第34話「予約」


 黒川はその後、ギリギリ聞こえるかのような声で「私もごめんなさい……」とつぶやいたが、俺はなんか恥ずかしかったので、その言葉は聞こえてないフリをして流すことにした。


「それで、何か買ったのか?」

「いいえ、特に欲しいのは無かったわね」

「本屋は結構見てたのに何も買わなかったのか……」

「だって、欲しい本は発売日に買っているもの」


 なるほど、そういうもんか。

 しかし、このショッピングの目的は『友達同士で買い物をする』だった気がするが……


「そもそも、お前……俺(友達役)の意見とかまったく聞かないでショッピングしてたな」


 本屋の前によった服屋も少し見ただけで「ここは違うわね」とか言って直ぐに移動してたからな。


「私の買い物なのに、何で他人の意見なんか聞かないといけないのよ?」


 コイツ、今日の目的(友達同士での買い物)を全て否定しやがった!?


「だって、私にどの洋服が似合うか? とか、私がどの本なら楽しめるか? なんて、他人よりも私自身の方がよっぽど理解しているもの。他人のアドバイスなんかただのノイズよ」

「まぁ、そう言われれば……そうなのか?」


 ……てか、俺や黒川みたいに友達のいない人間は基本的に一人で行動するのに慣れているから『誰かと一緒に行動をする』というのが苦手なのかもな。

 そもそも、俺も自分のファッションセンスに自信なんて無いから意見とか聞かれてもアドバイスなんかできないしなぁ……。


「黒川。多分、俺達にショッピングは向いてないと思う」

「私もそう思うわ」


 もし、黒川に友達ができたとしても、こいつ普通に友達のフッションとかにダメ出しとかしようだもん。

 黒川先生のファッションチェック!


『ねぇ、黒川ちゃん♪ この服私に似合うかな~?』

『全然ダメね。貴方の見た目でその大人っぽいデザインの服は孫に衣裳じゃなく豚に衣装よ』

『酷い! もう黒川ちゃんの友達止める!』


 ……うん、マジで黒川ならやりそうだな。


「大体、こういうのって本来は友達じゃなくて、彼氏と行くような内容じゃないか?」


 何か今更過ぎる意見だが、男の俺を友達役として連れまわすには行く先がカラオケとかショッピングとかチョイスがおかしいんじゃないですかね……?


「貴方は何を言っているのかしら、友達すら作れない私が『彼氏』を作れると思うの?」

「……無理だな」

「でしょう?」


 確かに、黒川みたいな面倒くさい女と付き合う男がいるとしたら、そいつは相当お人好しか、何か弱みでも握られている奴だろうな。


「でも、そんなこと言っていると、黒川も将来は『川口先生』まっしぐらだぞ?」

「うっ……わ、私だって、生涯独身は流石に嫌よ……」


 すげぇ……『川口先生』=『生涯独身』で話が通じてる件! これは、そのうち『川口先生』という単語が国語辞典に載る日も近いかもな。


「でも、それは貴方だって同じことではないのかしら?」

「うぐっ……」


 確かに、俺も自分が誰かと『付き合う』なんて姿は想像できないため、将来『川口先生(生涯独身)』になる可能性がめちゃくちゃに高い。

 これは、黒川のことを言えないな……。


「そうだわ! いざとなったら、私達が結婚すればいいのよ」

「は……?」


 結婚……? 何言ってんだコイツ?


「例えばの話よ。もし、私達が大人になっても相手がいなくて独りだったら結婚する。そうしておけば、いざと言う時、川口先生にマウントが取れるわ!」

「お前はマウントを取るためだけに結婚をするのか……」


 というか、どんだけ『川口先生(生涯独身)』を恐れているんだよ……。


「違うわ。私が恐れているのは川口先生が結婚して私達にマウントを取って来る可能性よ。想像してみなさい。あの女(川口先生)が私達に――」


『ところで、君達は結婚しないのかね? あ、すまない! 君達は相手がいなかったな!』


「――とか、言ってマウントを取って来る姿を……」

「……確かに、くっそムカつくな」


 あの先生ならマジで言いかねないから否定できない……てか、あの先生にマウント撮られるのだけは死んでも嫌だな。


「でも、俺はどうせ転校するし、お前とは離れ離れになるんだぞ?」

「そんなの大人になったら、関係無いでしょう? それに、これは川口先生にマウントを取られないための冗談……そう、ただの口約束よ。そんなに重く考えなくていいわ」

「だからって、そんな軽い気持ちで言うようなことじゃないだろ? それに、お互い将来がどうなっているかも分からないし、もしかしたら俺がまだ海外にいる可能性も――」

「そんなの私が迎えに行けばいいだけよ。なんなら、私がバリバリに稼いで貴方を養ってあげてもいいわよ?」

「至れり尽くせりだな……」

「それで、返事はどうかしら?」


 正直、こんな提案を俺は本気にしない。というか、流石にこんな冗談みたいな提案を本気でするほど黒川もバカではないだろう。

 こんなのは川口先生をからかうための冗談にすぎない。なら、いっそのことその冗談という口約束に乗ってやるのも友達役としての務めだろう。

 だけど、返事は――


「残念だが、お断りだ……」

「フフ、そういうと思ったわ♪」


 だって、黒川ならマジで迎えに来ちゃいそうなんだもん……。



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