第7話 鍛冶屋バロン

 フォータム共和国の首都ヘルプストまで歩いて十分ほどの場所に突如黒いゲートが出現する。エルの転移魔法だ。ゲートから姿を現した三人のうちリクとルーシーは初めての転移に興奮気味だ。


「うわ、本当に街がすぐそこに見える!」


「本当に見事なもんじゃな…」


 二人の様子を見て満足気なエル。


「でもこれ出てきたとき見つかったらヤバいんじゃない?転移魔法なんてレア中のレアなんだろ?」


 はっとしてリクはエルに尋ねる。


「認識阻害魔法がゲート展開と同時に発動するように術式を組んでるから大丈夫よ」


 ピースサインをしながらエルが二人に言う。


「妾も使えたら便利なんじゃがな。どうも適性がなさそうじゃ…」


 リクの役に立っているエルを羨ましそうに見るルーシー。どうやら数多の魔法を使いこなす彼女でも転移魔法は難しいらしい。


「でもルーシーは攻撃、支援、回復の全部が出来るからいいじゃない!私は戦闘中はほぼ攻撃一辺倒になっちゃうからね。適材適所よ」


―エルの底抜けに明るい性格に対して、ルーシーは結構繊細なんだよな。もしかしたらこの辺りに魔法適性の差があるのかも―


 二人のやり取りを見ながらリクはそんなことを考えていた。


「まあエルは家事スキルは壊滅的だしね」


 リクの言葉にエルが頬を膨らまして抗議の目を向けてくるが、事実なので言い返すことが出来ない。そして楽しそうに笑うルーシーを見て安心するリクであった。



 無事首都ヘルプストへと到着した一行は鍛冶屋を探しながら、街を練り歩く。リクを真ん中にしてエルがリクの右腕に絡みつき、ルーシーが左腕に絡みついていた。両手に花状態である。


―これはさすがに恥ずかしい…ていうか大通りとはいえ邪魔じゃないのか?なんか道行く人からすんごい目で睨まれるし―


 実のところ三人を見る視線を分類すると男からは嫉妬と怨嗟の睨み、おばちゃん連中からは若いっていいわねという温かい視線である。若い女性や子供たちは特に気にしていない様子であった。

 普段のリクであれば分かりそうなものであったが、幼少期より格闘技一筋に生きてきた彼は両手に花状態など経験があろうはずもない。というか現代日本に住む男性でそのような経験をしたことのある者など99.9%いないはずである。要するにリクは周りもロクに見えていないほどの極度の混乱状態にあった。

 そんなリクの様子に気付くことなくエルとルーシーは花のような笑顔を浮かべて街を歩く。もともと目を引く容姿をしているエルとルーシーだ。当然のことながら三人は街のチンピラ5人組に絡まれてしまう。


「おねーさんたち可愛いね。そんな冴えない奴より俺らと遊ぼうよ」


それまで混乱状態にあったリクの頭が急激に冷めていく。


―…何を言ってるんだ?とりあえず一発ずつ殴っておきたいが、流石に街中じゃまずいよな…よし、ここは二人にいいところを見せるべく、大人の対応で穏便に済ませよう―


 思考をフル回転させて対応を決定する。


「悪いがこの二人は俺の婚約者なんだ。他をあたってくれないかな?」


―うん、きちんと怒りを抑えてよく出来たな。上出来だろう―


 リクがついつい自分の大人な対応?に満足気な表情を浮かべてしまったため、バカにされたと思いチンピラ共は激昂する。


「ふざけてんじゃねえ!オラこっちこい!」


 チンピラ共がエルとルーシーの腕をつかもうとしたその瞬間、チンピラ共の眼前と足元で同時に爆発が起こる。


「普段なら灰にするとこだけど、今日は機嫌がいいからこれで許してあげるわ。さっさと行きなさい」


「全くその通りじゃな。即刻立ち去るがよい」


―おお、俺の婚約者強い…―


 にこやかな二人の迫力にチンピラ共は情けない声を出しながら逃げていった。一部始終を見ていた街の人からは一斉に歓声が上がる。どうも彼の5人組はこの街で幅を利かせている冒険者とのことであった。ツケのきかない店でツケたり、街の人間を威圧するなどの迷惑行為を頻繁に行っており、顰蹙を買っていたようだ。

 そういった話を聞いたリクは、決して自分の対応が間違っているわけでは無いのであろうが、場合によってはガツンとやるのも大事なんだなと反省した。


「二人ともごめん。嫌な思いをさせた。きちんと分からせるべきだったみたいだ」


 リクは謝るが、そんな必要はないといった様子で二人とも笑っていた。


「別にリクが悪いわけじゃないでしょ。ちゃんと騒ぎにならないように配慮して毅然とした態度を取ってくれたじゃない」


「そうじゃぞ旦那様。それに妾達をはっきりと婚約者と言ってくれたしな」


 そう言って二人は顔を見合わせて笑いあっている。


―なるほど、それで機嫌が良かったのか…それなら今後は相手をよく見て、なるべく大人の対応。いざという時にはすぐ動けるようにしておくというのが無難かな―


 そんなトラブルもありながら街を歩く一行は今回のお出掛けの目当てである鍛冶屋を見つけた。



「こんにちはー」


 リクは鍛冶屋に入ると奥の工房らしき場所に向かって声をかけた。


「あいよー、ちょっと手が離せんから少し待っとってくれ」


 奥から聞こえた声は野太い男性の物であった。仕方ないので店内を物色する。尤もリクは武器を全く使わない為、物の良し悪しを鑑定することなど当然できないのだが。


「なあ、俺にはそこそこいい物のように見えるんだけどどうなんだ?」


 二人に向かって尋ねる。


「私も武器の良し悪しは分からないわ、杖だったら素材と先端にある魔石を見ればいいんだけどね」


 杖術を使いこなすものでない限りは素材と魔石さえよければ、割とどうでもいいとエルが言っていたことを思い出す。

 エルの持っている杖は魔法特化なので素材は魔法銀ミスリル製で、魔石の質も上級とのこと。ルーシーの杖は素材は魔法銀とダマスカス鋼を混ぜたもので接近戦も出来るらしい。もちろん魔石は上級。


「ふむ、妾もそこまで詳しいわけでは無いが、なかなか良い出来の武器が多いと思うぞ。ここなら旦那様の武器も期待できるじゃろう」


「そうか。ここの店主はどんな人なんだろうな」


 そんな会話をしていると、奥から小柄ながらも筋肉質な体と立派な髭が目立つ壮年の男が出てきた。ドワーフである。

 ドワーフは技術に優れる種族と言われ、最高傑作を作り出す為に生涯を捧げることこそ最高の人生と思っている。その最高傑作は武器や防具だけでなく、建築や道具であったりもする。またドワーフの髭は男らしさの象徴で異性へのアピールポイントらしい。


「待たせてすまんな。儂はドワーフのバロンだ」


「初めまして、リクと言います。こっちの二人はエルとルーシーです」


 二人はリクに紹介されると軽く会釈する。


「ご丁寧にどうも。あんたは客なんだから丁寧な言葉なんて使わんでいい。儂も苦手だしな。」


「…分かった、そうさせてもらうよ」


「ところで今日はどんな用なんだい?」


 店のカウンターにドカッと座りながらバロンがリクに尋ねる。


「俺の武器、手甲を作ってもらえないかと思って」


「手甲か…防具じゃないのか?あんたどんな戦い方をするんだい?」


 バロンが怪訝そうにリクを見る。


「簡単に言えば身体強化魔法で強化した拳でぶん殴るって感じですね」


(難しく言っても同じじゃない…)


エルから小声で非難めいた言葉がかけられる。リクの言葉を聞いたバロンは目を丸くして笑う。これは少し馬鹿にされているような感じだろうか。


「面白れぇ、裏に試し切りとかしてる場所があるんだ。ちょっと見せてくれよ」


「いいですよ」


 そんなバロンの様子を意に介さず答え、店の裏に向かっていく。そこには木人や的などが置いてあり、身体強化して動き回っても申し分ないほどの広さがあった。


「とりあえずあの岩でも砕いてみます」


 次の瞬間、リクはあっという間に岩まで移動すると、三割程度の殴りつけた。すると岩はまるで内部にダイナマイトでも仕掛けられたのかというほど爆散した。


「…す、すげえ!何なんだアンタ?」


 バロンは驚きのあまり尻もちをついて目を白黒させているが、次第に落ち着いてくるとリクに駆け寄りその手を取った。


「アンタの手甲は儂が作る。儂の生涯をかけた最高傑作を作ってやる」


 余りの勢いに苦笑しながらもリクはバロンに言う。


「じゃあ宜しく頼むよ」



「それで素材なんだが一体何を使うんだ?儂の最高傑作になるであろう一品だ。中途半端な素材は使わんぞ!」


「ああ、これを使おうと思ってる」


 人間の腕と丁度同じような大きさの二本の牙を背負っている荷物から取り出す。バロンはそれを見て驚愕と歓喜の表情だ。さすがにこれが何かは分からないようだが、極上の素材であることは理解できるようだ。


「水竜の牙だ」


「う、嘘だろ!竜種なんて存在自体が眉唾物なんだぞ?」


 バロンが口角の泡を飛ばしながら騒ぎ立てると、女性陣二人はすっとリクの後ろに隠れる。当然避けるわけにもいかず、すべてリクが体でガードする。


「すまねえ、興奮しすぎた。だが確かにこんな見事な素材は見たことねえ。本物かどうかは良く分からんが間違いなく最高級の素材だよ」


「じゃあこれをつかって最高の手甲を作ってもらえるか?」


「ああ、任せとけ!と言いたいところだが、もう一つ素材が欲しい」


 三人は何故?といった様子でバロンを見る。


「お前さんの戦闘スタイルは身体強化魔法が肝なんだろ?ならそれを活かす武器にするためには、こいつを魔法銀と合わせるのが一番いいはずだ」


「ふむ、確かにその通りじゃな。お主は腕が良さそうじゃ、ついでに儂の杖も作ってもらえんかの?」


 ルーシーがバロンの意見に同調して、どさくさに紛れて杖の新調をねだる。


「まあ俺としてもルーシーの戦力が上がることに異論はないよ。それじゃあ魔法銀を用意しないといけないってことか?」


 リクの言葉にバロンが頷く。


「そういうこったな。だが今では魔法銀は産出量は年々少なくなっていてな、滅多に出回ることは無いんだ。だからリク、お前さんに取って来て欲しいんだ!」


「それはいいけど、取れるところが分かってるのか?」


「ああ、この国の北東のベルファス火山に坑道がある。そこでは間違いなく取れる」


「ちょっと待って。取れるって分かってるなら、とっくに取り尽くされてるんじゃないの?」


 バロンの言葉にエルが待ったをかける。


「確かにその坑道でもかつては採掘されていたんだ。だがこの二、三年くらいかな。魔素濃度が濃くなってきたせいで、強い魔物どもが棲み付いちまってな。今では採掘に行くのは自殺行為なんだ。だが、お前さんたちなら可能なんじゃないのかい?」


「分かった、取ってくる」


 その話に何か思うところが有ったのか、早々に決断したリクに三人が驚く。


「やばかったら引き返すんだぞ!市場に出る可能性だってあるんだ。間違っても命を落とすようなことは無いようにしろよ」


「ああ」


 リクはその後、持ってきた素材を全てバロンに買い取ってもらい、鍛冶屋を後にする。

 なお、その他の素材も一級品でバロンが大興奮していたのは言うまでもない。

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