第28話『家業』

 親子が帰ると、才明寺は巫女服のままであるにもかかわらず、物凄い速さで俺のところまでやってくると、俺の胸倉を掴んで睨みつける。頭突きでもされるのではないかと焦ってしまう程顔を近づけると、才明寺は俺を恫喝するように強い口調で言葉を放つ。

「此処で何してんの」

 今まで聞いた才明寺の声で一番低い音に驚く。

 その声には焦りと怒りと、それよりも強い驚きに満ちていた。どういう事情かは知らないが、自分が巫女をしているところを学校のヤツに見られたことに対しての焦りだろうと俺は想像する。


「何って……神社に参拝する以外、何かあるか?」

 俺ははぐらかすつもりでそう真面目そうな振りで嘘を返すと、才明寺は「確かに」と呟き俺の服から手を離す。

 いやいや、素直過ぎるだろ、もっと疑えよ。

 自分が何か早とちりしてしまったのかと肩を落とす才明寺に罪悪感が沸き起こり俺は軽く首を振る。

「嘘だよ、駅で見かけて気になったから追いかけて来たんだ。最近様子おかしかったから」

 そう正直に白状すると、才明寺の中で一瞬さっきまでのあった怒りや焦りが再び膨張して俺に何か言おうと顔を顰めて口を開くが、結局彼女は俺に対して非難も叱責もせず彼女の中に渦巻く感情が萎むのが見て取れた。

 ……少しだけ、怒鳴られるかもしれないと、身構えたが意外にもそうはならなかった。

 才明寺は気まずそうに頭を何度も掻くと、折角綺麗にまとめていた髪が乱れる。

 大丈夫か巫女さん、と思ったが、俺は茶々を入れず才明寺の反応を待つ。

 彼女はこの上なく渋い顔で何かを考えていたが、一分程して漸く口を開いた。


「此処……ウチの神社なの」


 そう言われて俺は「へえ」と気の抜けた感想を漏らす。

 あっ、そうなの? くらいの軽い感想だ。

 しかし、すぐに我に返る。

 以前才明寺との会話に出た『家業』という言葉を思い出したからだ。

 ウチの神社。そして『家業』。

 つまり。

「つまり此処は才明寺が継ぐように言われてる神社なのか」

 神職の家系だったのか。

 才明寺のあの力も引き継がれたものなのか、と何も知らない才明寺本人を他所に納得するが、俺の言葉に才明寺は良い顔をしなかった。

 まるで身内にいる犯罪者の話でもされているかのような。親しい人間の過ちに気がつきながらもそれを指摘できないような。そんな一言では形容できないような居心地の悪そうな顔だった。

 そしてその表情は、先程、祈祷を終えた親子に感謝されていたときにも見せた表情だった。

「……才明寺って家業のこと、あんまり良い風に思ってないような感じだったけど、この前から様子がおかしかったのもそれが原因なのか?」

 そう訊いてから、あ、踏み込んでしまった、と嫌な汗が出た。

 家の事情なんて、簡単に聞いてはならんことだろうに。

 だけど内心焦る俺を他所に、才明寺は「はーっ」と長い溜息を着くと困ったように笑って「流石。柵木には何でもお見通しね」と肩をすくめて呟く。


「さっき私といたのが此処の宮司で、私の伯父さんの露木宗磨つゆきそうまくん」

 ああ、『ソウマくん』、土曜日に電話をしてきたのはあの人だったのか。

 才明寺は続ける。

「前にもちょっと話したでしょ、家業のこと。柵木も今言ったけど、私、家業のことあんまり好きじゃないの」

「だろうと思ってた」

 俺が率直な感想を述べると才明寺は「でしょ!」と声を大きくする。

「でも昔からこうやって手伝いに呼ばれるの。いつも御祈祷のときだけ。手伝った分、お駄賃は貰えるんだけど昔から苦痛なんだ」

 そう呟く才明寺は、もう散々だ、と言いたそうに重々しい溜息をつく。


「宗磨くんから連絡くると憂鬱な気分になるの。柵木と細江には心配かけちゃったかな? ごめんね」

 しおらしく呟く才明寺ではあるけれど、俺は「別に」と返す。

「お前が静かだったから俺も細江も試験期間中順調に最後の追い込みとかできたからお前が心配するようなことは何もなかった。安心しろ」

「何それ。自分で言っといて何だけど、ちょっとは心配してよ」

 もう!

 俺の言葉に落胆する才明寺。

 でも、もし才明寺が通常運転だったら、まず間違いなく中間試験最終日の試験が始まるギリギリまで机を囲む羽目になっていただろうし、その光景は容易に想像できていた。というか、その覚悟もしていた。

 だから才明寺には申し訳ないが、試験までの最後の時間を自分に使えたのは助かった。

 ……とはいえ、全く心配がなかったわけでもない。

 多少は心配もあった、と思う。ではければ、こんなところまで追いかけては来なかったはずだ。

 何だかんだ、俺は才明寺を『友達』として心配していたのかもしれないと改めて感じる。

 それにしても、まさか才明寺がこの神社の関係者だったとは。

 何だか運命地味たものを感じる。


「本当に凄いな」


 俺はさっきのお祓いの光景と、そして祐生が救われたことを思い出して自然とそう零すように呟いた。だけどその言葉に才明寺は顔を顰めて「凄い? 何が?」と少し強い口調で訊き返してきて俺は焦る。

「えっと……、お祓い終わってさっきの人達、晴れ晴れとした顔で帰っていっただろ。きっと此処に来て悩みが解決したんだろう。そういうことって中々できないことだと思う。そういう意味で『凄い』って言った」

 苦し紛れのような気もするが、これも間違ってはいない。

 だけど才明寺は納得している様子もなく「さっきの、ちゃんと見てた?」と更に問う。

『さっきの』とは、言うまでもなく直前まで行われていたお祓いだろう。俺が頷くと、才明寺の顔が怒りの表情が広がっていく。


「あれ見て、凄い、なんて本当に言える?」

 その何処か詰問するような言葉に、才明寺の意図がわからず不安に思いつつも、俺自身あの光景に、才明寺の力に助けられた人間として心の底から凄いと断言できる。

 だから俺は間髪入れずに「俺は凄いことだと思ってる」とはっきりと言い返す。

 だけど才明寺の中ではそうではないらしい。


「私は凄いだなんて思えない、寧ろ此処で行われている御祈祷が恥ずかしいし褒めるところなんて一つもないものだと思ってるわ」

 そう言い放つ才明寺に俺は思わずぽかんとしてしまう。

 才明寺の言葉がただ只管重く、暗いものがあった。

 あんなにも凄いことができるのに、何故コイツはこんなにも否定的なのか。その理由がわからず俺は閉口するしかなかった。

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