お題【かくし芸】をテーマにした小説

「せんぱぁーい、ぶっちゃけこれパワハラっすよねー」


 某企業の片隅にある休憩室の中、新人OLである私は手の中で缶コーヒーを転がしながらぼやいていた。


「そりゃあ私だって時代遅れだとは思うけどさ、時代遅れなおっさんが動かしてる会社にしては一応自由参加って体にしてるだけマシだと思わないと」


 先輩はいつもよりも3割増しで気怠そうに答える。私のように10割増しになるよりは余程心をコントロールしているのか、或いは数年間社会の荒波に揉まれたせいで感情が死に絶えたのかはわからないがどっちにしても社会の中ではこの方が生きやすそうだ。いや、普段からそこそこダウナーなので変化が少ないというだけかもしれない。せめてあと1万円出せばかなり見た目が整うと思うのだが先輩はラーメンとソシャゲ意外に費やす金は極力抑えたいらしい。もったいない話だ。


「でも、これって労基案件だと思いますよ?オンライン忘年会でかくし芸大会しろとか」


「はっはっは、私はもう家のLANケーブルぶった切るつもりでいるから気にしてないんだけどなぁ」


 いくら何でも入社してから1年未満の状態でそこまで割り切ることはできない。だがいざとなったら先輩の家に遊びに行って一緒にLANケーブルを切らせてもらおう。ついでにギガもできるだけ使っておいて参加できない言い訳できるようにしておこうというサブプランが思い付いたのは僥倖だった。


「先輩は何やったんです?去年とかおととしとか、それこそ先輩が新入社員だったころは普通にオフライン忘年会でかくし芸やらされたんですよね?」


「んー?そうだねー、私は……」


 そこまで言ってから先輩は考え込んでしまった。何かまずいことでも聴いてしまったのだろうか?


「ごめん、覚えてないや」


 あっけらかんと言う先輩の様子からするにどうやら杞憂だったようだ。しかしそれはそれで参考にするものが消滅するという別の悩みが浮上してしまう。


「じゃあじゃあ、先輩は何やる予定なんです?」


「えー、LANケーブル切断ショー以外で?」


「LANケーブル切断ショー以外で」


 先輩はさっきよりも深刻そうにうーんと考えこんでしまう。やはり先輩もかくし芸だなんて難しいのだろう。


「そうだねー、例えば私はマジックができるんだよ?」


「へー、意外です」


 心底驚いた。できるだけ冷静にしようと思ったけどたぶん声のトーンだけじゃなく表情にも出た。先輩は普段から割と私生活が謎な人だが、なんとなく普段の態度からソシャゲとネットサーフィンくらいしかしてないのかと思っていた。マジックとか、そういういかにも陽キャっぽい特技があるだなんて。


「ちなみにどんなマジックができるんですか?」


「人間ポンプ」


「えっマジックなんですかそれ」


 先輩はわざとらしく両手を上げてさぁ?と返す。いやできるならそれはそれで凄いけど、あんまり積極的に見たいものでもない。人間ポンプってあれでしょ?金魚を飲み込んで吐き出すやつでしょ?アラサーの女が金魚飲み込むシーンもアラサーの女が金魚吐き出すシーンもそれなりにきつくない?いやおっさんがやるよりは美女がやった方が画的に映えるのでマシかもしれないけど。


「でもさー、人間ポンプなんてやったらいくら何でも彼氏とか絶対できなくなるからね」


「そんなもんですか?」


「そんなもんだよ?だって披露してから3か月くらいは男社員からの目線がつらかったからね」


「えっ披露したんですか?」


「君と同じ年頃にね」


 新人OL時代に忘年会で人間ポンプを披露するのは流石にどうだろうと思う。だがおっさんの人間ポンプよりは新人OLの人間ポンプの方が見映えいいと思うのでマシかもしれない。


「さて、私の若い頃の過ちはさておいて君のかくし芸は何をやるつもりだい?」


 そうだ。元々はそれが悩みだった。何故私は人間ポンプをするならどんな人種がやるべきかについて思いを馳せなければいけないのだろうか。


「そうなんですよ、私は人間ポンプなんてできませんしどうしたらいいかなーって」


「教えようか?やり方。コツはね」


「いや教えなくていいです」


 正直言えば少し興味が無くはない。いややっぱりよく考えたら自分でやりたくはない。


「それじゃあね、せっかくだからオンラインならではの出し物をすればウケがいいんじゃないかな?」


「オンラインならでは、ですか?」


 少なくとも人間ポンプと比べれば余程魅力的なアイディアだ。なんていうんだっけこれ。思い出したドアインザフェイスだ。


「そう。例えばカメラの見えないところに仕掛けを用意しておいてマジックとか早着替えとかをやってるように見せかけとか……カメラから一瞬はずれた隙に用意しておいた容器に一度金魚を吐き出して口の中に何もないように見せかけるとか」


「えっオンラインで人間ポンプやらせる気なんですか?」


「嫌、だったかな」


 先輩はアンニュイな微笑みを浮かべて少し悲しげなトーンで訴える。惜しいな、私が男だったらこのまま抱きしめて告白していたかもしれない。だけど私は女の子で、ここで断らないと人間ポンプをやらされて3か月くらい男からの視線がキツくなる瀬戸際だと思えば断固として嫌だった。


「まあ、人間ポンプは嫌、ですねぇ」


「嫌、かぁ」


 そんなに私に人間ポンプをやらせたいのだろうか。実は私が知らないだけで先輩は人間ポンプ道場の弟子を探していたりするのだろうか。


「人間ポンプってビジュアルがほら……私うら若き乙女なんでぇ、あんまりそういうのは」


「私は、やったよ?」


 先輩はにっこりとほほ笑む。惜しいな、私が男だったらこのまま抱きしめてプロポーズしていたかもしれない。だけど私は女の子で、ここで先輩の後を追えば3か月くらい男からの視線がキツくなると思うと断固として嫌だった。


「私はやりたくないですねぇ」


「そっかぁ」


 そんなに私に人間ポンプをやらせたいのだろうか。実は私が知らないだけでこの会社では誰かが人間ポンプをやらないといけない伝統でもあったりするのだろうか。


「そうなると仕方ない、これはあんまりおススメしたくなかったんだけど人間ポンプが嫌だというならこちらを教えるしかないね」


 もう思い出してる。こういうのをドアインザフェイスっていうテクニックだ。私はちゃんと騙されず嫌な提案だったら断ろう。


「嫌な予感がするのであんまり聞きたくない気もするんですけど……どんなかくし芸ですか?」


「めちゃくちゃべろべろに酔っぱらってLANケーブル切断する演技のやり方。上手くすればリアル飲み会でも度数の低い酒で潰れたフリできるよ」


「すいませんそれ今すぐ教えてもらっていいですか」


 こうして私はべろんべろんに酔っぱらった演技のやり方と一撃でLANケーブルを切断する技術を手に入れた。それがあまりにも堂に入っていたので4か月くらい男社員からの目が厳しくなることをこの時の私は知る由も無かった。


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