第42話「ハッピーエンド」


「私はこの国の王女! とっても偉いのよ!」


 クリスマス当日、幼稚園の広場では簡単な舞台セットと衣装を着た黒川が子供達の前で演技を披露していた。


『この国の王女様は美人で頭が良くて、完璧で何でもできる人でした』


 因みに、ナレーターの音声は事前に録音した黒川の声を俺がタイミングを見て流しているので、マジで俺は裏方しかやっていない。


 一応、脚本は書き直すことはできたのだが、この脚本ができたのがつい昨日のことなので、黒川には直前にセリフを覚え直してもらうというとんでもない迷惑をかけてしまった。

 それに、この劇をハッピーエンドで終わらせられるかは、黒川に全てかかっているといってもおかしくない脚本だ。


 我ながら、黒川に全て頼りっきりで情けない……


 なので、俺にできるのは――


「黒川、頑張れ……」


 彼女を応援するだけだ。




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「私は完璧でなければいけないのよ!」


『王女様は完璧な王女として努力を惜しまない人でした』


 私がセリフを叫ぶと続けて録音したナレーションが舞台に流れた。どちらも私の声だけど、一応声色を少し変えて録音したので子供達は特に気にした様子もなく私の演技を見てくれている。

 舞台のセットは前の演劇部員がこのしていった物で古くてボロボロだし、衣装も安っぽいし、おまけに脚本は前日に変更してくる。


 本当に酷い演劇ね……。


 だけど、この演劇が私と彼の最後の思い出になる。

 このクリスマス会の演劇が終わったら、彼は次の日には転校してまう。


 なら、せめて……私の演技力だけでこの酷い演劇を完璧にしてあげるしかないわね!

 そう、この演じている王女様みたいに!



「さぁ、愚民どもよ! この私を称えなさい!」


『因みに、王女様は少しだけ性格が残念でした』



 ――って、本当にこのナレーションのセリフは必要あったのかしら?

 別に、私はこの王女様のことを残念だとは思わないのだけど……



『それでも、完璧な王女様の手腕により国は栄えました』



 だって、王女様は完璧な人間だから、誰に頼らなくても一人で何でもできてしまう。



『だけど、そんな完璧な王女様には悩みがありました』


「はぁ、何で私には『友達』がいないのかしら……」


『そう、王女様には『友達』がいなかったのです』



 だけど、何でも一人でできてしまうからこそ王女様彼女は独りになってしまった。



「何処かに、私と対等に付き合える人はいないのかしら?」


『王女様は完璧な王女であろうと、何でも一人で努力してきたので、自分と対等に語り合える存在がいませんでした』



 別に、最初から一人になりたかったわけじゃない。ただ、私が完璧であれば周りの人達が集まると思っていたのだ。

 だから、王女様彼女は自分の優秀さを証明しようとした。

 自分にできることを全て完璧にやり遂げて周りに評価して欲しかった。

 自分のことを認めて欲しかった。


 ただ、誰かに自分を必要として欲しかった。



「こうなったら、もっと努力して『完璧な王女』になるしかないわね!」


『だから、王女様は友達を作るためにもっと完璧な人間になろうと努力しました』



 だから、王女様はより完璧な人間になろうとした。

 王女様に友達がいないのは王女様が弱いからだと、この程度で挫けているようでは完璧な人間なんて言えないから。


 だから、独りでも寂しくないくらい完璧な自分になろうと決めた。



「私と対等に付き合える人を探し出せるくらいに、私が今よりもっと完璧になればいいのよ!」


『王女様は頭の良いバカでした』



 ……だから、ナレーションが一言余計なのよ!



「私はこの国の王女! 超完璧な王女様なのよ!」


『しかし、王女様が完璧になればなるほど、王女様の周りから人は離れていきました』



 でも、私が一人でいればいるほど、私の周りには人がいなくなっていった。



「私はこんなにも完璧なのに、何で誰も私の友達になってくれないのよ!」


『それは、王女様が完璧で一人で何でもできてしまうため、周りにいた人の仕事も奪ってしまったからです』



 それは……きっと、私が一人でいることに慣れ過ぎて周りに頼るのを忘れていたから……。



『王女様の周りにいた人は王女様の完璧さに嫌気がさして殆どいなくなってしまいました』



 だから、気づいた時には私は完全に独りぼっちになってしまった。



「完璧な王女であるために、こんなにも努力してきたのに……何で誰も私のことを見てくれないのよ!」



 それは、私自身が周りを見ていなかったから。



「それでも、私が友達が欲しい……」



 違う、本当はありのままの私を見てくれる人が欲しかっただけ……



「私を『王女』でなく『私』として見てくれる相手が欲しい……でも、私は今まで『王女』としての私しか見せてこなかった」



 だから、今更『弱い私』なんて誰にも見せられない……



「この『完璧な王女様』の仮面を外さない限り、私が望む『本当の友達』は手に入らない……」



 そんな私の前に、貴方は突然現れた。



「でも『貴方』は違う! 常に私のそばにいて、完璧じゃない私を見ていた『貴方』だけは本当の『わたし』を知っている」



 いきなり転校してきて、プー太郎さんとおしゃべりしてる所を見られてから、次々に完璧じゃない私を暴いてくれた。



 貴方だけが私が完璧な人間じゃないことを知っている。




「だから、私のことをもっと知ってほしい……」



 私は……貴方と、もっと一緒にいたい。



「そう、貴方達……『皆』と私は友達になりたい!」


 そう言うと、私は舞台のセットから降りて子供達の前に立ち、この劇を見てくれている子供達の顔を一人一人ちゃんと見た。


「だから、お願い……」


 次のセリフでこの演劇は終わる。

 それがハッピーエンドになるかどうかは全て私の演技次第だ。


 いや、私がこの演劇をハッピーエンドにさせるのよ。だって……



 私は完璧な王女様なんだから!



「私と友達になってください」



 そして、私はこの劇を見てくれる子供達に向かって手を伸ばした。



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