第3話【オッサン、パパになる②】

「――というわけで、俺はこの子を助けて戻って来たわけだ」

「なるほどねぇ……"人間の遺物"、か。恐らくパンドラで初じゃないかい?」

「多分な。そんな話聞いたこともない」


 迷宮での話を終えると、足を組んで考え込むヘレン。

 "パンドラ"とはこの世界の事―― つまり、人間が迷宮で発見されるのは全世界を含めて"前例のない初めてのケース"だと言うことだ。

 ……我ながら厄介なもん拾ってきちまったと思うが、あそこで見捨てられる程、俺は悪魔じゃない。


「迷宮の方は何か異変はあったかい?」

「いいや、普通の"遺跡の迷宮"だった。……もっとも、最深部の道は塞がれちまったが」

「ああ、カンテラ蹴飛ばしてゴーレム起こして大慌てしたんだったね?」

「……その話はやめてくれ」


 ニヤニヤと笑いながらこちらをからかうヘレン。

 全く変な弱みを見せてしまった。しばらくはネタにされるなこりゃ……。


「ま、地図は買い取らせてもらうよ。冒険者の部隊に採掘班を同行させるさ」

「有り難い……っと、少し量が多くないか、この金袋」


 鞄から地図を取り出し手渡すと、硬貨の入った袋を渡してくる。

 こうやって迷宮測量士は生活費を稼ぐわけだが―― それにしても量が少し多い気がする。

 ヘレンが数え間違えるわけもないだろうし、これは……?


「ま、アタシからの祝い金さ。その子引き取るんだろ?」


 ……何?


 いやいや、俺は引き取るだなんて一言も言ってないぞ?


「……ギルドで面倒とか見てくれないか?」

「別にいいけどその子、随分アンタに懐いてるようじゃないか」

「まだ話もしてないし寝っぱなしなんだが」


 と、言っていた側から


「ん、ぅぅ……パパ……?」


 目をこすりながら、こちらを見てくる少女。

 ……寝ぼけてるのかこの子? いやそれよりも今そのセリフは不味い――


「おやぁ? 拾ったって言ってたよねぇアンタ」

「ち、違うぞ、断じて違う! 本当に拾った子だ!」

「ほんとにぃ? やっぱり隠し子なんだろう? 素直になりなって、な?」


 ああもう始まっちまったよヘレンの悪ノリが!


「っ……そもそも、俺に隠す理由なんてないだろ」

「ま、そりゃそうか……失礼したね、?」

「反省してねぇなコイツ……ッ」


 こうなると面倒なんだよな、このエルフ……。

 俺より何倍も年上の癖してヤンチャ過ぎるんだよ、ホント。


「からかうのはこれくらいにして……お名前はなんて言うんだい?」


 これっきりにしてくれと心の中で返答する俺。

 ヘレンは俺のことお構い無しに少女に名前を聞いた。


「えっ、と……ニーナ」

「ニーナか、いい名前だね。家族は何処に居るか分かるかい?」

「……わかんない、かぞくのことも……お名前以外、ぜんぶわかんない」


 むぎゅっ、と俺の片腕を掴みながらヘレンに向かって話すニーナ。

 つまり記憶喪失か? これまた厄介な……。

 しっかし俺はよほど懐かれたみたいだ。

 寝てた筈だが、実は助けた事に気が付いているんだろうか?


「そこのオジサンはニーナの家族じゃないのかい?」

「んーん……でも、とっても安心する。パパみたい」

「ふぅん……じゃあ本当はパパなのかもねぇ?」


 違う違う、というか俺の話は一切無視か。


「あなたがわたしのパパなの? ……えへへ」


 違うからね? 嬉しそうにしてても違うからね?

 と言うか二人ともなんで俺をパパにする方向性なんだ!?


「俺はパパになるつもりは無いし、パパでも無いからな……!」

「いいじゃないか、なっちまいなよパパに」

「わたしもパパがパパになってほしい!」

「だから違っ……はぁ」


 嗚呼、キラキラとした目で見るな、少女よ……。

 しょうがない、この流れでギルドに無理矢理住まわせるのも酷だろう。


「……パパじゃないが、まあ一緒に住むくらいなら」

「やったー! ありがとうパパっ!」

「ジムおじさん、な?」


 喜んで抱き着いてくる少女の頭をポンポンとしてやる。

 まあ子供は嫌いじゃないし、面倒を見るのも悪くはない。

 ……ただ、パパは勘弁してほしいんだがな。


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 と言うわけで、俺はパパになってしまった。

 いや、ならざるを得なかったと言うべきか。


「ねえパパっ! 今日はどんなめいきゅーに行ってきたの?」

「ハハ……元気なこった。今日は"草原の迷宮"に行ってきたんだ」


 苦笑いしつつ、食材を持ってキッチンへと向かう。

 わたしもてつだうーっとトテトテ走ってくるニーナを見ると微笑ましく思う。

 ……パパ呼びは本当、勘弁してほしいんだがなぁ。


 そんなこんなで、一つだけ変わった俺の一日はニーナを寝かしつけて終わる。

 ……この寝顔を見てると、帰る家に待ってる人がいるってのも悪くないな――。

 不覚にも、俺はそんな風に思ってしまうのだった。

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