お題【犠牲】をテーマにした小説

 そのひとは、不死しなずであった。首を括っても腹を刺しても断崖絶壁から身を投げても、次の日になればけろりとしていた。たとえそれがどのような死体になろうとも、普通に寝て起きたかのように朝になれば飯を作り、昼になれば働き、夜になれば寝る。はじめは不気味に思われたが、そもそも人間が死ぬことなどそう多くはない。いつしか彼女は村の一員として受け入れられ始めていた。


「彼女こそが適任であろう」


 だからなのだろうか。私の中にもう一人、そんな話が出るのは当然のことであると判断している私がいるのだ。


「よりにもよって不作を恐れた人柱など……いくら何でも非科学的だ!」


 不作の原因は神の恩恵が薄れたことが原因で、取り戻すためには彼女を人柱に捧げなければいけない。彼女のそんな、いかにも古臭い話をひとり、またひとりと信じていく。それとも、なにかしらの解決策があるのだと信じなければやっていられないのだろうか。


「しかしなぁ……誰よりものだぞ?」


 人柱。建造物の無事を祈願して土や水の中に埋められる人間のことを言う。昔の日本で行われていたとも単なる迷信であるとも言われるが、少なくともそれに類似した――即ち生贄というものは世界各地でその痕跡を確認できる。宗教や文化によってその理由は様々だが、人間が神々に対して捧げものをするにあたりその最上級として同族である人間を選ぶ、といった背景に根差している。


 もっとも、神や悪魔と言ったオカルトの箱が科学の光によって暴かれている現代においてそういった風習は余りにも野蛮と言えた。今の時代で神に捧げられるものと言えばせいぜいが食物や農作物くらいだろう。……少なくとも、それが私にとっての常識だった。


「貴女はそれでいいというのですか!?」


「仕方がないことなのです。そもそも私のような不死人がいるのです、今さら科学も非科学も詮無きことでありましょう」


 我がことのように怒る私を、彼女は他人事のように嗜める。美しい人だと思っていた。見た目だけではなく、その心根が。ただ、己の命を捨てようというその態度が、今の私には美しさよりも愚かなことに思えている。そして、それを受け入れようとしている村人達はおぞましく、喚きながら反対している自分のことは輪をかけて愚かしく思えてくる。


「おかしいです……人柱を立てて、それがどうなるって言うんですか」


「たしかに、普通の人ならば単なる儀式のひとつとして終わることでしょう。しかし、私の場合は違うのです。不死人は、人柱として自然に還ることで多くの実りをもたらすのです。荒ぶる神々を鎮めるというのも、その恩恵のひとつに過ぎません。。」


「そんなもの、非科学的だ!」


「申し上げたでしょう?私の不死を科学で解明できないように、少なくとも今の科学ではわからない理があるのです。無論、科学のようにそれがどのような理屈で成り立っているのかを知っているわけではありません。しかし、現に在るのですから」


 話せば話すだけ、まるで自分が聞き分けのない幼子であるかのように錯覚してしまう。否、彼女にとっては事実としてそうなのだろう。そして村人達にとっても。


「それでも……これは単なる自然現象です!地球が温暖化するように!降る雪の多い年と少ない年があるように!農作物の収穫量がたまたま今年は少なかった、それだけでしょう!」


「今年は例年とさして変わりのない気候と聞きます。だというのに今年の収穫量は例年の半分以下……もしこれが来年も続けば村はとても立ち行きません。今のうちに対処が必要なのです。それに」


「それに……?」


「もうそろそろ、生きていくにも飽きた頃合いでしたので」


 それが本心なのかはわからない。それでも、私は勝手に悲しそうだと思ってしまった。





「……あの、何をしに来たのでしょうか?」


 わからない。理屈で説明はできないが、この時の私はきっと怒っている。自ら人柱に名乗り出て大人しく死のうとしている彼女にも、それを受け入れようとしている村人にも、説得できない自分にも。でも、きっと一番怒っているのはそこじゃない。


「決まっているでしょう?神様ってやつを馬鹿にしに来たんです」


 彼女は既に真っ白な装束に着替えて山中にある湖の真ん前に立っている。足には重石が鎖で繋がれていて、あとは身投げをすればこのまま人柱になれるという手筈だ。流石に人が死ぬのを見たい人はいなかったらしく、今彼女を見ているのはこの私だけだ。


「具体的には何をするつもりで……?」


 疑問に思うのはもっともだと思う。ただ、今の私にはわかっている。年の功なのか地頭の出来の違いなのか、彼女相手にどれだけ話しても説得なんてできやしない。だから私は最短経路を取ることにして、


「————!」


 本来なら暴漢相手にも使わないような電圧は一瞬で彼女の意識を奪う。不死と言ったって体の作りは普通の人と変わらないらしく、実際に彼女がこの村で見せた幾度かの死因は、あとから生き返るだけできわめてありふれたものであったのだから。


「ごめんなさいね。私、そんなに賢くないので」


 誰も聞いていないことを承知で謝罪になっていない謝罪を述べる。用意していた大きなペンチで鎖を切ると、そのままスーツケースの中に無理矢理押し込んだ。


「文句は後で聞くんで、とりあえず生きちゃいましょう」


 人ひとり入ってるにしてはやや軽めのスーツケースを車のトランクに積み込むと、村とは反対方向に向かってゆっくりと発進する。雲一つない晴天、無計画な旅行をするにはいい日だった。


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