第6話 次の目的は

「この世界は一夫多妻とは言え、いざ自分がとなると戸惑うな…」


 二人の歓迎会でそこそこの酒量を飲んだリクは渾身の自作ログハウスのおススメスポット、広いウッドデッキで熱を持った頬を冷まそうと満月を眺めながら独り言ちた。


「旦那様、やはり妾が来ては迷惑だったか?」


いつの間にか後ろに来てその独白を聞いたルーシーが不安そうな顔で聞いてくる。リクは一瞬驚いた表情を見せてルーシーを見るが、すぐに微笑んで隣に座るように促す。


「そんなことはないよ、今日の歓迎会でも分かったと思うけど、エルは魔法以外は本当にポンコツだからな。ルーシーがいてくれると本当に助かる」

 

 事実今日のエルは、調理中に食材を燃やすわ、食器を割るわ、グラスの飲み物をぶちまけるわでひどい有様だった。


「そうか、それならば良かった」


 リクの言葉を聞いてルーシーはほっとしたような表情を見せる。


 とても元魔王とは思えない。普通の女性のような仕草にリクは見惚れる。


「ルーシーこそほんとに俺のとこなんて来てよかったのか?前回の戦闘で俺が勝ったのは相性の問題が大きいだろ?」


 事実三ヵ月前の戦闘で、リクが圧勝できたのはルーシーの魔法発動よりも早くリクが攻撃できたから。これに尽きる。

 いくら略式詠唱が可能な魔王ルーシーといえどリクを倒すための魔法を使うためにはそれなりの詠唱が必要であったし、近接戦闘は言うまでもなくリクが圧倒していた。

 結果として攻め手を失ったルーシーはリクに敗北したのだが、これがパーティでの戦闘であったのならば勝敗は違ったかもしれない。


「魔族にとっての強さはどこまでいっても個の強さ、相性は言い訳にしかならぬ。何より妾を圧倒した者のことをもっと良く知りとうてな」


 ルーシーはリクの顔を覗き込むように言うと、悪戯っぽく笑って見せる。


 リクは思わず顔を赤くして目を離した後、再びルーシーに向き合い話しかける。


「あと…ずっと言わないといけないと思っていたんだが…」


 ルーシーが不思議そうな顔でリクに続きを促す。


「前は顔をグーで殴って悪かった、ごめん!」


 思いがけぬ言葉にルーシーが噴き出し、その様子を見てリクは目を丸くする。


「旦那様は律儀じゃな。戦いの中のこと、気にする方がおかしいというものじゃ」


「確かにそうかもしれないけど、ちょっとやり過ぎたかなと思って…」


「むしろ女だからと侮らず、本気でやってくれた。それが妾は嬉しかったのじゃよ」


「そ、そうか」


―これはついついテンション上がったとか言うべきじゃないな―


 こっちの世界に来てもうすぐ一年。大学生の頃はまだまだ子供の延長だったが、そうも言っていられなくなったリクは、空気を読むという大人のたしなみを身に付けていた。

 気を取り直して再びリクが語り始める。


「俺が居た世界の多くの国は一夫一妻制なんだ。まだこの世界に来て一年もたってないから、その常識を変えるのはなかなか大変でね」


「それはそうじゃろうな」


「だから二人には悪いけど少し待って欲しいんだ。勢いじゃなくて、ちゃんと自分の中で気持ちの整理をつけてから答えを出すから」


「うむ、旦那様がきちんと考えてくれておるのは妾にも分かる。魔族の寿命は長いからな、いつまでも待つ」


 そう言ったルーシーの持つ威厳のある佇まいと、少し儚さを感じる柔和な笑みの組み合わせは、満月の光によく映える。思わず綺麗だと思った。


「あ、ありがとう。そういえばエルは?」


 リクは照れ隠しをするようにルーシーに尋ねる。


「エルならば、リビングで腹を出して寝て居ったので毛布を掛けておいた」


「あー、まあいつものことだな」


 リクは呆れたような声を出して、ルーシーと笑い合った。




 三人での同棲生活が始まって約一ヶ月が経った頃。


 朝、泥のような顔色をしたエルがうんうん呻っていた。


「頭痛い…」


「やれやれ、毎度毎度世話のかかることだ『解毒』」


「…ありがとうルーシー!さすが元魔王!」


 元の透き通るような白い肌を取り戻したエルがルーシーに飛びつく。


「う、うむ。ちゃんと量を考えて飲まぬと健康を害するぞ」


「はーい!」


 満更でもなさそうなルーシーとまとわりつくエル。

 我が家の日常風景である。


―しかし仲良くなったもんだな。エルも大分砕けた感じになってるし、まるで姉妹みたいだ。ここに来る道中も色々話したって言ってたから、それが良かったんだろう―


 リクは二人の様子を眺めながら朝食の準備を始める。

 今日のメニューはパンと腸詰肉、野菜をたっぷり入れたコンソメスープだ。もちろん作るのはほぼリクとルーシーだ。

 エルも最初の内は張り切って手伝おうとしたが、水魔法で野菜を洗おうとして粉砕する、火魔法で肉を焼こうとして灰にする、皿の準備をしようとして食器棚を倒すなどの失態を続けた結果、あえなく戦力外通告を受け、今では大人しくテーブルで待っている。


「…戦闘ではあんなに緻密な魔法を使うのに何で料理になるとミスをするんだろうな?」


「まあそれがエルという事じゃろう…」


 リクとルーシーはダイニングテーブル一面に魔法書を拡げているエルを見ながら苦笑する。




 程なくして朝食が出来上がり、三人が食卓に着く。


「「「いただきます」」」


 この家では食事の際には家主であるリクに合わせて「いただきます」と「ごちそうさまでした」を採用することにしていた。


「さてと、もう大分ここでの生活も慣れてきたし、今後の事をちょっと決めておこうか?」


 リクが二人に話しかける。


「今後っていうか…ずっと言おうと思ってたんだけど、リクはいつまで素手で行くの?」


「え?ずっと素手のつもりだったけど…」


「旦那様、いくら魔力を纏っているとはいえ、ここの魔物のように攻撃力の高いやつ、素手で殴るのを躊躇するようなやつも出てくると思うぞ?旦那様の戦闘方法からして重装備は向かないじゃろうから、攻防両方に使えるよう手甲などを作ってみてはどうじゃ?」


「手甲か…確かに魔力で硬質化してもダメージを通されることが出てきたし悪くないな。でもそうそういい素材なんてあるかな?少なくとも硬質化した俺の皮膚より硬くないと意味なさそうだし」


「それならヴァーサからもらった牙を使えばいいんじゃないかしら?」


「確かにそれはいい考えじゃな。かなりの強度が期待できるじゃろう」


「でしょ!じゃあ今日はリクの手甲をオーダーしに街に行きましょう」


「それならついでに食材の調達とここらで倒した魔物の素材を売りに行こう。朝食食べて片付けを終えたら出発な」


「そうね。行先はスプール王国では目立ちそうだからフォータム共和国とかどうかしら?私首都なら全部の国に行ったことあるから転移できるわよ」


「いいよ。じゃあ今日の予定はそれでいこう」


 かくして今日の予定が決まり、一行はエルの転移魔法でフォータム共和国の首都ヘルプストへと向かった。

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