2020/12/22 とある田舎の港町にて

「背中に気をつけな」

 私は薄れていく意識の中、その言葉を思い出していた。


 サルマン女史と二人だけの行軍、予定を押して深夜になってとある田舎の港町に辿り着いた。

 宿はなんとか確保して(男と女で同室などの問題を抱えながら)、食事にありつくために散策に出た。

 しかし日没から数刻は経過している上に、寂れた田舎だ。昔は造船業などで栄えていたと聞くが、見る影もなかった。

 唯一往来を灯りで照らしていた酒場に入り、その日の余り物にありついた。


 客は私たちだけではなく、店内のテーブルを囲って男たちがカード賭博をしているようだった。

 早々に食事を終えたサルマン女史が目をぎらつかせてその卓に入っていったのを私は覚えている。

 私たちの近くのテーブルには、カードをする男たちを肴に酒をやる白髪のオヤジがいた。

「ありゃ、アンタの連れかい?」

 サルマン女史が入っていった卓を見ながらオヤジは言う。

「ええ……まぁ……」

「ここいらでは見かけん顔だ」

「教会の者です」咄嗟に嘘を吐いた。

「あの嬢ちゃんもシスターだって?」オヤジは笑う。

 立場上、あまり詮索してほしくない。

 ゲームの方はと言えば、サルマン女史が大層好調で、彼女の大笑いが聞こえてくる。

「やりぃ、総カッパギ!」

 それに反して、卓の男たちは徐々に殺気立っているようであった。

 この町は昔、港として機能していて造船所もあった。それがなくなってしまい、燻る彼らは少ない日銭を頼りにギャンブルに勤しんでいるのだろう。だから、それを外から入ってきて横取りしていく者に対しては敏感にならざるを得ない。

 席を立とうとすると、オヤジが口を開いた、「背中に気をつけな」と。

 それは独り言のようで、サルマン女史に向かって呟いているようで、尚且つ私を脅しているようでもある。

「サルマン君、行くぞ」

 私と女史は酒場を後にした。


 宿に戻る道、案の定というか予定調和というか私たちは尾行されていた。灯りがなくまるで視界が見えないが、ぞろぞろ歩いているような気配は感じられる。端から隠す気もないらしい。

「何人だ?」来た道の方に意識を配りながら囁いた。

「酒場でカードしてた奴らよりは多そうだな」

 を握りしめるサルマン女史は楽しそうに答える。

「宿に戻るのはダメそうだな。寝床に入ったところをフクロにされる」

 サルマンがふと足を止める。

「アーサー、二手に分かれよう」と提案してくる。

 すると、私が返答する前に彼女は脇道に逸れて猛然と走り出した。

「あ、おい」

 その場においていかれる私。女の方が走り出したことに気付いた背後の男たちが駆けてくる気配があった。

「くそ!」

 致し方なく、サルマン女史とは別方向に走り出した。

 そして、痺れを切らした男たちが、時刻も考えずに大声で叫び出す。

「待ちやがれ!」

「女は向こうだ、追え!」

「金はどっちだ?」

「いいから、追え!」

 

 私は狭い路地を通りながら、灯りのない暗黒の町を走り抜けている。日没後の、それも今日来たばかりの町で私たちに地の利がある筈もなく、荒れ狂うチンピラをやり過ごす道を模索した。

 サルマン女史の提案通り、尾行をまいてから合流するというのは正しいが、それは地の利がこちらにある場合の話だ。彼らがこの町の路地裏から廃墟の位置まですべて知り尽くしていたら厄介である。

 それに、大半の面子はサルマン女史を追いかける方に回っていた。先程から走り続けている私の方には一向に追走者の気配がない。

 走る速さを抑えて、来た道を振り返る。

 もしや、サルマン女史は二手に分かれればほとんどの男が彼女を追いかけるのを知っていて提案してきたのでは?

 男たちは金を毟られた恨みを抱いていた筈だし、一人になる方が危険性がある。

 いいや、血の気の多いサルマン女史のことだ。大方、片っ端から殴り飛ばして尻の毛まで毟ろうとしているに違いない。

 私は来た道を戻ろうと踵を返した時だった。

 背後から、何かで頭を殴られた。

 地面が一瞬で目の前に飛来する。

 痛みに苦悶を浮かべながら、殴った相手の方を見ると、先程酒場にいた白髪のオヤジだった。

 私は薄れていく意識の中、オヤジがさっき言っていた言葉を思い出していた。


 次に目を冷ましたのは、どこかの廃屋の中だった。私を殴った白髪のオヤジはすぐ近くにいた。

「おお、生きてたね」

「痛てえじゃねえか……」

「こんな町に来るあんた方が悪い。見なされ、ここを」

 夜目が利いてきた私には、造り掛けの船底や材料となる材木が見え、ここが造船所であることが分かった。正面には海に通ずる扉が開け放たれている。潮の香りがした。

「アンタには悪いですが、私も自分の生活があるもんでね。身包み剥がさせて貰いますわ。その後はさっきほ若造どもの好きにさせてやろう」

 好き放題言っているオヤジに唾の一つでも吐いてやりたがったが、生憎まだ寝起きで気合いが入らない。それどころか、ここに来るまでにオヤジに痛めつけられたのか身体中が痛む。

「あの小僧ども、嬢ちゃん捕まえて戻ってこないかもしれんかもなあ。そうなったらアンタもこんなところで野晒しのまま死――」

「誰が、捕まったって?」

 背後からした声の方に振り向く間もなく、衝撃波でオヤジが吹き飛んだ。

「やれやれ、こんなところにいたか」

「やあ、サルマン君。大丈夫かい?」

 私はなんとか立ち上がる。

 彼女は怪我一つなくピンピンしているようであった。

 魔法で吹き飛ばされたオヤジの方はまるで動かない。死んだか気絶しているようだ。

 彼女は私に手を貸そうと近付いてきた。

 私は魔力伝達筒ストローを抜いて、彼女の方に衝撃術式を放った。

「おい、ここにい――」

 サルマン女史の背後で大声を出すチンピラが一人吹き飛んだ。

 声に釣られた、ぞろぞろと連中が入り込んできて、取り囲まれる。

 私は後ずさりしてきた彼女と背中合わせに立って言った。

「背中に気をつけな」






お題:【最初と最後を同じ台詞で終わらせる】小説を1時間で完成させる。

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