第5話 近すぎる夢




今日1日、特に放課後。図書室にて婆さんと打ち解け、汗水垂らすまで働き。その後教室に弁当を忘れたの思い出し行くと、そこで知る館宮さんに対するいじめ。幼馴染の初めて見る涙。それに加え、彼女が連れ去られたという事実。コンビニでの初喧嘩。まぁ、一方的だったけど...。それから気を失った俺は規格外に広すぎる部屋のベットで目を覚まし、その家のお嬢様がまさかの彼女だった事を知って驚き。そして何故か、俺は彼女のこの家に一泊していく事になった...



「(...どうして、こうなった。)...あ!館宮さん!」

廊下で別れてから、かなりの時間が過ぎており。焦ってポケットから携帯を取り出す。

画面を開くと、そこには一件の新着メッセージが入っていた。


          4月20日(火)21:45

             [ dogomo ]

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From::館宮

To:kouki0221@dogomo...

件名:帰宅

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       ▼  2021年4月20日


無事、自宅につきました。

私の事は気にせず、ゆっくり体を休ませ

て下さい。







追記:くれぐれもハメを外さぬように。

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「え!?」

まるで、今見られているかのようなメッセージに思わず周りを見渡す。

「まあ...そんなわけないか(にしても無事に帰れてよかった。家族が迎えに来てくれたのかな...?)」

安心し、肩をで下す。

「あっ、母さんにも連絡しとかないと...」

通話ボタンの右上に付いた25の数字。心配への申し訳なさと帰宅時の恐怖感を持ち合わせながらメール文を打つ。

すると、突然鳴るノックの音に背中の筋が吊り上げられるようにして伸びる。


「はいっ」

「失礼致します」


《ガチャ》



その扉の先に居たのは、メイド服の上からピンクで苺柄のなんとも可愛らしいエプロンを着た、エプロン重ね着状態の未帆さんだった。


「功樹様。お食事の用意が出来ましたので、どうぞ一階の広間へとお越し下さいませ」

「あ、はい!ありがとうございます!」

「では、お待ちしております」

そう言って静かに扉を閉める。


「(ご飯までご馳走になるとは...また今度何かお返ししないと)」

そんな事を考えながらベットから降り、置かれた真っ白で毛皮フカフカのスリッパに足を通す。

「(どこまでも凄いや...ん?でもこんなお金持ちの家だとお返し何にしよう。滝宮家御用達のひよこ饅頭まんじゅうとはいかないぞ...)」

腰を上げ、少し痛む腹部を摩りながら扉へと進む。

「(んん〜...紅葉もみじも少し違うな〜.........このベットから扉までの距離。これだけでも俺の家の横幅はあるぞ...)」

一つ一つが規格外で何度も驚く。

「...よしっ。着いたっ」

ようやく辿り着き、目の前の扉を見て気付く。遠目では見えなかったが扉には常人では理解出来ない複雑な模様の彫刻がほどこされており、俺は思わず立ち止まり、彫刻の模様をなぞるかの様にその扉に見入ってしまう。止まっていた呼吸を取り戻すように鼻から息を大きく吸って、ドアノブに手を掛け重い扉を押し込む。



「はっ?」



その目の前に広がる光景に俺はつい口から声が漏れる。

俺はこの常識離れした一室を目にしてある程度。いや、自分の持ち合わせられる想像以上の物を頭で予想していたにも関わらず、目の前に広がるそれは、俺の膨らみに膨らませたそれを、遥かにしのぐものだった。


まず驚いたのはその広さ。行った事ないけど東京ドーム分くらいを連想させる程の広さ。そして、扉の数。その広大な広さの壁を囲っていく様に設置された扉。一つ一つがこの入ってた部屋の広さと考えただけで身震いがする。先に進んで見ると真ん中が抜け落ちた構造になっており、恐る恐る下を覗くと、下に同じ様な間取りが2つ。上にも1つある感じ。開いた口は塞がらず、言葉を失うとはまさにこの事だった。

1番下の階が広間らしく、下を覗く俺に手を振る小さ過ぎてあまり見えないが、恐らく未帆さんらしき人物。すると何やら取り出し、大きく矢印の書かれた看板を持ち上げる。その指示通り足を運ぶと目の前にはなんとエスカレーターが設備されていた。


「いやっ...ここ本当に家ですか...?」

俺はそのエスカレーターを使って下へと降り、広間へ辿り着く。


「功樹様っ。こちらです」

「いんやっ、遠っ!!」

そのあまりにも遠い距離からの呼び掛けに思わずツッコむ。

広間はガラリと雰囲気が変わり、ほとんどが木製で幾つもの大小異なる円卓えんたく椅子いすが並べられていた。

「(まるで某・人気魔法バトルアニメのギルドを彷彿ほうふつさせるような空間だな...)」

歩みを進め、彼女が腰掛ける3人掛けとは思えない程巨大なテーブルへと、未帆さんの誘導に習い、席に着く。


「すいませんっ、失礼しま...えっ、何これ」


そこにはテーブル一面に並べられた、初めて目にするような料理の数々。

見た事の無いサイズのエビフライに、素人目では何だか分からないオシャレな緑のソースと白いソースがかけられた一品。スープはきっとイタリア語が並ぶような名前であろう鮮やかな銀杏紅葉いちょうもみじの色合い。湯気と共に漂うコンソメの香りに俺の空腹度が一気に跳ね上がる。そんな中やはり一番目をくのは、真ん中に置かれた某・海賊アニメでしか見た事の無いような肉汁たっぷりの骨つき肉。


「え〜っと、これは全部未帆さんが...?」

「はいっ。今回はおもてなしという事で一段と腕を振るわせて頂きました」

「この真ん中のお肉も?」

「えぇ。このお肉は海外でも人気で中々仕入れが困難な物なのですが、丁度一つだけ冷凍室に在庫がありましたので、そちらをミディアムレアになるようオーブンがまで焼き、今回は肉本来の味を味わって頂こうと思いシンプルに塩とブラックペッパーにて味付けをさせて頂きました。味変で特製バジルソースもご用意しておりますので是非っ」

「おぉ〜」

匂いだけでもそうだが、説明を聞いてより一層食欲をそそられる。

「ちなみに、こちらワンピ◯スでよく見るお肉をイメージして切り落とさせて頂きましたっ」

「ちょっと!それずっと言わないように上手くけてたのにっ!!」

「あらっ、申し訳ございません。つい...」

手で口元を隠しながら、微笑む。

「そんなコントみたいな事してないで...料理冷めるから早く食べるよっ」

彼女が高級レストランでしか見ない白い布ナプキンを手慣れた様子で首に掛け手を合わせる。

「あっ、はい!」

俺も急いで布ナプキンを手に取り、少し手こずりながらも付けて手を合わせる。

未帆さんも手慣れた手つきで首に付け、手を合わせ声を掛ける。

「ではっ...せ〜の」



「「「いただきます」」」



その食事開始の合図と共に置かれたフォークを手に取るが

「いっ...」

あの喧嘩の際、右手首を踏まれ。その痛みでフォークを机に落としてしまう。

「大丈夫ですか?」

未帆さんが心配そうに声を掛ける。

それを見た彼女は、小さく拳を握る。

「あっ。えぇ、全然っ」

もう一度持とうと試みるがまた落としてしまう。

「っ...」

「無理をなさらずに。私が代わりに食べさせて差し上げますので、功樹様はこのまま手を動かさず、口だけ動かしてください」

「え!?いや〜...流石にそれは」

その提案に俺ももうへびで言う所の一皮剥けて大人へとステップアップした今年16の男子高校生。小学校低学年までは無心で見れた教室で着替える女子も、中学年高学年になるにつれ恥ずかしさを知り目を逸らす様になったと同様。頭の中にある自分像がその行為を素直に受け入れずにいた。

「お気になさらず。それに、私も久々に腕を振るったこの料理。是非功樹様に味わって頂きたいのです...」

「で、でも...」

この押しに押されてる状況の中彼女の方に目を向けると、彼女は一切気にせず食事を続けており、目の前の輝かしい料理とそのそそる匂いに俺の腹も思わず低音が響く。何とか羞恥心とわずかな自尊心で踏ん張っていた心も次第に押し負けていき、


〈ぐうぅ〜〉


再度大きな音を鳴らす腹の音。


まだ恥ずかしさが残るものの、背に腹は変えられず。小さく首を折り頼む。


「うぅ...お願いします」

「はいっ...‼︎」

そう答えると未帆さんは嬉しそうに立ち上がり、近くへ席を移動しようとした。

その時——



《ピピピピッピピピピッ》



高い電子音が厨房ちゅうぼうの方から鳴り渡る。


「あっ。すみません、私まだ調理が途中の品がございました...え〜と、栞お嬢様?申し訳ございませんが、私の代わりに功樹様に『あ〜ん』とやらをして差しあげて下さいませ」

「なっ!?」

「え!?」

お互い想定外の振りに異議をとなえようと席を立つ。

そのあからさまに図ったようなタイミングと物言いに仕向けられたのは明確。彼女が席を立とうとする未帆さんを引き止めようとするが、

「私、今から30分程戻れませんのでどうかよろしくお願い致します〜」

聞く耳を持たずその場を去って行ってしまう。

2人置き去りにされ、しばらく沈黙ちんもくが続く。

すると、彼女がゆっくりと席に着き、少しの間を置いてから食事を再開したのか、手に取ったフォークを切り取った肉に刺す。

それを見て俺も席に着こうとした時、


「んっ...」


その声に顔を向けると、彼女が何故か肉を刺したフォークをこちらに向けていた。


「ん?」


俺はその状況をよく理解出来ず、疑問形で返すと彼女が更にフォークをこちらに突き出す。


「ん!!」


「......えっ!!?!!」


ようやく彼女の意図が理解出来たが、その予想だにしない光景と言動に動揺が隠せなかった。彼女はフォークを差し出し、顔を逸らしたまま動かなかった。


そう。彼女は今っ、俺に《あ〜ん》と言う

ラブコメ定番イベントを自ら乗り出し手招いているのだ!!



「(え...待って。でもこれ本当にそういう事なのか...?いやいやいやっ、あの彼女に限ってそんな...)」

彼女の方にもう1度目を向けると、俯いた彼女の耳がほんのり赤くなっているように見えた。

「(...まじでか、まじなのか?えぇ〜、でもいいのか?これって...言わば間、接...キスなんじゃ......ん?いや待てよ。これもし俺がただ単に意識し過ぎてて、彼女にとっては案外普通の事だったりして...そうだ、きっと彼女にとってはこのくらい顔を洗うようなものなんだろう。ああー!そう思うと恥ずかしくなってる自分が恥ずかしくなってきたー!...よし、腹をくくろう)」

彼女の座る席へと椅子を移動させ、腰を掛ける。


「失礼します」

俺は一呼吸入れた後、念の為もう一度確認する。


「(ふぅ〜)...食べて、いいのか?」

「さっさと食えっ...」

彼女は目を逸らしたまま、そう言い離し。俺は差し出された肉を口にした。


「(さようならっ。俺の初間接キスッ)」


〈パクっ〉

〈ビクッ〉


口にした瞬間彼女の肩が少しびくついたのが分かった。

俺は肉を噛み締めるが味わう以上にやはり恥ずかしさが上回り、なんの風味も感じないまま飲み込んでしまった。


「〈ゴクッ〉(...やっぱりこれ、めっちゃ恥ずかしいぃぃ)」

あまりの恥ずかしさに血流が身体中を勢い良く駆け巡り、熱くなる体を何とか静めようと何度も血液へ唱える。


「(駄目だ。俺だけこんな恥ずかしがってちゃ、平然を装わないと...平然。平然...)」

そう自分に言い聞かせながら、隣の彼女に目をやると。そこだけ皮膚が薄くなったんじゃないかと思う程彼女の頬と耳が真っ赤に染まり、明らかに恥ずかしそうにして目線を落とす普段とは掛け離れた彼女の姿に、何とか歯止めとして役割を果たしていた平然は簡単に砕け散り、体内中を一気に血が巡り昇る。


「(なっ...なんで。慣れてるはずじゃ...)」

「次...何がいい...?」


すると、まだこの状況に追い付けていない俺に、彼女が続けて問い掛けてくる。


「え、えっと...じゃあ、スープで」

慌てて答えた俺に、今度はスプーンに持ち替え、言った通りスープをすくい差し出してくれる。

「んっ」

「あ、はいっ...」

俺は考える間もなく、そのスープを口にする。そしてまたも味を見失う。


これを何度か繰り返した。



「あっ、ごめん!俺ばっかり。ちゃんと自分の分も食べて!せっかくのご馳走ちそうが冷めちゃうから」

俺は彼女の前に置かれた料理を目にして、慌てて食べる様にうながす。

しかし、彼女は包んで捨てる様に受け流した。

「あたいはいいよ。こんなの毎日食べれるから」

「あっ...これを、毎日...」

食費の差を叩きつけられ、彼女の差し出すフォークに刺さった肉を、俺は色んな感情が渦巻く中、いつも以上に噛み締めて飲み込んだ。




「ありがとう。お陰でお腹いっぱいになった」

「まあ、あれだけあたいの為に体張ってくれたんだから、このくらいわな...」

「(そっか。彼女、それを気にして...)ありがと。でもこれで十分お返しして貰った!だからもう気にしないでっ」

そう言うと彼女は何故か顔を逸らし、小さく頷く。

「そっか...分かった」

「うん!あ〜でも正直、少し緊張しちゃったや」

俺は痛まない程度に背伸びをして体をほぐす。


「...どうして?」

不思議そうにこちらを見つめる彼女。


「え?...どうしてって。そりゃあ、初めての間接キス、だったし......あっ」

緊張が一気にほぐれ、安心し切ったのか言わなくていい事まで口走ってしまった。

「えっと。いや、別に今のは変な意味では無くてっ...」

すると彼女は突然小さく小刻みに震えだし、それを心配してのぞいた瞬間。


彼女は顔を上げ、赤らめ涙ぐみながらこちらをにらみ、


「へ?」


そして——



《バチンッ!!!》



勢いよく俺の頬に強烈な平手打ちをかまされ、体ごと椅子から吹き飛ぶ。


「ブフォオッ」


そのまま床に叩きつけられ、腰と頬に激痛が襲う。

どうやら、彼女はまさかの気づいていなかったらしく、俺に言われて初めてその事に気が付いたらしい。それで恥ずかしくなりビンタって...なんて理不尽。そしてなんて威力。さすが金髪女ヤンキー...。


〈ガクッ〉


俺は本日2度目の気を失った。





「功樹様。功樹様っ」

未帆さんの呼ぶ声が意識の外側から内側へと響き渡り、ぼやけた視界と共に目を覚ます。

「んんっ。あれ...俺、もしかして今気失ってました?」

「はい。物凄い音がしましたので、急いで駆け付けると功樹様が床に奇妙な体勢で気を失っておられ、私驚きました」

床に倒れた後すぐに未帆さんが駆け付け声を掛けてくれたらしく、気を失っていたのはほんの数分だったらしい。

痛む腰を上げ、立ち上がる。


「いててっ」

「大丈夫ですか?」

未帆さんがふらつく俺に手を差し出す。

「はい。ありがとうございます」

おぼつく足腰を何とか真っ直ぐ保ち、席へと戻る。


「すまん...少し、やり過ぎた」

席に座る彼女が、頬をかじりながら申し訳無さそうにこちらを向く。

「いや、全然。ただでも驚いたや、これだけの馬鹿力があったらあんな男ども簡単に倒せたんじゃ...あっ」

明らかに彼女のオーラが変わったのに気付き、口を塞ぐがもう手遅れだと確信した。

「ばっ、馬鹿力...??」

その恐ろしい目付きに背筋が凍る。

「あ、いや。あの...なんて言うか、いい意味でって言うか...」

「...次はねぇから」

「はっ、はいぃっ!」


俺は改めて周りにいる女子達の事を思い浮かべ、心底感じる。


「(女って恐ろしいぃ...)」






その後。食事を終えた俺は未帆さんにお風呂場へと案内されたのだが...


もちろんそこでも、その規格外なお風呂場...いや、巨大温泉に腰を抜かした。


それに入る前、未帆さんに「和」か「洋」か「海」どれが良いかと聞かれ、俺は首を傾げながらも「和」を選んだのだが。つまり、この規模のお風呂場がまだ他にも2つあるという事になる。


・・・・あと、「海」って何?。



未知すぎて選べなかったのだが、物凄く気になる。

そんなことを考えては、お風呂場の至る所に驚き。たまに傷口に染みる痛みに悶えては、また考えて驚きを繰り返し。きっとお風呂場全体の10分の1も使わずして、俺は入浴を終えた。



俺は用意された上下青縞模様のパジャマにそでを通し、広すぎる脱衣所で1人静かすぎる空間に耐えきれず、急いで歯磨きだけ終わらし。髪も乾かさず足早に脱衣所を出る。


すると、未帆さんが医療箱を手に外で待ってくれていた。



脱衣所の外の長椅子に腰掛け、腕と顔の傷口に黄色い塗り薬を塗り。青くにじんだお腹と右腕に慣れた手付きで湿布を貼り包帯を巻いてテープで固定する。

「すみません。ありがとうございます」

「いえいえ。お気になさらず」

その手慣れた手付きに感心しながら、ただ腕に巻かれていく包帯をじっと見つめる。すると、不本意にも少し見下げる形になってしまう角度に、未帆さんの盛り上がった胸が視界に映る。


「凄い...」

「え?」


無意識に出た童心の感嘆。思春期の芽生え。性への意識。夏の公園で少年が初めて、カブトムシの背中を撫でた時のような声で呟いた俺の声に反応した未帆さんが、目を丸くして顔を上げる。

「えっ、あ、今声に出てました?」

「はい。とてもはっきりと...」

未帆さんが心配と警戒心をまとった表情でこちらを見つめる。

自分の声が漏れていた事に羞恥心と焦りが込み上げるも、俺はそれに気付く前に口を走らす。

「違うんです。これは何というか...ただその、見てたら。あ、いや見てはないんですけど。正確には見ようとした訳じゃなくて...」

「??」

変わらぬ表情のまま、不思議そうに首を傾げる。

「ただその、凄い丁寧でとても綺麗だったんでつい...あっ。綺麗って包帯がですよ?」

「他に何かあるんですか...?」

口を走らす度、何度も綺麗に足を滑らす口元に嫌気が差し、腰から項垂うなだれる。

「いや...何もないです」

「......凄い、慣れた手付きですね」

首を折ったまま俺は会話を続ける。

「あぁ。これは自然に身に付いたものと言いますか...とても身近に、何故かよく怪我をして帰ってくるお方がいらっしゃるものでして」

ようやく話が繋がったのか、納得した様子で頬を緩ます。

「あ〜なるほど」

俺はその話を聞いて、とても自然に納得出来た。何故なら頭にすぐ、彼女が怪我をして帰って来るのを容易に想像出来たのだ。理由はともかく、ただ彼女はなんか怪我しそう。


「ここは長いんですか?」

その流れで、俺は言葉を続ける。

「そうですね。もう10年以上は置かせて頂いてますね」

その発言に思わず驚く。そのしわ一つない綺麗な肌と、天使の輪が出来る程つやのある紫髪しきはつを見て、10年以上と言った言葉が返ってくるとは到底思ってもいなかった。

「えっ...未帆さんって今、お幾つなんですか...?」

「功樹様?デリカシーと言ったお言葉はご存知ですか?」

「すみません。何でもございませんっ...」

未帆さんの食い気味迫る笑顔の影に一瞬、般若はんにゃの化身が見えた...気がした。






「え、何これ...めっちゃいい匂いする」

手当を終えた俺は、使ったボディーソープのせいか体の至る所から香るフレグランスの匂いを嗅ぎながら、エスカレーターを使い元居た部屋へと戻る。


《ガチャ》



「...何してんの?」

そこには、自分の体を嗅ぎながら部屋に入ってくる俺を、完全に引いた目で見る彼女がソファーに寛いでいた。

「いや、めっちゃいい匂いでさ〜。って...なんで居んの!?」

「...ここ。あたしの家なんだけど」

そのごもっともな理由に言い返せず口がごもる。

「ちょっと、話しておきたい事があってさ...」

そういつもとは違う彼女の真剣な雰囲気に俺の中に少し緊張が走る。

それとは別で目に写る彼女を改めて見ると、彼女もお風呂から出たばかりなのか僅かに頬が赤く火照った様子。そして何より驚いたのが、彼女のキャラとは逆位置にあるような、桃兎ももうさぎ色と白羽はくはね色が交互に成されたしま模様の何とも可愛らしいパジャマ姿。


「......何ジロジロ見てんのさっ」

「いやっ。なんか意外っていうか」

「...うっせぇっ!」

すると恥ずかしかったのか、彼女の座るソファーに置いてあるぬいぐるみを勢いよく投げつけ、俺の顔面に直撃する。

「ボフッ...ごめん。そういう意味じゃなくて凄い似合ってるよっていう」

すると、何故か更に飛んでくるぬいぐるみ。

「ボッ、ウッ...ボフ」

「少し、黙れえぇえええ!!」

この時、これがぬいぐるみで良かったと心底思った。



「はぁ。はぁ...」

彼女はソファーにあるぬいぐるみを全て投げつけ、息を切らす。

足元に大量に落ちたぬいぐるみ達...よく見るとはんぺんに目を描いたやつや、桜餅に足の生えた少し気持ち悪い、変なぬいぐるみばかりだ。

彼女は息を整え、歩き出しぬいぐるみを指差す。


「その子達戻しといて...」

「(えぇぇぇ...)」

そんな理不尽なっ。と思いつつも逆らえず、素直に片付ける。


片付け終え。彼女の方へ目をやると、大きな鏡のある机の前に立ち椅子を叩く。

きっと、こっちへ来いって事なんだろう...


「(一体何をされるんだろう...)」


不安を抱きつつ、俺は言われた通り彼女の指示する椅子に座り、後ろに立つ彼女をチラチラ見ながら様子をうかがう。

すると、彼女は鏡横にある引き出しを開け、何やら取り出す。その際その引き出しからコンセントの差し込みが垂れ落ち、恐ろしい想像が頭を過ぎる。


「(えっ...何。それを使った、電気系の拷問か何か?)」


そんな有りもしない妄想を真剣に考えながら、彼女が取り出したのは電動送風機ドライヤーだった。


「(何だ...ドライヤーか。...ん?でも何でドライヤー?)」

その見た事ある物に安心し肩を撫で下ろすと同時に疑問が浮かぶ。


「髪...風邪...引く...乾かす...」

「(え。何でそんなカタコト?)」

コンセントを差し込み口に差し、ドライヤーを片手に急にカタコトで喋り出す彼女に呆然とする。

「えっ...いや、いいよ?俺自分で...わぁっ!」

そう言い終わる前に彼女はドライヤーのスイッチを入れ、俺の髪に熱風を送る。

声を掻き消すドライヤーの音と、鏡越しに映る黙々と俺の髪に手を通す彼女を前に、俺もされるがまま、ひざに手を置く。


時折見える鏡の中の彼女は、お風呂上がりのせいかほんのりと頬が赤く火照っており。発色の良いピンクで艶良く潤う唇と、風に乗って鼻の前を通るシャンプーの香り。


青縞のパジャマを着る彼。見えるのは口元の傷を隠すガーゼ。服の袖は余り、そこからスラッと伸びた指先だけが顔を出す。初めて触れる彼の髪はとても優しく、私の指先を次々と避けていく。

目線を落とす鏡の中の彼は、お風呂上がりのせいか、はたまたこの熱風のせいか。




熱く、頬が染まっていた。




「...終わり」

「あ、ありがとう」

ドライヤーの電源を切り、彼女がおもむろに口を開く。

そして何故かお互いだんまりが続き、変な空気が部屋に流れる。



「あのさ...」

すると、彼女が重たい口を開く。

「は、はい...」

続いた沈黙のせいか、つい敬語になってしまう。

「今日は、ほんと助かった。...ありがと」

彼女は顔を赤くしながらも、とても真剣な眼差しでこちらを見る。

「(そっか。彼女はわざわざこれを言う為にここに...)ううん、こちらこそだよ。こんな大っきくて凄い所に泊まらせて貰って、ご飯もご馳走になって、お風呂もあんな凄いお風呂、一生あっても入れなかっただろうし。髪まで乾かして頂いて...それに、正直守れ切れたかどうかほんとギリギリな所だったし」


すると、俯く俺に彼女は突然。


後ろから両のてのひらで優しくほほを挟み、上へとあおぐ様にさせて、スっと顔を近づけ——



「カッコよかったぞ」



そう一言。鼻が触れそうな距離感で笑う彼女の瞳の近さ。何が起きたのか理解が追いつかないまま、彼女は頬から手を離す。

「そっ、そっか」

俺は咄嗟とっさに俯き誤魔化すように口を開く。

この数十秒。彷目ほうもくしたまま発した言葉の記憶は無く、ただ自分の鼓動音が耳を塞ぐように音走っていた。


「まっ、まあ俺が力を開放したらあいつら皆デコピンで倒せたけどなっ」

「へぇ〜、それは見たかったや〜」

「また機会があればなっ」

「もうあんな機会はゴメンだけどな...」

「確かに...」



この時。鏡越しだが、初めて彼女と面と向かって笑い合った瞬間だった。



「それで?これが話したかった事?」

「あ〜っと、まあそれはそうなんだけど...」

他にもまだ何か言いたそうに、彼女が答える。

「ん?他にまだあるの?」

「うん...後っ」

そう彼女が言いかけた時。何か金属がれるような音が部屋に鳴る。



《ガシャン》



それが何の音かは、すぐに分かった。


「え...?」

頭を抱える彼女に視線を送る。


「これって...もしかして、鍵。閉められた感じ...?」

彼女は頭を抱えたまま小さく頷く。


「...未帆、さん?」

頷く。


どうやら、またも未帆さんにハメられたらしい。





「......未帆さあぁぁあああん!!?!??」



俺の今日一大きな声が、部屋中に響く。





未帆みほさん♠︎

7月22日生まれ ◯歳 双子座AB型 花澤家メイド歴12年目 基本午前と夕方から夜にかけての勤務

趣味:漫画やアニメの鑑賞 戦略バトルゲーム(プレイ中~性格変わるタイプ~) 

特技:料理&お菓子作り  座右の銘「糖分は力なり」




功「未帆さん...未帆さん...??未帆さあぁああん!!!」

栞「うっるさぁーい!!!!!」

功&栞「「はあ、はあ...」」

涼「...俺、全然出番来ないな」

館「まあ、次こそあるわよ。きっと...」



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