風邪と部長

宵闇(ヨイヤミ)

第1話

曇りや雨など、天気があまり優れない日が続いているこの頃、油断した私はついに風邪をひいてしまった。私の記憶が正しければ、風邪をひいたのは6年ぶりくらいだと思う。久々に熱が出るとキツいと友人から聞いたことがあるが、どうやらそれは本当だったらしい。熱は37.8度程しかないのだが、もっとあるのではないかと思う程に倦怠感や頭痛、関節痛などがする。改めて風邪というものの恐ろしさを思い知った。

だがどれ程体調が悪く、動きたくなくても、やはり社会人なのだから休み連絡は早急に入れなければならない。

携帯を取り、電話帳の中から番号をみつけかけると受付に繋がった。

『もしもし、経理部の中野です。佐々木部長に繋いで下さい。』

『かしこまりました。少々お待ちください。』

静かに音楽が流れる。部長はもう出社しているだろうか。普段なら来ているが、昨夜は接待で遅くまで飲んでいたらしいから、もしかしたらまだ来ていないかもしれない。

『もしもし、中野か?どうした』

佐々木部長の声だ。どうやら出社してきていたらしい。遅くまで飲んでいてもいつものように出社してくる部長は凄いと思う。

『実は風邪をひいてしまって…今日は休暇を頂きたいんですが……』

『それは全然構わないが…… 大丈夫なのか?』

『はい、今日一日休めばいいと思うので明日出社できるように安静にしておきます…』

『あぁ、そうしてくれ』

その後は軽く朝食を食べ、薬を飲んでからリビングで適当にテレビを見た。その後は寝てしまったのか、あまり記憶が無い。


目が覚めた時、時刻は既に夕方の5時になっていた。薬のおかげでぐっすり寝ることが出来た。それにお腹も空いてきたし、何か食べよう。冷蔵庫に何かあっただろうか。

台所へ行き、冷蔵庫を開けると、中には簡単な調味料や卵、もやしやキャベツなどのちょっとした野菜があった。

「うどんとか無かったっけ…」

冷蔵庫内を探ってもうどんは出てこなかった。今からお粥を作ろうにもパックの米を切らしていて、炊飯器で炊くしか選択肢がなかったが、炊いてまで食べようとは思わなかった。

「仕方ない、近くのコンビニまで買いに行くしかないかぁ……」

財布とスマホを手にして、少しフラつきながら玄関に向かい、靴を履きドアを開けると、そこには何故か佐々木部長が居た。

「中野!どこ行こうとしてるんだ」

「ちょっと近くまでうどんを買いに行こうかと……部長こそなんでここに…?」

「俺は見舞いにと思って…あ、うどん買ってきてあるから買いに行かなくていいぞ。ほら、早く中入れ。冷えて治りも悪くなるぞ」

私は部長に無理やり中へ入れられ、まるでここが私の家ではないかのような扱いだった。

「素うどんでいいか?」

「あ、はい、それで大丈夫です」

台所に立つ部長の姿を見ると、普段からよく料理をしているのがよく伝わってきた。


「ほら、出来たぞ」

「わぁ、美味しそう。ありがとうございます。いたたきます」

食べ終わった後は薬を飲み2人でテレビを観た。部長からは、早く風呂に入れだの、早く寝ろだのと色々言われたが、もう諦めたのか隣に座ってテレビを観ている。


翌朝、カーテンから差し込む日差しで目が覚めた。どうやら寝落ちしてしまっていたようだ。隣には部長が寝ていた。

「部長、起きて下さい。朝ですよ」

「…ん?あぁ、朝か……って!中野!?」

「はい、中野ですが?」

「なんでここに…???」

「ここ、私の家ですから」

そこからは混乱した部長と、時間に追われて支度していた私で家の中で騒いでいた。



あ、そういえば何故部長が家に泊まって、家に来て部屋に上がって、追い返したりしなかったのか、疑問に思った人もいるかな。

上司だからそれが出来なかった。確かにそれも理由になるかもしれない。でも、私の理由はそれではないんです。

私がそうしなかった理由は……


「中野、早く行くぞ!」

「部長もう少し待ってください!スマホどっかいっちゃって……」

「スマホならソファにあるぞ」

「あっ!本当だ…ありがとうございます!」

「それと中野!プライベートでは部長じゃなくて名前で呼んでくれと言ったろ?」


そう、私たちは付き合っているから、追い返したりしなかったんです。因みにこのことは、社内では秘密事項です。


風邪も治り、出社しようと外に出たら、その空はとても澄んでいる、青空だった。

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風邪と部長 宵闇(ヨイヤミ) @zero1121

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