モクモクな話

「適当に置いちゃって良いからねー」


 鍵を開けて電気と暖房をつける間に、後輩はおずおずと入ってきた。別に頭をぶつける高さではないはずの玄関扉を首を窄めてくぐる様は、ちょっとおかしくて笑ってしまう。

 まるで拾ってきたばかりの猫みたいね。

 微かな笑い声が後輩に届いたのかは不明だが、後輩はダイニングテーブルの傍に段ボールを下ろし徐に林檎を取り出すとスッと背筋を伸ばし、何故か台所に立った。


「先輩、包丁借りて良いっすか」


「え、剥いてくれるの?」


 後輩は、私の驚いた声にこくりと頷いた。

 私はあまり使わないが一応包丁はある。

 後輩の、林檎を剥くという宣誓に少々面食らいつつも、シンクの下の包丁入れから包丁を取って渡した。彼はその包丁を握ると、リズム良く手を動かして林檎を剥いていく。後輩が黙々と林檎を剥く姿を、私は何となく見つめ続けた。


「林檎剥くの上手ね」


「……そっすか?」


「私あまり料理しないから、林檎もあまり上手く剥けないのよ」


「それは何となく想像できるっす」


「あ、なにそれ。失礼ね」


 後輩の、歯に衣着せぬ物言いに私は唇を尖らせた。

 それにしても、彼の手の中でするすると皮が剥かれていく林檎を見るのはなかなか楽しい気がする。

 あっという間に一個分剥き終わると、皿の上には中央が三角に抉れた櫛形の林檎が六つ並んだ。

 皿を持って、段ボールの待つダイニングテーブルに向かい合わせに座る。


「どぞ」


「いただきます」


 かぷ。

 口の中に放り込まれた林檎は彼の言う通りサクサクっ!…………とは、何故かならなかった。



「…………」


「…………」


「なんか……モクモク、してるわね?」


「……そうすね、この林檎はちょっとモクモクしてるっすね」


 うまく表現できないが、何となく歯触りがシャッキリとしない。甘味はちゃんとあるのだが、生の林檎特有の食感が薄いのだ。

 しっとりさが足りないのか、少しモクモクとした食感の林檎をジッと見つめていると、後輩は徐に立ち上がりこう言った。


「ちょっとこのまま台所借りて良いっすか?」


 何やらモクモクしている林檎を手に取ると台所に戻って行った。何をするのか気になった私は、モクモクした林檎を片手に後輩の後ろをついて行くことにした。

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