第4話【オッサン、決心する】

 ニーナとの生活にも慣れてきたある日、俺はギルドに呼ばれる事になった。

 本来、迷宮測量士は自らギルドに売り込むものだが、信頼が高ければ直接依頼を受けることも少なくない。

 ギルドから依頼されると言うことは実力の高い測量士を意味している。少し誇らしいな。


「ジム、待ってたよ」


 案内され扉を開けると、ヘレンがいつもの様に椅子に座って迷宮地図ダンジョンマップに囲まれている。

 地図を管理するのもギルドマスターの仕事だが、彼女の机が綺麗になっているところを見たことがない。

 単純に数が多すぎるんだろうな。人でも雇えばいいのに、といつも思う。


「早速依頼について話したい」

 

 と、開口一番彼女が話し始める。


「随分と急だな?」

「"総転移"が迫って来ているからね、早急に取り掛かってもらいたいのさ」


 なるほど、もうそんな時期になるのか――。


 以前も言ったように、この世界"パンドラ"には迷宮が日々どこかの異世界から転移してくる。

 転移してきた迷宮は守護者ボスモンスターを倒すか一定期間経つと消えて無くなるんだが、一年に一度"総転移"と呼ばれる現象が起き、一斉に新しい迷宮に置き換わるのさ。

 原理はよくわかっていないが――そもそも迷宮自体に謎が多いが――、新しい遺物を大量に運んで来るのでこの世界ではめでたい事になっている。


「つい先日、ある迷宮がこの街……"ダンジリア"の近辺に出現した。その迷宮が今までにない新種の迷宮でね、未知の危険も考えて他でもないアンタに頼もうって事なんだ」

「成る程、総転移で消える前にその迷宮の様式を資料として残しておきたい、と……そういうことか」

「その通り。ギルドでは仮称として"廃城の迷宮"と名付けた。……まあ、凄腕のアンタならどんな迷宮でも楽勝だろう?」


 そこまで買い被らなくてもいいとは思うがな……まあ素直に喜んでいいか。

 それに新種の迷宮というのも気になるしな。


 迷宮は数多いが、ニーナを発見した"遺跡の迷宮"の様に、内壁や罠などがある程度共通している"様式"と呼ばれるようなものがある。

 例えば草原の迷宮はその名の通り通路が草木に覆われている。モンスターも植物系が多い。

 現在発見されている迷宮は遺跡、草原、荒野、洞窟の四種類。

 廃城の迷宮ということは名の通り城のような内装なんだろう。


「ふむふむ……」


 そう考えていたところに、真後ろから聞き慣れた幼い声が――


「ニーナ!? いつの間に?」


 振り向けばそこには真新しいカバンを背負ったニーナが立っていた。

 扉が少し開いて、長耳が少し顔を覗かせている。シエラが立ち聞きしてるのだろう。

 恐らくすごく頼み込まれて入れてしまったか――


「えっへん、パパのいるところにニーナあり!」


 ……何を言っているのだ、少女よ?

 最近、時々何処で覚えたのか分からない言葉を彼女は言う……一体何なんだ。


「シエラ! 今は誰も入れるなって言っただろう?」

「ご、ごめんなさいお母さんっ! どうしてもって言うから……」


 ヘレンの注意にビクッと身体を震わせ、ひょっこりと顔を見せてくるシエラ。

 ……こいつ、怒ると怖いもんな、わかるよ。


「全く、仕事中はギルドマスターだと何度言えば……用事ってなんだい? ニーナ」


 ぶつぶつ文句を言いながらヘレンはニーナへと視線を向けた。


「あのね、あのね! パパのおてつだいをしにきたの! このカバンもどうぐやのおねえさんにもらったの!」


 ニーナが元気に答える。

 道具屋のお姉さんっていえば――ニャム・ナーゴ。テキトーな性格の黒猫の獣人だ。

 きっとねだられた時に二つ返事で渡しちまったんだろう、まったく。


「……ニーナ、迷宮測量マッピングは遊びじゃないんだぞ。お家で待ってるんだ」

「やだっ! パパのおてつだいがしたい!」


 俺が諭すもニーナは断固拒否をする。


「ニーナ、パパの言う事を聞いてあげてくれないかい?」


 ヘレンがそう優しく言い正すと、ニーナは俯いて


「だって、だって……パパがかえってこないと、さみしいから―― ひとりになっちゃうの、いやだから」


 少し声を震わせて、そう言った。

 ……そうか、街に遊びに行けるとはいえ俺が帰らなきゃ家でも一人きり、か。

 この子を預かっておきながら寂しい想いをさせて……俺は保護者失格だな。 


「……じゃあ、お手伝いをお願いしようか」


 俺は決心した。この子を"見習い迷宮測量士ルーキーマッパー"にする事を。


「え……ええっ!? ジムさん、いいんですか!?」


 シエラが驚きの声を上げる


「ああ、勿論。要するに怪我させなきゃいいんだろう?」

「でもだからって、迷宮に連れて行くなんて――」

「安心しろ、俺は"逃げる事"に関しては超一流だ……それよりシエラ、受付はどうした」

「あ、あうう……ほ、本当に気を付けてくださいね!」


 シエラはそう俺に忠告すると、急いで受付へと戻って行った。

 本気で心配しているんだろうな……でも俺の決心は固い。


「パパ、いいの……? ついて行って、いい?」

「ああ、勿論。男に二言はないさ」

「……っ! ありがとうっ! パパだいすきっ!」

「よしよし……あとおじさん、な?」


 ぱああっ、と表情は明るくなり、ぎゅーっ、と脚に抱き付かれる。

 まったく無邪気なもんだ、と俺はニーナの頭をポンポンと優しく撫でてやった。


「――というわけで、この子も連れて行くぞ」


 何も言わずその光景を見ていたヘレンに、俺は声を掛ける。


「ま、アンタの腕は確かだし……これ以上何か言うのはヤボってもんだ」


 フッ、と笑ってそれに答えるヘレン。

 きっと怪我させたらただじゃおかないとか、色々言いたい事はあるんだろう。

 ただそんな事は俺もヘレンも分かりきった話。何となくその辺りは通じ合っている。


「しっかり守ってやるんだよ、ジム」

「ああ、分かってるさ」


 ただそれだけ言葉を交わすと、俺はニーナを連れてギルドの外へ出る。

 これから向かう先は道具屋。まずは魔法紙を揃えなきゃならない。

 それに……ニャムにも礼をしなきゃいけないしな。

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