第6話 残り3時間。





「父上、話がある」

「どうしたグズカス。いつもはパパと呼んでいるのに改まって」


 時刻は午後。パーティーが始まるまで残り3時間を切っている。

 そんな中で俺はユグドラシル国王の元を訪れていた。


「今日からパパ呼びは卒業するよ」


 今の俺の記憶には国王になって処刑されたおっさんとしての思い出もある。

 パパなんて呼び方は流石に恥ずかしいのでしない。


「そうか。それで話とはなんじゃ?エリシア嬢との婚約についてか?」

「あぁ、そうだ」


 全ては父上から始まった一連の流れ。

 ユグドラシル国王とフローラ公爵が幼い自分の子供達を勝手に婚約させた事が未来での俺の死を招いた。


「俺は何度か父上に直談判していたな」

「あぁ、エリシア嬢の事が嫌いで、どうしても嫌だから婚約を取りやめてくれと」


 俺だって何もしなかったわけじゃない。

 父上に断られてしまったからこそ協力者を集めて、自分の力で婚約破棄を実現させたんだ。


「それは出来んと何度も言った筈じゃ」


 息子を甘やかしてくれていた父上が、エリシアとの婚約破棄だけは許してくれなかった。

 だから俺は、フローラ公爵の裏事情(でっちあげ)を知らずにエリシアを王妃にさせようとした父上を無能な王だと蔑んで王位継承を早めさせた。

 失脚し、俺から玉座を奪われた父上はうわ言のように『なぜじゃ……なぜなんじゃ……』と繰り返して弱って死んだ。

 俺はその死を邪魔者が消えたと喜んでもいたんだ。

 でも、処刑される直前に俺は革命に加担した父上の側近から話を聞いてしまった。


「父上。もう俺に婚約破棄をするつもりは無い。だからエリシアと俺を結婚させようとした理由を教えてくれ」

「それは本当なのか……?」

「あぁ、死んだ母上に誓うよ」


 妹のマブシイーネを産んですぐに亡くなった母上。

 そんな人に誓うというのは、俺達家族にとって神に誓うよりも重い意味がある。


「グズカスよ……お主はバカじゃ」

「うん」

「容姿もよく、運動も出来る上に王族というだけでチヤホヤされていい気になっている愚か者じゃ」

「う、うん」

「頭の中はすっからかんで妹のマブシイーネの方が賢い」


 あの、ちょっとは罵倒される覚悟があったが、これは流石に言い過ぎじゃないか!?

 キレるぞクソジジイ!


「今もよからぬ連中と連んで儂を出し抜く何かを企んでおる」


 そ、そこまでバレていたのか。

 だが実際に止められ無かったのは単純に俺の協力者達が悪い方向に優秀だったからだろう。

 そうでなければ十数年で国は崩壊しない。


「その上で連中に利用されて気づいた頃には取り返しのつかない所まで進んでしまうじゃろう。それくらいのアホじゃ」


 罵倒されてはいるんだが、言っている事が全部正しくて当たっているから反論出来ない。

 正論でタコ殴りにされている気分だ。


「じゃが、お主をそんな風に育ててしまったのは儂のせいじゃ。母の愛をあまり受けていないお主ら兄妹に妻の分まで愛情を注いで……甘やかし過ぎた」


 父上は後悔していた。

 愛を与えれば子供は立派に育つと。

 でも、ただ甘やかしただけの俺は調子に乗って国を混乱させる愚か者になってしまった。

 死ぬ直前まで父上が言っていた『なぜ』は俺が婚約破棄をした事ではなく、『なぜ』甘やかすだけで厳しくしてやれなかったのかと自分を責める意味だったのだと、処刑される前に知った。


「エリシア嬢は若い頃の妻に似ている。自分の立場を理解し、未来について明確な設計図を立てている。彼女ならばお主の良き伴侶になると儂は信じておる。フローラ公爵も娘が苦労すると分かっていながら国の為に認めてくれたのじゃ」


 それを最初から言ってくれれば俺は……。

 いいや、死ぬまでバカなままの俺だったんだ。本当の事を言われても自分は特別だから大丈夫だと根拠の無い自信を振り回していただろう。

 こんなにも俺を心配して、愛してくれていた父上が死んで喜んだなんて、俺は最低な奴だ。


「父上。今日のパーティーなんだけど、ちょっとだけ荒れるかもしれん」

「何をするつもりじゃ?」

「詳しくは話せない。だが、俺自身が決着をつけなくてならないんだ」


 そろそろ貴族達が次々と城に集まる。

 主催者側としては挨拶周りもしなくてはならない。


「だから、何も言わずに見守ってくれ。父上が愛した息子がどんな男になったのかを」


 具体的な事を何も言わないあやふやなお願いだ。

 しかし、婚約破棄や未来の話をしても余計な混乱をさせるだけだ。

 精神的に弱りやすい父上に心配をかけたくはない。


「……わかった。好きにするがよい」

「父上!」

「じゃが忘れるな。儂はいつどんな時もお主を見捨てたりはせぬ。アホな事をして結果として最悪の事態になっても王としてではなく、父親としてお主の味方じゃ」

「……パパ……」


 そんな事を言われては我慢出来ない。

 ボロボロと涙を流す俺の頭を父上は優しく撫ででくれた。

 だが、いつまでも感情に浸っている場合ではない。

 まだ俺には特大サイズの問題が残っている。

 パーティーに出席する準備のせいで事前の解決は無理だが本番で何とかする。してみせる。


 さて、次。


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