二十七年目 人と化生と少女の薫り

 幾星霜を重ねた人外の化生と! 鬼の手駒たる蝙蝠の少女は! ……干し柿を食っていた!


「……うむ、この味じゃの。粉が吹くほど甘うなって、食べ応えがあって堪らん」


 もっちゃりもっちゃりもちゃり。


 化生は口に含んだそれに何度か歯を当て、少しずつ噛み千切り、小さくして舌先で転がしている。


「全くです、それが果物である限りなんでも美味しいのです」


 もちゃ、もちゃもちゃ、もちゃっ。


 小さな口で啄むようにちろちろと干し柿を口にしている蝙蝠の少女。どうやら素朴な甘みのする果実類が好物らしい。くりくりと可愛らしい眼が輝いている。


「あ、次は火竜果ドラゴンフルーツお願いします、確かまだ残ってますよね。折角なので食べてみて欲しいです」


「ん、よかろ、今回はお前さんが先導じゃからな。大概は着いて行くとも」


 店先で更におかわりを要求する少女に、呵呵と上機嫌に笑う化生。彼女も殊更甘味に目がない口なので、少女と競うようにあれやこれやと並べられた端から果物を平らげてゆく。人の子はその様子を見つつ、流石に糖分過剰ではないだろうかと一人心配をしている。……それになにより、果物屋の軒先でいっそ傍若無人なまでに食い散らかす二匹の怪物達の喰らい振りたるや……店の主に対してなんとも言えぬ心地になる。


 所在なく頭を下げる人の子に対し、果物屋の主は皺の刻まれた顔を一層寄せて笑みを作り、「なんの、なんの」と穏やかな様子だ。……館の主が懇意にしている店であったから良かったものの、流石に店先まで借りて果実を貪るのはいかがなものだろうか、となんとも言えない表情である。茶店で団子を貰う気安さで以て求められても、どうにも困る。


「ふふ、なんのかんの浮気をしつつも水菓子は落ち着くのぅ……ほれ、お前さんも食うてみぃ」


「……まぁ、貴方が満足ならそれで良いのでしょうね、ええ」


 人の子は屈み込んで、差し出された干し柿の端に齧り付きつつ、引き続きなんとも言えない表情をしている。


 ――そんな二人をやり取りを、少女は呆とみるでもなく見つめて、それから取り繕うように化生に話しかける。


「そういえば、おば様は何か香水を着けているのですか?」


 てん、と椅子から降りて化生の下へと寄る少女。化生と並ぶと殆ど姉妹のようだが、背丈だけ見れば少女の方が姉に見えてしまうのが妙なものだ。


「うん? どうしてそう思うんだい」


「おば様は良い匂いがします。ゆったりと優しい気持ちになって眼を瞑りたくなるような、柔らかいお日様みたいな香り」


 口に着いた果実の香を温めの焙じ茶で流し、すんと鼻を差し出すようにして匂いを嗅ぐ少女。其の言葉に気を良くしたようで、化生は改めて呵呵と破顔する。


「おやまあ褒めてくれるのかい、ありがとうねぇ……そいつはきっと、これのお陰だろうねぇ」


「……なんです、それは?」


 化生が大切そうに袂から取り出した小袋を見やり、少女は首を傾げた。


「こいつは香り袋というやつじゃよ、お前さんが気に入ってくれた匂いの素、とでも言うのかねぇ……」


「ふむ……言われてみれば、確かにここから良い匂いがするのです」


 香り袋を掌に載せて差し出す化生へと、倒れ込まんばかりに鼻を突き出している少女の姿は傍目にも微笑ましい奇妙がある。化生は好奇心旺盛な生徒を見守るような温かい目を少女に向けた後、つい、と人の子へと目線を動かして、優しくはにかんだ。


「この香り袋はなぁ、香木という貴重な木材やらなんやらを原料にしたものじゃよ。身に着ける者の体臭やら生活環境の影響を考えて諸々の調合をするのは、ま、作り手の腕に依るものじゃのう……」


 人の子は化生の話に頭を掻きながら目線を逸らす。先の気不味さとはまた別の、彼自身による照れ臭さのような何かがそこにはあった。


 話の内容も右から左に、すんすんと鼻を鳴らしながら、少女は化生に半ば抱きついている。けれども嫌がる事もなく、母は少々お行儀の悪い少女の頭を優しく撫でている。


「うむ、お前さんは本当に可愛らしいのぅ……儂の子に欲しい位じゃ。どれ、気に入ったなら似たようなものを作って貰うとよかろ」


「本当ですか! それは……嬉しいです、とても……けれども、私にも似合うでしょうか? 少し不安です……」


「なに、心配いらんじゃろ、腕の確かな職人じゃからの。それを使う相手をしっかりと見て、一番良く似合うものを作ってくれるとも。……少々心配性なのが玉に瑕じゃがの、呵呵呵」


 眼を瞑って化生と抱き合うように鼻をひく付かせている少女を、化生は優しく抱き締める。


「それにしても本当に乙女じゃのう、ああ、良い子じゃ」


 その言葉は少女に向けたもので在るはずだ、決して自分がそのように言われた訳では、と人の子は心中で葛藤するのだった。

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