03.キスくらい知ってる(知りません)




 静かに起き上がった白雪王子の第一声は「あのくそじじい。絶対に三回は殺す」という、非常に口が悪いものだった。

 美形なのに口が悪いのはいけないと思いますよ?


 蘇生した白雪王子に美女妖精たちは、わっと飛びつき抱きつき、キスをしながらわぁわぁ号泣していた。深く愛されていたんだな。たとえ口が悪くても。


 ──ほんとうにきれいな人。


 白い肌には生気がよみがえり、不気味の谷現象が消えさる。すると、花が開花するように白雪王子の美に光が差した。深い森が作り出す木陰と、泉が作り出す神秘的な空気もあって、彼の姿が神々しくも見えた。


 髪は複雑な光の艶を零す烏の濡れ羽色。長く濃密なまつ毛に囲まれた瞳の色は、良質なサファイア。顔のパーツがバランスよく配置された小顔に、スラリ長い手足。

 成人前男子特有の中性的な美貌の人が、青いバラの花びらをひらひら纏わせているのは、とても幻想的だ。

 鑑賞的美男子の色気に心の中でひれ伏しそうになっていると、白雪王子と目が合った。その鋭い蒼い瞳に射すくめられ、思わずドキッとした。


「おまえが俺を蘇生させたのか? 礼を言ってやろう」


 うん? 容姿とぴったりなイケヴォのテキストがバグってるぞ。こういうタイプには関わらない方がいいと、勘が囁いている。触らぬイケメンに祟りなし。


「はぁ。そんじゃ、一件落着ってことでいいですね? それではごきげんよう」


「女、待て」


 棺から起き上がった白雪王子がわたしの手首を掴まえようとした。──が、逆に腕をギリリと捻じりあげて取り押さえてしまった。


「ごめんね。背後から掴まれると防御魔法が発動してこうなっちゃうんです」


 空間を捻じ曲げる高等魔法を応用した自衛システム。槍や大砲、魔法も自動的に逸れる物理無視の法則の超高等魔法。発動しない条件はわたしが心を許した人のみ。

 見た目より広い背中にどっかり乗った命の恩人を、白雪王子が睨む。猛獣に睨まれても怯まないのだけど、美男子の圧に負けてササッと退いた。


「隣国〈花降る王国〉の王家の縁者だな。その剣の紋章は間違いない」


「まあ、縁者といえば縁者です」


「名前は?」


「アイギスローズと申します。白雪王子、あなたの名前は?」


「──……くそじじいに取り上げられた。妖精たちが変な名前……白雪と呼んでいる」


「さようで。白雪王子殿下、それでは失礼します」


 わたしは手をひらひらさせて、二度目の別れの挨拶をする。もうここで物語は終わりだ。

 白雪姫なら結婚してハピエンになるよね。逆パターンだとどうなるんだろう? 変な興味が湧いてくる。


「くそじじいへの復讐を手伝わせてやろう。光栄に思え」


 逆パターンの続きは殺伐としすぎじゃねーですかっ!?


「それはだいぶナイですね」


「金なら支払ってやる」


「金品財宝で動くように見えます? 駿馬も瑞獣も所持しているので高価なものでも釣られませんよ」


「おまえは何者だ」


「魔法剣士兼……城主? 別に信じてくれなくてもいいです」


 白雪王子はクククと不穏にかつ、不敵に笑う。美形だから迫力がある。


「わかった。褒美に一国をくれてやる」


「そんな魔王のようなセリフ、王子が言っちゃいけないと思います」


「この俺に意見するとは不敬なやつだな」


「すっごい高慢チキ発言。性格悪いだろ、あんた」


 生意気に顎クイをしてきた。

 いくら顔が良くても、こんな高慢チキな礼儀知らずとは一緒にいられるか。王女なのに王女らしくない口調のわたしに言われたくないかもだけど。


「アイギスローズ、口の利き方を知らないなら教えてやる」


「ちょ、ちょっと待った!」


 高慢チキの美貌がぐいっと近づき、わたしの口に……キスを……!?

 ぎゃー! 嫁行き(遅れ)前の王女になにすんだ、あんた! よみがえったばかりなんだから、せめて歯磨きをしろ!

 しかし、美形は美形たるいい匂いだった。青バラに囲まれていたせい?

 魂の情報に結界を張ろうと息をすると、ぬるりとなにかが入ってきた。って、……舌だ! 高慢チキ野郎の舌がわたしの口の中で動く。


「んん……!!」


 誰も知らない口内を蹂躙した白雪王子は、わたしも知らないわたしを暴こうとする。

 なに、これ。腰が、抜けそうなくらい、気持ちいい……。

 いつの間にか白雪王子にもたれかかって、されるがままになっていた。


「わかったか、アイギス」


 ようやく離れた白雪王子は、滲んだ視界の中で不遜に笑い、その指でわたしの口を拭う。


「キスを知らないのか?」


「知ってる」


 知りません。ほっとけ。

 ふいっと顔を背けると、白雪王子は遠慮せずにわたしの腰を抱く。


「ふぅん。協力するならおまえに毎日キスをしてやろう」


「いらねーです」


「……おまえ、生意気」


「やめ……っ。離れろ、この淫魔!」


 わたしは易々と二度目のフレンチキスを味わうことになる。そして簡単に白旗をあげた。

 前世ではキスくらいしたことがあるのに! 今生では最強なのに!

 ……白雪王子のキスの虜になってしまった。なにもかもキスが悪いんだ!




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