トコトコな話

 定時。

 寒さが身に沁みるような日が連日続き、寒いのが苦手な私はとっとと仕事を終え、手早くコートを羽織りエレベーターで下階の正面入り口に向かった。


「……で。本当についてくる気なのね?」


 誰よりも早く帰り支度をして降りてきたつもりだったが、上には上がいたようだ。

 今朝会ったときとほぼ変わらない格好であの後輩が、段ボールを抱えてエントランスで待っていた。


「はい、せっかく実家から林檎が届いたんで、先輩にも食べてもらいたいんす」


 後輩曰くサックサクだという林檎をお裾分け頂けるのは有り難いが、運んでもらうのは少し気が引けた。


「それならわざわざ、ウチまで運んでもらわなくてもいいのに。私、自分で運ぶわよ?」


 あまり大きな声では言わないが腕力にはそこそこ自信がある。コートの上からだと分かりにくいが、私は二の腕を高く掲げて見せた。それを見た後輩は一瞬驚いたように固まったが、すぐに頭を左右に振った。


「……いえ、数が多いと林檎って結構重いんで。貰ってもらうのに、先輩女性には持たせられないっす」


 ……ふうん?ちょっと可愛いところあるじゃない。

 ならばと、私は自宅までの道のりをゆっくり歩き始めた。後輩がその後ろを段ボールを抱えたままいつもの猫背で、のぺのぺとついてくる。

 その様を客観的に想像して、また彼が生真面目に返事をしてくるのがなかなか新鮮で、普段の私だったら聞かないようなプライベートな話題を振ってみた。


「君さ、兄弟にお姉さんか妹さんいるでしょ?」


「……っす。姉が二人と妹が一人いるっす」


「やっぱり」


 何となくそんな気がした。だが、思ったよりも姉妹が多かった。


「お兄さんか弟は?」


「男は自分一人だけっす」


「あらま。なら、ご実家では男の子一人で可愛がられたでしょう?」


すると後輩は歯切れの悪い様子で首を捻る。


「……多分可愛がってもらえてたとは思うんすけど、あの人ら人使いが荒いっつーか、なんつーか……」


「じゃあ大変だっただろうけど、すごく賑やかだったのね」


 ふふ、と笑うと、後輩は少し拗ねたように唇を尖らせた。


「……先輩は?」


「私?私は一人っ子だから、大家族は憧れるわねー」


「……そっすか」


「ええ。家の中に家族がたくさんいるなんて、大変なことも多いでしょうけど、とても楽しそうよね」


 嘘ではない。

 実際親が共働きで、学校から帰ればいつも一人で、一緒にずっと留守番してくれたのはクリスマスプレゼントで貰った大きなクマのぬいぐるみだけだったから。


「……まぁ、賑やかなのは否定しないっす」


 トコトコと。段ボールを抱えた珍しい客人をお供に、自宅への道を進む。程なくしてたどり着いたアパートの前で、不意に後輩が口を開いた。


「……先輩は一人で寂しくなかったんすか?」


 ふふ、とその頃を思い出して小さく自嘲するみたいに口元を歪めた。


「さぁね。忘れちゃったわ」



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