現代病床雨月物語 第四十四話 「平岡君と由紀夫は心中した(その四)」

秋山 雪舟

第四十四話 「平岡君と由紀夫は心中した(その四)」

平岡君と由紀夫が心中したのは敗戦から二十五年後(一九七〇年)でした。新型コロナウイルスが猛威を振るう現在(二〇二〇年)は敗戦から七十五年になります。由紀夫の死から五十年が経ちました。何が変わったのでしょうか。私はあらためて一人一人の考え方や生き方が大きく未来を変える変革の時代に突入したのではと思うのです。

 私が心中から連想することは、広辞苑の「心中物にある……その時代の人生観・恋愛観・道徳観・経済観・社会観など」であると思っています。すなわちその時代に生きた個人の考え方がその良し悪しに関係なくその時代にはマッチしないために自ら決断し行動し次のステージ(自裁)に進むことだと思っています。そこには第三者が簡単に入り込める余地などないのです。しかし私には「なぜ・なぜ・なぜ」が付き纏うのです。なぜ自裁したのか、ただ私が想うのは由紀夫は私とは違う『景色』を必ず観ていると確信しています。それが何なのかは残された者が自ら考えるしかないのです。

 私は、統べての原点は敗戦にあると思っています。日本人なら右から左の全ての人を含めてこの敗戦(=ポツダム宣言の受諾)という事実を避けて通ることなど出来ないからです。由紀夫は偉大なる明治に憧れ、皇軍に憧れ、サムライ精神に憧れ、二・二六事件の青年達と魂は同調していたと考えています。

 日本の歴史を振り返ると大きく変革する時は常に天皇もしくはその取り巻きが関係する出来事です。私は、その最初が推古天皇(女性)時代の聖徳太子(厩戸皇子)による仏教や十七条憲法の導入であり、次に皇極天皇(女性)時代の中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原鎌足)による「大化改新」であり、そして後醍醐天皇時代に楠正成らが活躍した「建武新政」(建武中興)であり、最後が勤王の志士達が成し遂げた「明治維新」(御一新・御維新)であります。日本は天皇と関係する時に激動期がやって来るのです。

 第二次世界大戦での大日本帝国の敗北はアメリカの地位の確定でもありました。アメリカ軍が世界最強の軍隊になったのは太平洋における日本軍との戦闘の中で海兵隊を鍛え上げ最強の部隊に創り上げたからです。またヨーロッパ戦線において日系二世部隊の活躍も特筆すべき事でもありました。そして何よりもアメリカの一部の人達には天皇家の存続は百万人の軍隊にも匹敵すると理解していたからです。もし天皇家の存続がなければGHQの占領政策は上手くいかず、朝鮮戦争で敗北し台湾も中国(中華人民共和国)になっていたでしょう。アメリカのアジア政策もベトナム戦争以前に敗北するか広島・長崎以外のアジアの都市(北京・上海・平壌など)にも原爆が落とされていたかもしれません。またヨーロッパの戦後復興(マーシャル・プラン)も遅れる事になっていたでしょう。

 私は、敗戦の主たる原因の本質は日本人のリーダーを選出する時にグループ(派閥)の性格が色濃く影響して個人の資質よりもグループ(派閥)の実情に傾きその時代の情勢を何とか乗り切れると思っている事にあると思っています。平時では誰がトップでもそれを支える人達のレベルが安定しているので仮に一時的にトップが不在でも日常的に物事を難なくこなしてしまう力量を持っています。しかし激動期や経済・外交が行き詰まる時には大失敗を演じてしまうのです。ここではあまり多く述べませんがそれが戦前の二・二六事件関係者(皇道派)を軍部内で排除して実権を握った永田鉄山が創った一夕会(統制派)〔『昭和陸軍全史』川田稔著(講談社現代新書=二〇一四年七月二〇日第一刷発行)〕だったのです。そのサブリーダー的存在が東条英機です。

 行き詰まる時代の解決方法は、戦国時代の武将達の行動から学ぶ事が良いと思っています。最大の目的は、一時的に辱しめを受けたとしても臥薪嘗胆して時間を創り出し一人でも多く生き残る術を考える事です。日本はこれまで国つ神と天つ神が協力して創った国、神仏習合・神仏混交の国、和洋折衷の国、偉大なる『雑種文化(ハイブリッド文化)』の国です。これこそが発展の道であります。その為には自分と考えの違う人達の考えを力(警察・憲兵)で排除せず。色々な案を貯めて置く事ができる環境を作り出す事です。日本の敗戦からの復興は、一つは生きるためであり戦争がもうないという現実感からであり、そして天皇家(古代からの歴史的な繋がり)の存続が主な原動力だったと思っています。これは一方では一神教的な天皇制からの脱皮であります。偉大なる『雑種文化(ハイブリッド文化)』の復権です。

 由紀夫が東大全共闘との討論において希望を持っていたのは、この青年達の若い力が天皇家と結合(ハイブリッド化)した時には強力な変革のパワーにより米軍を日本から追い出し偉大なる明治が帰ってくる。その『風景』を由紀夫は観ていたのではと考えてしまいます。

 戦後アメリカは共産主義勢力との戦いに協力をさせるため戦犯達の罪の減刑と引き換えに日米安保条約への忠誠を誓わせました。だからこそ戦後日本の為政者達は全共闘の行動や由紀夫の思想的行動に神経をとがらせていたのです。そのため異例なほどの非民主的な措置(刷り込み)をしました。頭からデモや集会を悪として全国民に執拗に何度も繰り返し悪感情を植え付けました。しかしアメリカが直接統治していた沖縄県だけは欧米と同じく本来の民主主義が生き続けデモや集会が欧米の様に普通に行われているのです。

 最後にコロナ禍の二〇二〇年において「あなた」は平岡君と由紀夫の心中から何を感じましたか。

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