第9話 接近

【次のペンネームは、野々 香にするよ】

「ヨシっと」


 香は一郷にメッセージを送った。

 奇妙な出来事から数日が経つ。PCは普通に動いたが、香が登録したアカウントにはアクセスが出来なかったので、新たなアカウントを作成したついでに、名前も改めた。昔の名前に未練は無いし、気持ちが悪い。PCは一郷に分解してジャンクにしてもらう。その約束を取り付けた、最後のメッセージが先刻のメッセージだ。

 

 一郷の父は神主をしているらしく、この前 二人で体験したような事の相談を、一郷の父親が良くされるらしい。あの日の帰りがけ、「心霊写真や、骨董品の茶碗なんかが良く持ち込まれるよ」一郷は普通の声で、そう語った。その声があまりに普通で日常だったので香は、––––あぁ、私を怖がらせようとか、面白半分に悪戯で言ってるんじゃないんだ。–––– 声の調子だけで一郷を信じた。恐怖を一緒に経験していたのも、信じることが出来た大きな理由だ。

 香は何かあったら相談がしたいと言って、乗り気では無い一郷から無理矢理に連絡先を聞き出していた。脅し文句はこうだ。


「私が変死体で見つかったニュースが出た暁には、覚えて起きなさいよ、数日後には化けて出てやるからね。それで、睦くんの耳元で『お前のせいだぁ』って、囁き続けてやる」


 一郷は「……暁の使い方が間違ってるよ。……数日後って、……数日間は何の準備?」そう言いながら、渋々と連絡先を教えてくれた。


 そうして手にした一郷の連絡先に、ペンネームを変えたよ。そう連絡をした数日後の週末。一郷からメッセージが届いたので、指定された場所に行く。そこで香りは、信じてはいたが、本当だったんだ。と、矛盾していない当たり前の事を思う。

 ––––こう言うのは何て言うんだろう? 鉾矛? 楯盾?

 『至極当然』の意味に近い言葉を探す香の前には 大きな鳥居があり、神社の名が彫られた扁額には『丸猫神社」の文字が読み取れた。


「香、そっちじゃないよ」


 右横から一郷の声が聞こえ、そちらを向いたが一郷の姿は無かった。


「こっち、こっち」


 声の元を探し求めると、神社に隣接した家の二階から、一郷が手を振っている。


「一郷!」


 普通にしようとしても、弾む心が抑えきれない香の手は、いつも以上に大きく振られてしまう。神社に隣接された、一郷が手を振る家に向かう時の足取りも心なしか弾む。



 和風のその家は、外からは想像出来ないくらいに大きかった。四枚の扉は、当たり前かも知れないが、引き戸である。–––– 四枚とも開き扉が並んでいたら、どの扉に入るか迷ってしまう。けれど引き戸であっても、香は充分迷った。 

 中央から両開きになってくれていれば分かりやすいが、扉の取っ手が全て向かって左側に着いていたので、開か扉がありそうな気がしたのだ。順番に開けて行けば良いだけだが、引っかかったら、なんとなく恥ずかしい。

 

 迷っていると、扉が自動で開いた。

 自動で開く仕掛けになっていた訳ではない。一郷が開けてくれたのだ。


「何をしてるの?」

 

 香は結局、いきなり現れた一郷に照れる事になる。



 

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(仮)ネトエンゾ 神帰 十一 @2o910

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