お題:【かける】をテーマにした小説

 心を研ぎ澄ます。手にした刃より尚鋭く。明鏡止水の境地に至れない未熟者なりに、可能な限りその域に近づくように。


 刀を握る手は強すぎず、弱すぎず。全身が程よく緊張したべストコンディション。着衣の乱れ無し、目標——台の上に置かれた兜までの距離はおおよそ三間に少し届かない程度。


(十分だ)


 深呼吸。脳は成功のイメージだけを明確に、肉体はそれをトレースさせる。少しずつ呼吸を浅く。深く。浅く。深く。落ち着いたところで呼吸を止め、肉体のブレを止める。


(——今!)


 地を駆ける。空を翔ける。大上段の構えから己の全てを賭けてただ一刀を振り下ろす。刀が兜の頂点に寸分たがわず直撃した感覚。——捉えた、斬れる。


 その念が僅かに剣を鈍らせたのだと気付いたのは、刃の欠けた刀を見た時になってからであった。


「……未熟」


「いやあの、兜を台座ごと真っ二つにしといてどの辺が未熟なの?」


「師匠は刃毀れ一つさせませんでしたよ」


 一部始終を見守っていた先輩は、今は呆れたような顔でこちらを見ている。——やはり、この程度の剣を見せてしまったのは不覚だった。


「もっと修行して、次は完璧にやって見せますから。その時は改めて見てください」


 先輩は何も言わなかった。これ以上言葉は必要ないのだと、こちらを慮ってくれているのだろう。実にいい先輩を持ったものだ。


「では、私はまた修行に戻りますので」


「こっちがどんな言葉をかけるべきなのか全く分かんなくて迷ってるうちにどうしてここまで話を進められるかなぁ……」


<了>

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