第21話 支えるもの

 「あれは人の遺体だろうか」サロンは店主やキロ、誰に話しかけるでもなく呟いた。


 「そうだと思います」キロが言った。


 「あんたら、早々にこの街を出た方がいいよ」店主はカウンターの向こうに戻りながら言った。


 「どうしてだ?」サロンが訊いた。


 「ここの君主様はイカれちまってる。人を物としか見てないみたいだ」


「さっきのは君主に殺された人間なのか?」


 「そうだとも」店主は洗い物を始めた。「税を払えない者をだと言って粛清するのさ。人は一生懸命働くべきだと」


 「税金で……。それは重税なんですか?」キロが言った。


 「まあ普通の市民に払える額ではない。よほど余裕を持って溜め込まなければな」


「なら、この街には金持ちが多いんだな」サロンは店の窓から立ち並ぶ家々を見る、が通りには人っ子一人見えない。


 「ん、違う違う」店主は顔を上げて言った。「税金がかかるのは婚姻した者にだ。結婚税だ」


「こ、婚姻?」キロは高い声を張り上げて驚いた。


 「結婚するのに税金がかかるのか」サロンは眉を顰めた。


 「そうだ。ただし軍人と結婚するのにはかからない」


「なるほど」キロはその言葉とは裏腹に頭を抱えた。


 「ん。どういう事だ?」サロンは店主とキロを交互に見やりながら言う。


 「この国には昔そういう風習があったと聞いたことがあります」


「マリバル特有の古い風習で、この国がここまで大きくなったのはこの風習の為だと言われている。つまりは男達を戦場に駆り出す動機でもあるわけだ。ここにはそんな遠い遺物に近い風習がまだ残っている。国は肯定も否定もしないがね」


 「ああ、なるほど」サロンは理解した。


 「それで、さっきの遺体は?」キロはグラスを片手に訊いた。


 「婚姻無しに姦通したり、街から駆け落ちしようとした者は容赦無く殺される。それも昔からのこの街の法律だ」


 「なんて酷い風習だ。おやっさん、あんたも?」キロが訊いた。


 「いやいや、俺は妻は居る。兵役に出ていた時に婚姻したよ。今は退軍してこんな事をしているがね」


 「それは許されるのか」


「そうだとも。兵役にさえ出れば良いのだ」


「これは領土を守る為ですか」キロは鴉を眺めていた。怪我した足に布を巻いた鴉。その目の焦点があまりにはっきりしていて、まるで何か鳥以上の意識を持っているみたいだった。


 「結婚できない者はずっと兵役にいる。そうやってみんな一人前の男になっていくのさ。それを避ける者はここでは認められない」


 「それが正しいと思うかい?」サロンの問いに店主は目をぱちくりさせた。


 「正しいとかどうとかじゃないんじゃないか。規律はただそこにあるのであって、それが悪いというわけではない」


 「その通り。だが本質は手段なのだ。それはあまりに暴力的ではないか。暴力は垣間見えて、人に強要する。時に事実を捻じ曲げたりする。それはあまりに厄介なのだ」サロンは立ち上がった。


 「サロン、どこへ?」キロが訊いた。


 「宿を探そう」


 サロンが不快そうに店を出て、キロが引きつった笑顔で代金を払う間も、店の主人は何か感慨深げに宙を見つめていた。


 当たり前の事が当たり前でなくなったら、自分はどうなるんだろうか。ネガティブな規律でさえもなくなればフラフラするし、倒れない自信がない。


 





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亡国の魔法剣 山野陽平 @youhei5962

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