ＡＣＴion 02 『獅子現る！』
オレンジ色のつなぎを着込んだ、たてがみもパンクな一頭の、いやヒト同様の手足から察するに一人とでも言うべきか、ライオンはそこに立っていた。いや、確かにホロレターのメッセージには『獅子の口は真実を語る』と記録されており、振り返ったアルトの目の前に立っているのはライオンなのだが、まさかソレそのものが現れるなど欠片だろうと想像していたろうか。
「違う、のか？」
見つめてしばし唖然とすれば、目の前でライオンが首を傾げてみせる。
様子にアルトはようやく我を取り戻していた。押し潰したばかりのタバコをくわえなおし、放り出していたホロレターを引き寄せる。ライオンの鼻先へと上した腕で突きつけた。
「つまり、こいつを出したのはあんたってワケだ」
「わたしが？ 何を」
などと、ご挨拶としかいいようがない。
「その顔で現れておいてよく言うぜ」
瞬間だ。ライオンの手が突き付けられていたホロレターを払いのける。
「よかったっ」
声を上げるや否や、ままにアルトへ感極まると抱きついてみせた。
「このまま誰も気づかなければ、どうなることかと！」
「なっ。だっ。何だっ、キサマっ」
食らった衝撃は肉体的か、精神的か。アルトの口からタバコも吹き飛ぶ。いやそもそもペットにしていたライオンを泣く泣く近所の惑星に捨てに向かった記憶もなければ、夏、暑苦しいからという理由だけでライオンをフッた記憶もありはしなかった。それら全てがつまらない冗談だとしても、こんなかぶり物を愛用する知人こそ記憶にない。ゆえに見知らぬ何某に抱きつかれて覚えるのは至極生理的な「居心地の悪さ」だけとなり、縄抜けさながら身をよじる。
「は、離せッ、この野郎ッ」
「心配ない。ちゃんとウィルスカーテンはくぐってきた」
「ああ、接触感染なら俺もどんな菌を持ってるやら分かったもんじゃないからなッ」
そうして手繰ったライオンの手首を掴む。引きはがすと力任せだ、ひねって制した。
「い、たたたたた」
声を上げるライオンをラウアカウンターへと突き飛ばす。
「獅子の口は真実を語る。とっととハナシに入ろうぜッ」
「わ、分かった。忘れていたわけではない。だがつい安心してだな。こんなことには慣れていないのだ。それだけは理解しておいてくれ」
背を打ち付けたライオンは、今やライオンというより猫の面持ちだ。
「ともかく今すぐ望みのモノはあなたへ渡す」
身を起こすとパンクと逆立つたてがみの中へ、やおら手を押し込んだ。その手でたてがみの中をまさぐる。なら身に覚えがあるからこそだった。
「……キサマッ」
掴んでアルトは押しとどめ、もう片方の手で負けじと背にあるスタンエアのグリップを握り絞める。
「そのかぶりものも、仕込みは上々ってわけだ」
目を見開いくライオンのたてがみから手を引き抜いてゆけば、その手は何も握っていなかった。
「紛らわしいんだよ」
「一体、さきほどから何の話をしている」
「ああ、とにかく話すなら、そのかぶりものを取ってお互い素顔を晒してからにしようぜ」
やおら縮み上がってみせたのはライオンの方となる。
「と、とんでもない。あなたはその意味を知っているのか！」
などとどこまでいっても話が噛み合わないのは、それが狙いか。これではまるで埒が明かない。
「そいつは上出来な」
唇を弾くや否や、アルトはスタンエアへ伸ばしていた手を引き戻す。
「返事だねッ」
ライオンの面へと掴みかかった。
「ぎゃああああ」
前にしてライオンは叫び声を上げ、そのたてがみの一房にアルトの指は触れる。いや、そう感じた瞬間のことだ。落ちた照明に、辺りは暗がりに包み込まれた。
「……なん？」
「だ？」
動きと悲鳴は止んで止まり、アルトが飲んだ言葉の先をライオンがつなぐ。ままにしげしげ辺りへ目を這わせてゆけば、停電は『ラウア』語カウンターだけに起きていることを知っていた。
と、ライオンの視線が弾き上がる。
「まさか！」
「はぁ？」
動きにつられてアルトもアゴを持ち上げた。そこで光りの点は明けの明星よろしくきらめいている。見つめるほどにふたりの頭上で天井をたわませると、次第に大きく膨れ上がろうとしていた。
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