吉祥院柳矢 & 法師

「義史様。河原に魑魅魍魎が出たとの報せです」


 旧式の携帯電話。

 それは田舎であっても、雪音のような若い少女が持つには不似合い。黒色の着物ともミスマッチなシルバーの携帯電話だ。


「誰と、連絡を取っでだんですか?」

「ああ、いえ。誰と言うわけではなく、この携帯電話にはそう言った機能があるんです」

「はあ……」


 そう言うものなのか。

 それにしても。


「寒ぃ……」


 祖父が死んだショックからも立ち直ることが出来ずにいたのに、また、新たに魑魅魍魎が現れたとしても処理が追いつかない。


「痛む心に無理をさせるようで申し訳ないのですが、河原に向かいますよ」


 そう言って雪音は義史を抱きかかえて高く跳んだ。


「のわぁっ────!」


 宙を舞うような、そんな不安定な感覚。雪音の細腕に持ち上げられる。


「しっかり捕まっていてくださいね!」


 自由落下。

 雪の降り積もる屋根の上に彼女は着物をはためかせながら着地を図る。


「な、なあ! 雪音さん!」


 突然の絶叫系アトラクションのような体験に怯えて、雪音の身体に両腕で捕まりながら義史が尋ねる。


「はい、何でしょう?」


 余裕のある顔で屋根の上を飛び乗りながら雪音が尋ね返す。


「お、俺が行ぐ必要っであんのが!?」


 魑魅魍魎が現れたのなら雪音単独で向かったほうが圧倒的に安全な筈なのだ。戦闘力のない義史が魑魅魍魎の現れたと言う河原に向かったところで雪音の足を引っ張るのは確定している。


「俺が居でも、足引っ張るだげです!」


 そのことを履き違えているつもりもない。

 自分に戦う力があるとは思っていない。そんな勘違いをするつもりもない。突然に戦えと言われて、雪音と共に戦うことなどできるわけがない。


「いえ、私も成神の貴方が居なければ魑魅魍魎と戦うことができないのです」

「は?」

「先程の戦闘、アレは私が義史様を守る。その目的が成り立っていたからこそ、力を発揮できたのです」


 しっかりと義史が居なければならない理由が存在してしまっている。


「現にこうして屋根の上を飛び回る高速移動ができるのも、義史様を守ると言う事になる為に出来ているのです」


 雪音の能力は義史を守護すると言う行動のもとにのみ強化される。


「もし、その力がなければ秤鉄──、先程の大太刀を満足に振るうこともできないのです」


 成神と武士は一蓮托生。

 成神無くして武士足りえない。それは主人なき騎士が存在しない様なものだ。


「あれ……?」


 そういえば。

 雪音の足元に義史は目を移す。

 そこには色白の素足がみえる。肌色が雪に埋まっては戻ってくる。


「あ、あんだ! 靴履いでねぇのが!」

「大丈夫ですよ」


 などと、まるで気にした様子も見せない。信じられない。

 雪は冷たい。氷点下になるほど。そして、今日という吹雪の日では、普段の比ではないだろう。


「この程度」


 だからと言って義史にも出来ることがない。彼もまた、素足でここに居るのだから。


「もう少しです……」


 河原に辿り着く。


「あれ?」


 河原には先程の悪鬼よりは矮小なものの、それでも人の恐怖を掻き立てるには十分な怪物がそこには居た。

 大きさは三メートルほど。長く伸びた前髪と後ろ髪は湿っている。その前髪の間からは大きな、血走った様な目が覗く。

 頭にも巨大な目が一つ。

 それはまさしく異形。


「あー! 早く倒してくれ!」


 ただ、どうにも既に誰かが戦っている様であった。


「無理無理無理! キモいって! キモいってぇ!」

「ちょっ! 成神様! あんま離れるな言ったろうに!」


 視覚的な恐怖に成神であろう、茶髪の長身、顔立ちの整った男が逃げ出した。よくよく見れば耳にはピアスが付けられているのが確認できる。

 その背中を追いかけて細目の金髪が武器を消して、必死に叫ぶ。


「助太刀致す」


 頭上からそんな声が聞こえた。

 雪音は右手に秤鉄を呼び寄せ、堤防から飛び降りて川の怪を切り裂こうと振るう。

 その瞬間に義史は雪音の脇に抱えられ、彼女の胸が脇腹の辺りに一瞬だけだが押し付けられる。

 若い女体に触れると言った経験に乏しい義史は命の危機であるというのに、僅かばかりに気分が高揚してしまった。


「あーっ、雪音ちゃん! アリガト!」


 逃げる茶髪を追いかけて、漸く追いついた金髪はタックルを喰らわせる。


「いえ。それにまだ終わっておりません」


 後ろに目がついていると言うのは伊達ではない様だ。

 ほぼ不意打ちだったと言うのに避けられた。無傷の川の怪は依然としてそこに立っている。


「これは、ちょっと厄介だなぁ。仕方ない、ここは協力でいこうや」

「ええ、仕方ありませんね。どちらが止めを刺しても文句は言わない。それで良いですね、法師ほうし


 雪音がそう尋ねると法師と呼ばれた金髪の男はニヤリと笑いながら、札を複数枚、白色の和服の袖から取り出した。


「宜しいですかな、我が成神。吉祥院きっしょういん柳矢りゅうや様」


 名前を呼ばれた腰を抜かしていた法師の成神であろう茶髪の男は何処か阿保の様な表情を見せてから、顔を数回横に振ってから答えた。


「いや、全然構わんけど……?」

「我が成神もご承知の様で。では行こうか、雪音ちゃん」


 そう言って取り出した札を川の怪に向けて三枚ほど投げつける。


「式神、赤鬼せっき!」


 その三枚は結びつき、赤い顔、二メートルほどの背の高さ、体は赤く、裸に白色の褌のみを身に着けている二本角の怪物を呼び寄せた。


「え、ち、魑魅魍魎が?!」


 それを見た義史は驚きを隠せなかった。何せ、雪音と協力すると言ったはずなのに。


「安心しなせい、雪音ちゃんの成神さん。これは我が式神、赤鬼でござい。貴方らに害を与えることはありません」


 何処か自慢げに自らの力を語る。

 ただ、それを馬鹿のように純粋に信じるのもどうなのだろうか。義史が疑心を抱きながら雪音に顔を向けると、雪音も頷いた。


「行け、赤鬼!」


 その号令に従う様に赤鬼は川の怪に向けて走り出す。その手には巨大な出刃包丁の様なモノを持っていたようだ。


「ぐおぉおおおおおお!!!!」


 赤鬼が吠える。

 ビリビリと大気を震わせる。その振動は敵意がないと言うのに、義史と柳矢に鳥肌を立たせるには充分であった。

 川の怪に秤鉄と同等か、それ以上の大きさはあろう出刃包丁を大きく振るう。

 その速度はプロ野球選手のバットのスイングスピードを凌駕する。

 あんなものが当たっては簡単に死んでしまうだろう。

 だが、川の怪は手を伸ばし水を操る。水を盾にしようと手繰り寄せる。


「ははっ、出刃包丁の攻撃力だと限界だが、雪音ちゃんの秤鉄なら如何だろうね」


 背後に回したのは同じく水。

 避けると言う手段を選ぶ事は出来なかった。

 そんな川の怪を水の盾ごと背中から真っ二つに秤鉄で切り裂いた。

 血飛沫が上がる。

 悪臭が立ち込める中、川の怪は悪鬼と同じ様に塵となって消えてしまう。


「柳矢様。今回は雪音ちゃんに取られてしまいましたな」

「え、あ、うん。ソダネー」


 まるで柳矢は興味のカケラもない様だ。いや実際、興味はないのだろう。


「雪音ちゃん。あと、雪音ちゃんの成神さん。今度は私も負けないからね。ね、柳矢様?」

「へ、ああ、おう!」


 一人だけ話について行けていない様にも思える。


「法師、成神様に説明したのですか?」

「説明の最中に、さっきのが出てね見せた方が早いかな、と」


 そう言って彼は苦笑いした。


「では、私共は失礼するよ」

「あっ、てか、お前!」


 何の言いがかりか。

 右手の人差し指を義史に向ける。


「俺のモノノフ? まあ、何でも良いけど何でこんな胡散臭い奴なんだよ!」


 きっと雪音を見て言っているのだろう。


「ですが、法師は中々の実力者です」


 雪音がそう告げると、法師はニコニコと笑って柳矢の首根っこを掴んで連れて行ってしまう。


「俺も! 俺も美少女が良かったぁぁああ!」


 そんな悲痛な叫びが吹雪の激しい、河原に響いた。

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成神の剣 ヘイ @Hei767

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