だったはずだ。数でまさるならと承諾したのに。同数ならこちらが不利だ。無傷でここまで来られたのが不思議なくらいに。


 爽平は光弾が貫通しつつあるワゴン車を盾にしている部下たちに、援護する、とサインを送り、指を三本立ててカウントを開始した。


 パパパパパッ


 チュンチュィンチュィン……


 爽平と鈴森が撃つ銃弾と、敵の撃つ光弾が飛び交う。


 部下たちは何とか一発も食らうことなく、近くの建物の陰に隠れることができた。パパッ、パパパパッと緩急をつけて弾丸を撃ち込み、相手の動きを牽制けんせいし始める。


 爽平は壁を背に、ふぅ、と短く息を吐いた。


 数がどうであれ、居場所がわかればこちらのものだ。


 鈴森にうなずきで合図を送ると、鈴森はふところから筒状の物体を取り出し、爽平へと放った。


 スナイパーライフルのスコープを短くしたようなそれを、敵の方向へと向けて、尻のスイッチを親指で押し込んだ。


 レーザーサイトの赤い光が、敵が隠れている角をちらちらとかすめる。


 敵の狙いがこちらに移った。コンクリートの壁に張り付けられた外壁が、光弾によって削られていく。


 来い。来い。早く来い……!


 ぴしっぴしっと破片が顔に当たるが、爽平は構わずレーザーを照射し続けた。


 わんわんと耳鳴りのように聞こえている蝉の鳴き声に交じって、ブゥゥゥンという羽音のような音がした。はっと視線を上げると、前方の崩れたビルの上から、敵のドローンが三体飛び出してきた所だった。


 漆黒の機体。その腹には爆弾を二つ抱えている。


「伏せろぉぉぉっ!」


 爽平は叫ぶのと同時に、銃を抱えてその場にうずくまった。耳をふさぎ、目を押さえて口を開ける。


 羽音が爽兵たちの頭上を越えて行った。


 放たれた爆弾は、慣性の法則に従って、緩く弧を描いて落ちる。


 最初に爆発したのは、爽平が背を預けていたビルの屋上だった。轟音と共にずしんと地面が揺れ、ゴンゴンと頭部ほどもあるコンクリートの欠片が落下してきた。そのうちの一つが爽平の背中を殴打した。


 続いて隣のビルで、もう一度爽平の側のビルで、そして鈴森が身を寄せていた建物の壁で、次々と爆発していった。


 爆発がやんですぐ、まだぱらぱらと小石が落ちてくる中、爽平は再び敵の方角へと誘導レーザーを照射した。


 来い。来い。来い。


 ブゥゥゥンと羽音が舞い戻って来た。蝉がぴたりと鳴き声を止めたせいで、やけに大きく聞こえた。三台の不協和音が、ざらざらと耳の神経を擦る。


 対空兵器を持つ部下の方に目を向けるが、伏せた両足が見えるだけで、無事かどうかも定かではなかった。


 くそっ。


 ぎりっと奥歯をかみしめた時、後ろでパパパパッと銃弾の音がした。レーザーを向けたまま振り向けば、鈴森がアスファルトの剥げた道に飛び出し、銃を構えてドローンに連射していた。


「馬鹿野郎!」


 あのドローンに銃弾は効かない。現に、運良く機体に当たった銃弾は、チュインチュインと装甲に弾かれている。


 ドローンの腹部のアームが開き、爆弾が鈴森めがけて放たれた。


 仁王立ちになっている鈴森に爽平が飛び掛かる。そのすぐ後ろに爆弾は落ちた。


 ばくぅぅんっという幾分いくぶん間抜けな音を立て、土が高く舞い上がった。穿うがたれた穴の深さは二メートル。水の流れていない水道管が断面を見せていた。


 爆風で吹き飛ばされた二人は、折り重なるように穴の側に倒れていた。


 これまでの爆発は計五回。ドローンにはもう一発搭載されている。


 倒れたままの二人は格好の的だ。


 さらにヒュンヒュンと光弾が飛んできた。敵部隊にとってもいい的になってしまっている。味方の銃弾の音もし始めるが、視界を覆っている土煙が晴れれば、弾幕を浴びて蜂の巣になるだろう。


 隠れなけなければと思うが、脳を強く揺さぶられたせいで、体が思うように動かない。爽平の下敷きになった鈴森もただうめくばかりだ。


 そこへ、キィィィンというくうを引き裂くようなかん高い音が鳴った。


 ――来たか。


 音とほぼ同時に姿を現した四機の戦闘機は、編隊を崩してミサイルを放つ。


 一機。二機。三機。


 ドローンはあっという間に撃墜された。ばらばらに砕け散り、黒煙を上げながら落下していった。


 頭上を通り過ぎた四機は、旋回して戻ってくる。


 敵部隊は沈黙していた。これでは戦闘機は敵の位置をつかめない。


 爽平はどうにかこうにかい、転がり落としたレーザーサイトを拾い上げると、敵部隊の方へとレーザーを向けた。


 先頭を飛んでいた戦闘機がミサイルを手放す。点火したミサイルは、爽平が照射したその場所へと正確に撃ち込まれた。


 続けてもう一発。


 一拍置いてから、とどめのように別の機体がもう一発放った。


 がくりと力を落とした爽平の胸の無線機が、ザザッと鳴った。戦闘中は使わないことになっている。声を聞くまでもなく、終わった、の合図だった。


「チームオメガからデルタへ。掃討完了。これより帰還する。――爽平くん、お疲れ様ぁ。後始末よろしくぅ」


 真面目な報告の後に続くおどけた声。


 ったく、オープン回線ではふざけるなって言っただろ。


 恋人の相田あいだ美彩みさの言葉に、爽平はため息をいた。


「全員無事か?」


 起き上がりながら声を掛けると、ぱらぱらと返事が返ってきた。ぴくりともしなかった鈴森も、んあ、と寝起きのような声を出して体を起こした。


「後片づけに行くぞ。油断するなよ。生き残りがいるかもしれない」


 爽平は部下たちに指示を出した。


 隊列を組み直して、壁沿いに爆撃の現場へと近づいて行く。


 四方八方に銃を向け警戒しながら前進するのは時間がかかるが、己や仲間の命が懸かっているのだから当たり前のことだった。訓練学校で銃の撃ち方と共に最初に習う基礎の基礎だ。


 先頭を進んでいた爽平は現場となった曲がり角の手前で手を軽く上げ、部下たちを停止させる。


 戦闘機からの爆撃によってビルは半壊し、落ちた二階の床が一階のカフェのカウンターに斜めに立てかかっていた。切れた鉄骨がむき出しになっている。


 ショーウィンドウのように窓際に並んでいたと思わしき棚は、仰向けに倒れていた。ひっくり返した跡があるのは、誰かが食料を集めた後だからなのだろう。クッキーの小さな破片が落ちていたが、その容器はどこにもなかった。


 カフェの天井から床まで大きく取られた窓ガラスは全て散っていて、角の向こう側が良く見えた。


 物陰から見るだけでもわかる。アスファルトが大きくえぐられ、放棄されたトラックがぺちゃんこに潰されていた。


 敵はひとたまりもなかっただろう。あいつならなおさらだ。


 だが、油断はできない。


 でも生き残りがいれば、こちらに犠牲が出る。


 爽平は部下の一人にカフェの中を確認するように指示を出し、自身を含めた残りの四人で素早く角を回り込んだ。


 銃口をあちらこちらに向けて確認する。生き物がいる気配はない。


 周辺を探索させたが、ネズミ一匹見つからなかった。


「何体いた?」

「五体です」


 部下が報告した死体の数は、攻撃の様子から推測した数と一致していた。


「わかった」


 ようやく安堵の息が漏れた。これだけ近くで動き回れば、あいつらは必ず出て来る。来ないという事は、ここには居ないという事だ。


 爽平は足元に転がる敵の死体を見下ろした。つま先で脇腹のあたりをつつく。


 すっきりとした宇宙服のようなスーツとヘルメット。ドローンと同じ黒一色だ。ゴムのような見た目をしているが、プラスチックと金属を織り交ぜて作られているらしい。


 その下半身は某有名コーヒーチェーンの看板の下敷きになっており、スーツの右の二の腕の部分に、大きく亀裂が入っていた。爆発の衝撃で何かが当たったのだろう。


 その裂け目から、赤ともピンクとも形容できる色のどろりとした粘性を持つ液体が、ゆっくりと流れ出ていた。爽平が足を上げると、靴底に付着したそれが、ねちゃりと糸を引いた。


 二足歩行をし、五本の指のついた二本の腕を持つ、ヘルメットをかぶった地球人そっくりな戦闘スーツを着た生き物――。


 その本体が、この、スライム状の粘性生物だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る