「その指先は、まっすぐに始まりの方へ向けられていた」から始まる小説

 その指先は、まっすぐにはじまりの方へ向けられていた。


「知ってるかい?宇宙というのは生まれてから今も尚膨張を続けているんだよ。あそこがその中心、この宇宙が膨れる前の原点」


 夜の室内、空を指さして少女が呟く。月光に照らされた肌は夜闇との対比で一層白く浮かび上がり、整った顔は希臘彫刻を思わせる。直接話したことが無ければうっかり見惚れてしまいそうなほどだ。


「先輩が天文学に詳しいだなんて初めて聞きましたよ」

「勉強したことなんてないよ?」


 訂正、たった今その指先に関するあらゆる情報が失われたところだ。やはりこの女の話は四半分程度で聞くのが丁度いいのだと僕は再認識する。


「八重樫先輩、いい加減なことばかり言ってるとまた単位落としますよ?」

「だいじょーぶだいじょーぶ、まだ留年ギリギリで踏みとどまってるから」


 八重樫先輩は境井大学のちょっとした有名人だ。僕と同じ四谷ゼミに在籍する三回生、生徒教員を含めた大学内の九割の人間と親交を持ち、あらゆる場所に顔を出しながら特定のコミュニティに属することはせず同時に図書室に行けばほぼ確実に出会うことができると言われている。個人的にだが、その有り様はどちらかと言えば変人というよりも怪人に近いと思っている。都市伝説に語られる類だ。


「でもね、宇宙が膨張してるっていうのは本当だよ?それも光速を超えるはやさで。だから、宇宙的な視点で見れば1秒前の私と君はもう30万キロ以上違う場所にいるんだ。それに地球は自転してるから1秒で400メートル以上位置がずれることになる。だから、適当な方角を指させばいつかどこかの瞬間には宇宙の中心、はじまりの場所を指してることになるんじゃないかな?」


 そんなわけがあるか、と心の中で呟いた。だってそんなものは100万円かけてガチャを回せば1回くらいは目当てを引けるだろうと言ってるのと同じで、確率論の話にすらなっていない与太話だ。それに


「いえ、地球は自転だけじゃなく公転もしてるじゃないですか。だから地球の位置次第では絶対にそっちを向かない日だってありますよ」

「あー……」


 八重樫先輩は心の底から「その手があったか」とでも言いたそうな表情を浮かべる。


「その手があったか。なるほどねぇ30万キロだの400メートルだのは宇宙のスケールからしたらまだまだ小さな試行回数に過ぎないってことだね」

「まあ、そういうことになる、んですかねぇ?宇宙ってもう何万光年とかの単位を使う世界なんでしょう?きっと地球で使ってる単位なんて、1円にも満たないくらいの小ささですよ」


 個人的には適当に相槌を打っているだけなのだが、八重樫先輩はしきりにうんうんと頷いている。どうやら非常に納得してくれたようだ。


「うん、そうだね。ってことは私たちは格安の単位で話をしてるわけで……宇宙人がアメリカドルだとしたら私たちはジンバブエドルくらいの格差があるのかな?」

「いや、それはどうですかね?地球人くらいのサイズの宇宙人だったらジンバブエドルも使うんじゃないですか?」

「うんうんそうだねぇ。じゃあさじゃあさ、せっかくだし今からジンバブエドルでガチャ回してSSR引くまでいくらかかるか試してみない?」


 いい加減何の話をしているのかよくわからなくなってきた。そもそもこの先輩は一体何の話をしたいんだ?先輩は既にスマホを取り出してジンバブエドルの相場を調べ始めており、僕はとりあえず今一番の疑問を口に出すことにした。


「あの、八重樫先輩?僕、ガチャの喩えって口に出してましたっけ?」


 先輩はきょとんとした顔をして、次いでにやりと口角を上げると


「さぁ、どうだったろうね?」


 偶然かもしれない。だけど僕には何かとんでもないものを見透かされているような気分になってsいや、別にそんなことは特になくこれからも美人で面白い八重樫先輩と楽しいキャンパスライフを過ごしていくのでした。そういうことにしておくんだ、いいね?


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