お題:【踵の高い靴】をテーマにした小説

――俺は今、脅迫されている。


 真夜中の道をかつかつ歩き、人が入ってこないような路地裏の、そのまたわかりにくい場所にある小さな小屋の真っ黒なドアをノックする。こんこんこんこんこんこんこん、ちょうど七回。

 ノックしたらしばらく待つ。1、2、3……21秒丁度にもう三回ノック。


「どなたですか?もしかして宅配便かしら?」


 大人びた、落ち着きのある女性の声が向こうから聞こえる。


「いいえ、宅配便ではありません」


「では郵便屋さんかしら?」


「いいえ、それも違います」


「ではひょっとして……悪いお方かしら?」


「ええ、その通りです」


 そう言ってから3秒数えてもう3回ノック。それでようやくかちゃりと鍵の開く音がした。


「いらっしゃーい、今日も律義に合言葉守るねぇキミは」


 ドアの向こうで迎えてくれたのは真っ黒な燕尾服を着た女性だ。仮面をつけているのでその素顔までは分からないが体形や声から恐らく女性であろう、と仮定している。


「無理矢理鍵をこじ開けて押し入ることくらいできるだろうに、真面目というかなんというか……それとも、の矜持がそういうのは許さない、のかな?」


「人を脅迫してる側の人間が、脅迫されている側の人間によくそんなこと言えたもんだな」


 そう、極めて面倒なのだが俺こと怪盗スキンは今この燕尾服の女——鳩に脅迫されている。

 事の発端は今から3ヶ月前、俺の自宅に一通の手紙が届いたことだ。差出人の住所は書かれていないが、名前に関してはただ一文字、鳩とだけ書かれていた。手紙の内容は俺が怪盗スキンの正体であると知っている、世間にバラされたくなければ私とのゲームに付き合え、見事俺が勝ったならば正体に繋がるとある証拠を譲る……これが今されている脅迫の内容だ。


「うんうん、それじゃあ今日もゲームやるってことでいいんだよね?」


「そのつもりでここに来た。俺が勝てば俺の正体に繋がる証拠を、お前が勝てば今日俺が盗んできたものをそれぞれ相手に渡す……それでいいんだな?」


 鳩はこくりと頷くと、いつもの通りポケットから三枚のカードを取り出した。……そう、いつも通り、だ。今まで俺は2回のゲームに付き合わされ、そして2回とも敗北している。


「ゲームはいつも通りだよ。私が1枚、キミが2枚のカードにゲームの内容を書く。それをシャッフルした後1枚引いて、それに書いてある内容のゲームで勝負する。ただしこの小屋の中で実行可能、かつちゃんと成立するゲームに限る。さ、いつも通りよろしく」


 過去のゲームと同じ流れ、少なくともこの過程に不正はない……はずだ。初回のゲームでは俺が、2回目のゲームでは鳩が書いたゲームが選ばれている。何らかの仕掛けで自分に有利なゲームだけを選んでいることは無いだろう。俺が書くのは当然だが俺にとって有利なゲーム――今回は「鬼ごっこ」と「ババ抜き」だ。前者に関しては体格と身体能力の差を利用できるゲームで、後者に関しては自分で用意したガンカード、即ち些細な汚れなどを利用して裏面からでも見分けられるカードになっている。イカサマだが、それくらいにはこちらも必死なのだ。

 一方の鳩は仮面のせいで表情が読めないが、特に迷いもなくカードに何やら書き込んでいる。お互いが書き終わったらそれらをまとめて俺がシャッフルし、鳩がランダムに選ぶ。ここまでもやはりいつも通りだ。


「えーっとねぇ……かくれんぼ!これは私が書いたやつだね」


「かくれんぼっつったって……この狭い部屋でかくれんぼ?」


 当然の疑問を抗議の視線込みでぶつける。小屋は広さにしてギリギリ3畳あるかどうかという程度。がらくたがいくらか散らばっているとはいえ、とてもじゃないがかくれんぼをできる広さではない。


「うん。だからね、隠すのはあなたの盗んだお宝。今日は指輪を盗んだんだっけ?」


 どこから聞いたのかは分からないが、その通りだ。俺は今日盗んだごてごてした宝石の付いた指輪をポケットから取り出して、わかりやすいよう鳩の目の前に近づける。


「あなたがこの部屋のどこかにそれを隠して、それを私が見つける。簡単でしょ?」


 なるほど、それならば確かにこの部屋でも成立するゲームになる。が、盗んだ指輪や最悪の場合逮捕がかかっている以上ルールに関しては慎重に決めなければいけない。


「制限時間は?」


「そうだねぇ、私が探し始めてから1分でどう?」


「……いいのか?そんなに短くて」


「もちろん、2連勝してる側としてのハンデだよ。その代わりと言っては何だけど、隠し場所は私が宣言して合ってればオッケーってことにしてくれる?」


 どうあがいても取り出せないような、例えば俺の胃袋なんかに隠せば見つけられないのだからそれは当然の要求だ。ただし、せっかくなのでこちらに有利な条件はできるだけ作れるように交渉する。……これも、過去二回のゲームと同じ流れだ。少し嫌な予感がしてきた。


「それだとお前が有利過ぎる。宣言回数に制限を付けて、その上で解釈の余地が無い正確な表現でってことでいいなら宣言だけでの回答を受け入れる」


「それじゃあ宣言は3回まででいい?」


「まあ、それくらいならいいだろう」


 理想を言えば宣言回数は1回まで減らしておきたいが、あまり交渉しすぎると不利なルールを作られかねないのでこの辺で妥協する。


「じゃあスタートだね。私は一旦部屋の外に出てるから、隠し終わったら呼んでちょうだい」


「いいのか?部屋の中で完結しないゲームになるが」


「もちろん、言い出しっぺだしね。それじゃあ頑張ってねー」


 鳩はそう言うと本当に部屋を出て行ってしまった。このまま逃げだしたりしない、ということは悔しいが過去二回のゲームでなんとなくわかっているので落ち着いて小屋全体を見渡す。まずはさっきまで鳩が座っていたイスと、今俺が座っているイス。どちらも背もたれの無い簡素な木製のイスで、隠し場所にしては心許ない。ドアは一般的な開き戸で、ドアノブの近くに施錠用のサムターンが取り付けられている。ドア側から見て部屋の隅には壊れた机やバケツ、ブラウン管テレビのような幾つかのガラクタが転がっており、この小屋の中では最も隠すのに最適と言えた。


(あとは俺の体内……だが宣言するだけで見つけたことになるルールだと真っ先に疑われる体内は不利、か)


 慎重に、自分が探す側ならどうするかを考えて、そして数分程度たった頃だろうか?俺は一つの隠し場所を決めた。





 指輪を隠し終えた後、スマホのタイマーを1分に設定してから鳩を呼ぶ。


「もう隠し終わった、ってことでいいのよね?」


「ああ。1分はスマホでカウントするから、それまでの間に見つけられればお前の勝ちだ。いいんだな?」


 鳩が頷いたのを確認して、わかりやすいようにスマホを見せてからタイマーを起動した。

 鳩はそのままきょろきょろと小屋の中を見回すと、そのままガラクタの山を漁りだした。……狙い通り、後はこのまま1分経過してくれれば――


「あー、ここにないかー。だったら、キミの、これでどう?」


 予想外の答えに頭が真っ白になる。そして


「……いつから、気付いてた?」


 やっとそれだけを絞り出した。


「このゲーム考えたの私だよ?この部屋に隠せそうなところなんてガラクタの山くらいしか残ってない。他に残ってるのはキミ自身、選択肢としては飲み込んじゃうか服のどこかに隠すかだけど……キミがシークレットブーツ履いてて、私にそれがバレてないと思ってたから私ならそこに一番自信持つなって。どう?当たり?」


 その時の俺がどんな表情をしていたかは分からない。きっと酷い顔をしながら、靴の踵部分にある小さな切れ込みに爪を引っかけて靴底の蓋を外し、中から指輪を取り出した。ゲームは俺の負けだ……だが、もう一つだけ確かめておかなければいけないことが残っていた。


「指輪じゃねぇ……シークレットブーツのことだ」


「え?それなら最初っから気付いてたけど?」


 その言葉を聞いた瞬間、あらゆる意味で完敗していたことを理解してしまい遠のく意識を繋ぎとめるので精いっぱいになってしまった。


<了>

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