第5話「空越しの花束」

 打ち上げ花火の予定時刻が差し迫るラウラ・ドームには、夜と灯りと賑わいが満ちていた。

 街路樹にはランプが飾られており、ぼんぼりのように辺りをほの明るく照らしている。人々が行き交う通り道の足元も、点々と丸い光で照らされている。どうやら道のそば、あちこちに配置されたラウリー麦が挿された花瓶に、間接照明が仕組まれているようである。そのような灯りの下では、花火に込める思いや期待を互いに語らい合う人々の様子が見られた。

 観客席が密集したテーブルには、料理や果物、飲み物の入ったグラスがところ狭しと並べられている。テーブル中央には、かのドカ盛りシロップパンケーキ・花火スペシャルと瓜二つのスウィーツが準備されていた。火薬技術者がもってきたものと比較しても、遜色ない出来である。そのハジけた見た目と、甘いにおいや味で、ラウラ・ドームの住民達も魅了していた。一口食べた瞬間、表情がほろけたシュゼットもその一人のはずであるが、不敵な笑みを浮かべて髪をかきあげた。

 違う場所では、別のものに魅了されていた住民達がいた。その住民達の輪の中では、シエルが歌い、踊りを披露し、場を盛り上げていた。ほとんどはラウラ・ドームの住人だが、ごく一部、他方から足を運んだ人も紛れているようである。

 そうして人々は、花火に向けて気分を高ぶらせ、今か今かと花火を待ちわびていた。

 

 やがてその時刻がきたことを知らせるように、小さいものから段階的に、灯りが消え始めた。最後にそれを察するように、スウィーツの先で散る火花も幕を閉じた。


 会場から見えるくらいの少し離れた場所、数か所小さな足元の灯りが残っている。それは、打ち上げをする人のための灯りであり、人々は注目した。

 一人目の打ち上げをする人は、アルドが最初に声をかけたおやじであった。おやじのそばではエイミが見守っていた。


「一発目はあなたね。見守っているわ、頑張って!」


 おやじは神妙な顔つきでうなずき、小さな火を手元に抱いた。これから煙火筒に投げ入れる種火である。

 種火の投げ入れを合図に、おやじが筒から離れた……!


 8.5kgの花火玉が大地を蹴り鳴らす。混沌の宇宙を突くように、導火みちびの閃光が昇る。高度250m、300m……330mで閃光の尾は花火玉に収まり、花開いた!

 球状の花が光の粒となり、一斉にきらめき瞬き合う。開花を知らせる爆発音がとどろいて、ドームと大地が震う。木霊こだまが響き合うドームの中、光の粒は銀の尾となり粒子となり、一斉に空に染み込んでいった。


 少しして一発目の花火に湧き上がった人も、迫力に胸打たれた人も、おやじの勇気に声援を送った人も、その時ばかりはみんな心をジンとさせた。銀の花による瞬刻の華やぎ、そしてその名残にドーム中が浸かった。

 一連の花火の光が、麦の穂状に天にこうべを垂れる姿に見えたおやじは、改めて願いを込めた。


「銀色の花みたいだ。鎮まりを祈って、この供花を空に捧げるよ」



 花火は順に、打ち上げられることになっていた。次に打ち上げることになっていたのは、あの親子の参加者であった。親子のそばには、サイラスとリィカの姿があった。


「出番がきたでござるよ。何かあっても拙者が助太刀致すから心配無用でござる」

「猫穴に入らズンバ子猫を得ズ! 最果て行かネバ、ナババは食えヌ、デス!」


 男の子は、励ましてくれるサイラスとリィカを見て、そして父親を見て、うなずき合わせた。呼吸を揃えて、親子で一緒に種火を入れた。

 一発目と同じように、花火玉が勢いよく筒から飛び出し、上空330mで開花した。咲いた紅い花と、黄色の枝垂が鮮やかである。


「エネルギー波をキャッチ。正常爆発、即チ打ち上げ成功デス!」

「ぼくら巨大必殺技うてた? 見てたよね、お父さん! 花火すっげーー!!

 みんなぼくらのを見て喜んでるよ! ね、ね?」

「徐々に元の空の色に回復。見上げる顔の笑顔指数は有意に上昇!

 即ち、ミッション成功デス、ノデ!」

「阿吽の呼吸が素晴らしい親子でござるなあ。

 父上とともに、これからもみんなを明るくするのでござるよ? 少年」


 サイラスやリィカの姿に見慣れてきた男の子であったが、カエル顔で真面目に説かれ、さすがに笑いを抑えられなかった。周囲の住民達からは、親子の勇気を称え成功を祝う拍手が巻き起こった。



 住民達によって花火が順番に打ち上げられていく中、アルドはひとり考えあぐねていた。


(この時代でミグランシウムを知っているのは、花火師の命の恩人ぐらいなんだろ?

 で、あのフードの人の声。まさに、ミグランシウムを知っていたアザレアさんじゃないか?

 だとすると、アザレアさん、フードの人、花火師の恩人。全部同一人物! ってことになるじゃないか!)


 またひとつ、花火が打ち上がった。アルドは浮かんできた仮説と、花火の音に突き動かされるように、想像を働かせていく。


(アザレアさんであるならば、ミグランシウム繋がりで、花火師の正体はわかっているはず。

 花火師が元気になって、ラウラ・ドームで人生を再スタート。奇跡の再会、じゃないのか?

 うん? もう一つ気になってきた。エルジオンでの花火師の行動……。

 ラウラ・ドームに絞ると、こうやってうまく進められるのに、エルジオンで行動を起こし始めた。

 アザレアさんのお忍びの名目、エルジオンの行動。どれも意味がありそうなんだけど……)


 打ち上げが済んだ順に、足元の灯りは消されていた。つまり、残った灯りが最後の打ち上げ場所であり、中でも他とは違う筒が配置されている場所が最後の打ち上げ場所だとアルドにはわかった。まさにその場所に控えていたのは、アザレアと思われるフードの人と花火師である。


(花火師と一緒に最後を締めくくるのは、フードの人か! ちょっと覗いてみるか)


 アルドは、闇の中ゆっくりと2人に近づき、草むらを挟んでこっそり隠れた。


「ちょっと手元がおぼつかんようだな……。一緒に打ち上げるぞ、都の人。

 もう締めの花火になっちまうが、これは尺玉三連筒っつうんだ! 腰を抜かすなよ?」


 フードの人は、火をつける前の種火を手元に確認し、しばらくつぐんでいた口を開いた。


「火薬を集める手伝いをしていた人に出会ったよ。

 どうして人手や手間を割いて、しかも火薬の危険を承知で昔の花火を選んだんだい?

 都では、製造から打ち上げの現場まで、ロボットに任せられる。安全に何度も、何発も見られる!」

(やっぱり、アザレアさんだ! アザレアさんが花火師を助けていたのか!)


花火師は、エルジオンの時とは違い、落ち着いて話し始めた。


「自然と共に生きる、ある物で何とかする。そこには都よりはるかに苦労や心配が伴っちまう。

 不作も続くし、時震にも襲われる。だとしても、自分達で前を向いて、自分達で上を向くしかねえ。

 そのきっかけになるのが打ち上げ花火だと、俺は信じている。

 むしろ、人の手で、本物で打ち上がった花火だからこそ、空へ届けてくれる気がするんだ。

 俺達のどうしようもねえ不安とか、恐れとかいった思いを、乗っけてな」

「そうかい……。じゃあ打ち上げるあんたは、この花火にどんな思いを乗せるっていうんだい?」


 種火を花火師に見せつけるアザレア。花火師は、その種火に火を移しながら返事をする。花火師とアザレアを、アルドは固唾をのんで見守る。


「俺か? 俺なら、俺を助けてくれたエルジオンの命の恩人への『感謝』ってとこかな。

 ラウラ・ドームをブーケに、花火を花に見立てれば、でっかい空越しの花束の完成さ!

 さあいくぞ! 4、3、2、1…………点火ーッ!!」

(アザレアさん、受け取るんだ!!)


 3本の光の尾が空へ飛び立ち、白、薄桃、赤の3色の花火が、それは見事に花開いた。ゼロからのスタート、受けた優しさ、花火に注ぐ熱い思いが、花火師なりに表現されていた。

 ――だが入れ違いに予定外のことが起こった。打ち上がった近くのドーム辺から、ドーム内周を半周ずつ、波紋のように連続して花火が打ち上がっている。

 花火師がその花火に驚いている様子から、アルドは自分が聞かされていないだけなのではなく、本当に予定外の花火だと悟った。


「おぉっと!? ありゃ都の花火じゃねえのか!? いったいどうなってるんだ!」


 現場の状況を確認するため、花火師はその場を離れていった。観客席の方では、思いがけないフィナーレに、大歓声が上がっている。


「そこにいるんだろう? アルドや」


 アルドは素直に草陰から姿を現した。アザレアに、なぜ花火師に正体を隠す必要があるのか、もう聞かずにはいられなかった。


「伝えなくていいのか? 恩人が自分だということ」

「言わない方がいい。わたしの命はね、そう長くないんだよ、アルド。

 思い出の恩人を、わざわざ死人間際の婆に上書きしないでいいこともある」

「そっ、そんなこと……っ! アザレアさんはまだまだ元気で――」

「いいさいいさ。見た目は何とでもできるが、ガタがきてる。

 ……若いあんたに出会えてよかった。

 わたしね、介護施設に入る前に、今まで貯めてきた宝石なんかの清算しに出掛けたとこだった。

 アルド……おまえ達と花火師が現れたのはそんな時だったんだよ。

 あの花火は、遅ればせながら、わたしから花火師への“むけ”のつもりさ。

 同じ花火師として、門出を祝ってやらないわけにはいかないからね」

「アザレアさん……。同じ花火師ということはあなたは……」

「都の最先端花火の開発者さ。10年前を機に、合成人間による自動生産が廃れちまうまではね。

 手段は違えど、花火師と目的は同じ。誰かのために花火の再現や再興に尽くしてきていたのさ」


 アザレアは、ごつごつとした自分の手を眺めた。グローブに着いた古傷は、手の感覚が衰えてきて、何度もぶつけてついたものである。アザレアはコルセットのある辺りを触れた。もう装着なしでは、歩くことでさえ節々が耐えられない。


「そうそう、もらった花束は心の隅にでも飾っておこうかねえ。

 施設に入っても、目を開けなくなっても、眺めれば気分がいつでもこう、パっと明るくなるもんさ」


 アザレアの腰はまるい。凝り固まった首をなんとか動かし、最後の花火の光が空に溶けゆく終わりの終わりまで見つめるアザレア。アルドは、種火を手放し終えたアザレアの手を取り、微力ながら体を支えてあげた。


* * *


「おう! アルド! お寝坊せずに起きられたか?」


 日が明けて、アルド達一行はラウラ・ドームの出発前に、花火師を訪ねていた。


「後から聞いたけど、ラウラ・ドーム全体と花火を花束に見立ていたそうじゃない?

 とってもロマンチックな話よね! 花火、母さんにも空を通して届いたかな……」

「拙者、どの花火にも感銘を受けたでござる!

 特に、どのようなカラクリにてあの締めを飾ったでござるか?」

「詳しいことはいいさ。花火で心を明るくさせたい誰かからの贈り物として、受け取っておこうぜ?」


 アルドは一連の花火や、アザレアとのやり取りを思い浮かべ、花火のお返しが誰からなのかを打ち明けることはやめにした。なんとなく、同じ花火職人同士、花火師は空を通じてアザレアの気持ちをちゃんと受け取っていたような気がしたからだ。

 そんなアルドの気持ちを察してか、花火師はアルドを見てニヤリとしている。


「みんな、思い思いの花火を打ち上げたり、花火を見上げたりして、いい顔しててよかった。

 俺はこれからも、誰かのための花火や火薬の腕を磨いていこうと思う」

「エルジオンの人にも見てもらえたら良かったわね……」

「打ち上げ花火は何度もできない分、多少なりとも縁が絡むもんさ。

 だが、その分感慨ひとしおだな! 願ったことも叶いそうな気もするだろう?」

「兵器の火薬は時に未来を奪いマスが、花火の火薬は夢を与エル、というコトデスネ!」

「リィカ、いいこと言うじゃないか! アンドロイドなのにってのは失礼か??」


 花火師は陽気に笑いながら、リィカの肩に腕を回している。打ち上げ花火の計画に成功した達成感や、花火を認めてもらえた嬉しさから、いい気分を隠し切れないようだ。


「ちなみに、打ち上げ花火を一緒に見た男女は結ばれるとかいう言い伝えもあるらしいじゃないか。

 結ばれたい人はいないのか? 手伝ってくれたお礼に、気まぐれに一発上げてやってもいいぞ」

「えっ! 男女が結ばれるって……」


 アルドはなんとかうやむやにした、エルジオンの一件を思い出した。どうか仲間の誰も思い出しませんように……アルドの祈りは、エイミの一言で空しくかき消された。


「そういえばアルド、エルジオンでの答えを聞いてないわよ?」

「……拙者もアルドのことで不思議に思うことがあるでござる。

 昨夜のアルドの所在を誰も存ぜぬ。もしや、抜け駆けでえと、ではござらぬか??」

「いや、昨夜は特に何って……っ! それに、誰っていうのも、その……。

 まだ考えさせてくれーーーーッッ!!!」


 アルドは一目散に花火職人の家を飛び出した。それを見た仲間と花火師達は、愉快な笑い声をあげた。


――Quest Complete――


* * *


 AD1100年のある日、空に花束が捧げられた。ある人は、巨大時震が二度と起こらないように。ある親子は、未来を明るく照らすように。

 空に縛られた浮遊大陸は、願いの数だけ希望を積んだのである。


 花火が一度染め上げた空は、元の空色を取り戻し、雲は時の流れにまた身を委ねていた。

 ある職人は、誰かのための仕事に再出発をきった。ある老人は感謝の花だけを供にして、次なる住処を訪れた。


 AD1100年、人類はその一握りながらも、今ひとたびその先の未来へ一歩踏み出した。


 殺された未来を救けるため、時空を超えて冒険の旅をする者達がいた。旅人達はこの、AD1100年から再び旅立つ。

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花火師と、空越しの花束 まるい結和 @01yuwa

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