2021/03/08 

 荒ら屋を見つけて立ち寄ると、壁がまだしっかりと残っており、俺を外気から隔離してくれた。気温こそ変わらないが、風が凌げるだけありがたい。


 一部屋しかない小屋は照明器具こそなかったが、ソファとベッドが残っていた。弾力はやや物足りないが贅沢を言っている場合ではない。


「今日はここを失敬するか」


 俺は手の平まで袖を伸ばしてソファの上を拭うように払った。堆積した埃が空気中に飛び、視界が白く濁る。

 しかし、これは埃だけではない。

 俺の袖には、付着した埃の他にきらきらと光り出す物体がある。

 これは活性状態のナノマシンだ。いくつかの群体を形成し、その中のナノマシンの内、発光信号を放つ物が光って存在を示している。


「室内だとやっぱりこんなものか」


 想像していたよりも採取できたナノマシンの量に落胆しながらも、ソファの表面を撫でるように袖で拭う。飛び散る埃の中にも光り輝く物の存在が確認できた。


 ◆


 人類がその英知を結集して生み出した誇らしい産物は、その使命を忘れて自己増殖を繰り返し、文明を喰い散らかした。どこへともなく散り散りになっていった彼らの行方は知らない。なぜ俺が荒廃した環境の中で独り彷徨っているのかも、俺には判然としないのだ。

 暴走したナノマシンと同じように自らが誰かも忘れているようだった。

 当て所なく彷徨い続けても、人っ子一人見かけるどころか、世界はその装いを忘れてしまったかの如く、均一で殺風景な白が続いている。

 大気に巻き上げられたナノマシンが雪のように降りしきり、人間を忘れてしまった町に、静かなる滅びが降りていった。

 

 ◆


 今日使うベッドも同様にして埃とナノマシンを取り除いた。袖に付いたナノマシンを空いたペットボトルに仕舞うと既に入っている白い粒たちと反応して一際青白く輝いて見せる。


 こうやって籠の中で観察する分には仄かでささやかなものだが、これらは地上から人間を追い払った悪魔そのものだ。普通の人間が躯に取り込めば、細胞ごと蝕んでいくだろう。

 では、どうして俺は平気の平左かと問われれば沈黙を持って回答せざるを得ない。もしかして自分は、人類に送り込まれた清掃係かもしれないと思ったりもしたが、地表のすべてからこの憎き白を取り除くのは人の身にとても余る。御免被りたい。

 だが、そんな危険極まりないものをどうして俺が集めているかと言えば、なかなか役に立つ道具だからである。生きている端末を介して、指示を与えてやれば俺一人が生きる分には困らない。


 ペットボトルの三分の一ほどの砂粒に、指示を入力してドアの外に投げ飛ばした。

 荒廃した町のどこかにまだ食べられる物が残っているかという至極簡単な指示を与えた。空中でペットボトルから飛散したナノマシンが捜索を開始する。また、周囲の別の群体に作用して同様の指示を与えて索敵範囲を広げる。

 食糧が見つかれば、それを取りに行く。与えた指示が有効な時間はせいぜい一時間程度で、それまでに見つからなければ再び採取に移る。


 しかし、俺の予想に反して端末は五分も経たずに反応を示した。 

 作成したマップ上に青いプロットが現われた。それも複数だ。


「大漁だ……!」いつになく浮き足立ってきているのが分かる。


 今いる小屋の位置をマップ上に目印として残してフィールドワークに出掛けた。

 青いプロットが示す位置まで絶え間なく、荒廃した町を白い景色が続いていたが、その中から無事に魚肉の缶詰を見つけることができた。


 新しく端末に通知が入った。

 マップ上に赤いプロットが明滅している。


「むぅ?」眉を顰めて端末をねめつけた。


 ナノマシンは人工物には作用しないが、人間の場合は別である。ナノマシンが暴走した理由については分からないが、それらが人間を脅かすのは間違いなく、索敵範囲に人がいようものなら取り返しがつかないことになる。

 ――そして、今がその時である。


 もしや……と思った俺は缶詰を入れたバックパックをその辺りに放置して、その目印を目指して駆け出す。


 誰か、いるかもしれない。目覚めて以来、自分以外誰もいないと思っていた世界で、目を交わすことのできる誰かが。


 期待と不安でぐちゃぐちゃになってきている心境をどうにか宥めながら辿り着いた矢先で、俺は膝を折った。


 マネキン人形が一つ、俯せに地面に倒れているだけだった。近くにある破壊された洋服店から転がってきたのだろう


「何を……期待しちまっていたんだ。馬鹿な……、俺は……」


 ――俺は……、俺は……。


 覚束ない足取りで近づき、マネキンを起こす。思ったよりも重たい。きっと死んだ人間もこんな感じに重たいに違いないと思った。


「――ッ!!」


 起こしたマネキン人形の下にその姿はあった。

 黄色いレインコートを着た子供が倒れていた。


「おい……、おい!」


 声を掛けたが応答がない。既に事切れた後なのか。


 口元に手を当てると、呼吸をしていることが、分かった。

 腰を抜かして白の上にどっかりと尻餅をついた。

 俺は呼吸を整え、子供の頬に被った埃を手の平に拭いつけた。



お題:【埃を拭う】をテーマにした小説を1時間で完成させる。

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