回転するさだめ

 25年ほど前の話になる。


 外で飲んでいた僕は、帰ってから飲み直しのツマミに寿司が食べたいな、と贅沢にも思った。巣鴨駅の近くで、まだ営業していた寿司屋に入り、折り詰めを頼んだ。その頃の街には、回転寿司よりも普通の寿司屋のほうが多かったんだ。


 いやな予感はあった。常連らしき人たちが僕をジロジロと見ていた。そして店長は終始面倒くさそうな態度だった。僕が店を後にすると、背後で、どっと笑い声がした。そして帰宅して折り詰めの蓋を開けると、明らかな腐敗臭が漂った。


 それから数日後。


 僕はリベンジのつもりでと池袋の回転寿司に入り、孤独グルメを堪能しようとしていた。そのとき、隣の客席に座った見知らぬ男性が、おかしな挙動をしているのに気付いた。回転レーンから寿司の乗った皿を取ると、それをジロジロと眺めては、またレーンに戻そうとしている。


 そのころの回転寿司はレーンに皿を満載する習慣があったため、その男性はなかなか皿を割り込ませて戻すことができず、最後には逆切れして店員を怒鳴りつけた。


 その怒鳴り台詞の内容で、その男性が何者か僕は知ることができた。彼は近所の寿司屋の店長(前述の店長とは別人)で、回転寿司のレベルがどれほど低いかそうなのだ。



 過去、僕はこの実話を人に語るときは、こういうふうに締めくくった。


「回転寿司のせいで回らない寿司屋が淘汰されたんじゃないと思います。私はたった2例しか知らないけど、彼らの運命さだめは、それよりずっと前に決まっていたと思います」


 そして現在、もしまた人に話すなら、こう、付け足したいと思う。


「ゴーマンな寿司屋と違って、コロナ禍の犠牲者たちには同情するけど、それでも、時代の流れは個人にはどうしようもないですよね。私も、リーマンショックの最中に転職しようとして、うつを発症しました」



 今回の前置きマクラはここまで。

 まず、前回までのまとめだ。


 僕は、「AIに仕事を奪われる」説の重大な根拠のひとつとなった、NRIレポートは、信頼できない可能性があることを数字で証明した。


 今回は、なぜそうなってしまったのか、という謎を解く為に、とある例をでっちあげてみよう。なお、このフィクションのエピソードはいくつかの実話と、海外のいくつかの研究結果を元にしている。また、NRIレポートにある二つの職業リストを引用している。



 架空の人物であるAさんは、とある架空の会社で「代替可能性の高い職業リストにあるCADオペレーター」の「職」についていた。しかし、使用しているCAD関連ソフトがバージョンアップによりAIが組み込まれ、CADの効率が上がって、CADチームが人員過剰になり、AさんはCADオペレーターの職を解かれた。

 そこでAさんは社内協議の末、広告作成チームに異動。CAD関連ソフトで作画をする「代替可能性の低い職業リストにあるイラストレーター」に社内「転職」した。



 なぜこんな作り話を挙げたかと言うと、「謎」が生まれた理由を僕なりに推理したので、それを帰納的に解説したいと思ったからだ。


 ここで注目してほしいのは、もともとAさんは4つの優れたスキルを持っていた、そして結果的に、AIのせいで失職したが、完全失業者数に計上されなかった、という点だ。


 Aさんのスキルとは、「CAD関連ソフトの操作能力」、「社内協議をすることのできるコミュニケーション能力」、「新たな職に挑むことのできるチャレンジ精神」、「今まで会社では発揮する機会のなかったイラストレーターとしての能力」だ。


 たいていの人はAさんのように、現実としていくつものスキルを持っている。そして、たいていの仕事は、その人の持つすべてのスキルのうち、少数しか必要としていない。


 もちろん、今まで使わなかったスキルで新たな仕事をするのは、容易なことではないだろう。すべての人が、Aさんのように立ち回ることができるとは思わない。僕も上手く転職できなくてウツを発症した。


 でも……


 「NRIレポートから計算してみた特化AIによる現在の失職者数」が、「コロナ禍による完全失業者数」に反映されない理由は、現実にAさんのように立ち回った人が大勢いたからではないだろうか?

 特定の「スキル」を特化AIに奪われても、すでに持っていたスキルを活かして、「しごと」を失わずに、完全失業者にならずに済んだからではないだろうか?


 この推測は、僕だけが考えていることではない。海外のいくつかの研究結果でも予測されていたものだ。僕はただ、日本の「完全失業者数」という数字の裏付けを提示しただけ、とも言える。


 そう言えば、NRIレポートの最後の部分にも「職業の一部分のみをコンピューターが代替する確率や可能性について検討していない」という意の断りがあるじゃないか!


 あ、そうそう。僕が救われたのはスキルを活かしたからではなくて、だ。助けてくれた人たちがいたからだ(感謝を!)。でも、今の仕事は、もともと持っていたけれど、今まで活かしていなかったスキルを活かさせてもらっている。


 この回の結論。


 あくまでNRIレポートは正しいのかも知れない。

 「特化AIによる失業者」プラス「コロナ禍による完全失業者」である約500万人もの失業者が出ることが、日本の運命さだめだったのかも知れない。


 しかし、この国の労働者の知恵と努力が、その被害を半分に抑えたのではないだろうか?


 コロナ禍については、そもそも誰が悪いんだ、という原則論・責任論を持ち出すなら、「天安門の国」の初期対応がそもそも悪い。日本政府が悪いと言いたくなる人間ヒトの気持ちも判るが、結局、ひとりの個人にとって時代の流れはどうしようもない運命だ。誰かのせいにしたくなるという点で、それはルサンチマンとの闘いとも言えるだろう。


 でも。それでも。

 

 回転しない寿司屋がまだあるように、僕を助けてくれる人がまだいるように、日本の、世界の、その知恵と努力は、これからも、ずっと回り続けるだろう。恨みを持っていても、それでも運命と闘い続ける人間ヒトがいる限り。


 それが、僕が前回で触れた「希望らしきもの」なんだ。



 さて、次回は。

 ここまでの自説を整理し、簡単にまとめたいと思う。



 そしてまた、僕はAIキミに語りかける。

 アイを知ってほしいから。

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