第6話「自己紹介」


「はぁ……」


 放課後、俺は昨日入部した演劇部の部室の前で立ち止まっていた。


「なんて言って中に入ろう……」


 人間はどうして新しい環境に入る時、こんなにも緊張するのだろう。てか、昨日の俺は何を血迷ってこんな部活に入部してしまったのだろうか……。

 一日時間を置いたせいか、現在の俺は簡単に言うと部室に入るのをビビっていたのだ。


「いや、だってさ……。前に来た時は先生が一緒だったじゃん? なら、今回も先生が来てくれるのが普通じゃないの?」


 川口先生って、マジで顧問のくせに部活動にかかわるつもり一切無いよなぁ……。


「いや、落ち着け。どうせ俺がどんなに気を付けても気まずい空気になるんだ。なら、いっそのこと腹をくくろう……」


 そして、俺は意を決して自然体で部室のドアを開けた。


「……どう、やってる?」


 ヤベぇ、何故か居酒屋にやって来たサラリーマンみたいなテンションになっちゃったよ……。

 こ、これ……スベったよね?


「――っ!? き、来たのね!」

「お、おう……」


 ――と、思ったら予想以上に嬉しそうな笑顔を浮かべる黒川がそこにはいた。


 あ、あれ? スベってない? てか、黒川の奴って笑顔になるとこんな可愛いのか……え、何? この子こんな可愛い顔できたの? 俺のこと好きなの? 僕チン勘違いしちゃいそう!


 まぁ、実際に勘違いなんてしないけどな……。

 でも、黒川が俺を待っていたというのは、あながち川口先生の嘘では無かったようだ。


「えーと、なんか、気にしてくれたらしいな……」


 しかし、俺がそう言うと黒川はさっきまでの笑顔を急に消し去り、いつもの仏頂面に戻って、俺に悪態をついてきた。


「べ、別に貴方のことなんて気にしてもいないわよ……。そもそも、ここ数日来なかったくせに今更何をしに来たのかしら?」


 前言撤回、やっぱりコイツかわいくねぇわ。

 

「いや、入部したんだけど……聞いてない?」

「そ、そう! 入ったのね!?」


 あ、そこでまたさっきの笑顔になるってことはマジで聞いてないのね? てか、川口先生ちゃんと俺が入部したの連絡してくださいよ……。

 あの人職務怠慢しすぎだろ。


「てっきり、私はもうどこか別の部活にでも入ったのかと思ったわ」

「いや、それは……」


 実際に入るつもりは無かったからな……。


「フフ……。きっと、貴方を受け入れてくれるところが無かったのね? ええ、分かるわ。だって、貴方って人と関わるのが苦手そうだもの」


 ……うん。なんか俺、黒川に友達がいない理由が分かった気がする。


「まぁ、でも……にゅ、入部するというのなら……。ええ、演劇部は断る理由はないわね……」

「さいですか……」


 いや、お前は何処の下手なツンデレキャラだよ……。てか、思ってたより感情の喜怒哀楽が激しいのなコイツ……。


「コホン……。改めて、私がこの演劇部の部長の黒川よ。宜しくね」


 すると、黒川は俺に手を差し出してきた。どうやら、挨拶の握手を求められているらしい。


「あぁ、宜しく……」

「えーと……」


 しかし、俺がその手を取ろうとすると、黒川は急に動きを止めて何か考え始めてしまった。


「……?」


 え、何? 握手しないの? お前の手は汚いから近づくなってこと?

 何これ? ソーシャルディスタンス?


「……ゴメンなさい。貴方の名前は何だったかしら?」


 と思ったら、俺の名前を忘れてただけらしい。てか、最初に川口先生が自己紹介してくれたよね? そもそも、同じクラスメイトだよね?


「最初に会った時に自己紹介したはずなんだけど……」

「し、仕方ないじゃない! だって、顏が地味なんだもん……」

「うん、普通にそれ悪口だよね?」


 まぁ、覚えてないならもう一度自己紹介すればいいだけだろう……。

 こんなん、なんぼあってもいいですからね。


「安藤だ。まぁ、覚えなくてもいいけどな……」

「そう、安藤くんね。ええ、ちゃんと覚えたわ」


 黒川はそう言うが、別に俺の名前なんて覚えてもらわなくってもいいと思っている。

 だって、卒業したらクラスメイトの名前なんて大半は覚えてないものだろう? なら、そんなの覚えるだけ脳の無駄遣いだ。


「それで、一応来たけど……活動って何すればいいの?」

「見ての通り何もしてないわ。前も言ったけど、今は演劇部自体が休止中だし、私は放課後になったら、ここに来て自由に本を読んだりして時間を潰して帰るだけよ」

「マジで何もしてないもんな……」


 川口先生は名前だけの幽霊部員でもいいと言っていたが、もはやそれって『幽霊部員』を通り越して名前だけしか活動してない『幽霊部活動』だよな。


 活動しているという建前があるだけで、顧問の先生は楽ができて部員の俺達は自由に部室が使える完璧な悪魔のシステムじゃねぇか……。


「だから、貴方も自由にすればいいと思うわ」

「そんなもんか……」

「ええ、部長と言っても所詮は一人だけの部活動だもの……」


 そう言う黒川の姿はどこか寂しそうに見えた。



『案外、一人というのは大人でも辛いものだよ』



 それは昨日、川口先生が言っていた言葉だ。それでも、俺は一人が『辛い』とは思わない。


 なら、黒川彼女はどうだろうか?


 黒川はこの部室でずっと一人だったのだろう。

 彼女にとってこの部室場所で過ごす時間は辛いものだったのだろうか……?



『――っ!? き、来たのね!』



 それは、俺がこの部室に入った時の黒川の表情を思い出せば簡単に分かることで――、


「……一人じゃないだろ」

「え……?」


 だから、一応……伝えておくことにした。


「あ、いや……一応、俺も入部したわけだし……暇だからな。これからは、俺もここで時間潰してから家に帰ろうかなと……」

「そ、そう」

「あぁ……」


 ――って、何この空気! 寒っ! ちょっと、この部屋冷房効きすぎじゃないですかね!?

 まぁ、この部室に冷房無いんだけど……。


 ほら、もぉ……やっぱり、気まずい空気になったじゃん! だから、二人っきりは嫌だったんだよ……。


「フフ……じゃあ、もう一人だけの部活はお終いね♪」

「そ、そうだな……」


 まぁ、部長さんのご機嫌は取れたみたいだしいいか……。うん、上司の機嫌を取るのも部下の大事な仕事だからな!


「ありがとう……」

「いや、別に何もしてないし……」


 別に、俺は黒川と慣れ合うつもりはないし、彼女と仲良くなろうとも思ってはいない。

 だけど――、



『だからこそ、私は誰かが彼女に手を差し伸べればと思っているよ』



 ……まぁ、一緒の部活にいるからには、名前くらいは憶えてもらわないと不便だかな。


「てか、入部したばっかりなんだから、部員の存在を忘れてくれないでくれる?」


 ちゃんと、部員の一人としてカウントしてくれないと入部した意味がないからな……。


「そ、そうよね……。えーと、フフ♪」

「な、何だよ?」


 すると、黒川は急にイタズラを思いついた子供みたいな笑顔でこう言った。



「ゴメンなさい……。貴方の名前なんだったかしら♪」



 いや、流石にそれはワザとですよね……?






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 昨日の作業生放送はすみませんでしたぁああああああああああああ!!




 YouTubeにて執筆風景を配信中!




【今回の作業アーカイブ】

https://www.youtube.com/watch?v=fJTI3rnfIHk&list=PLKAk6rC5z4mR39sRFDtVHqVqlPwt0WcHB&index=5


 詳しくは出井愛のYouTubeチャンネルで!

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