最終回 冒険の終わり

「ああ、ここで終わりにする!」


 防戦一方でなんとか耐えていると、ふいに柔らかい風が吹いてきた。振り返ると、ダグラス、フレイヤ、リリアンがこちらに向かって走ってきていた。街に入り込んできた魔物を退治するのでいっぱいいっぱいだっただろうに、笑顔で俺に手を降ってくれる。


「ライオネル、誘導なら任せていいからな」ダグラスが隣りにいる安心感。「おまちどうライオネル、邪神がなんだってんだ、顔面に一発食らわせてやろうぜ!」フレイヤの激励で背筋がぴしっと伸びる。

「皆のことは、私が守ります。勇者様は戦うことに集中してください」リリアンの言葉が、心を支えてくれる。


「り、リリアン!? どうして、あの牢から出るなんて不可能なはず」

 アルトは驚いて口が開きっぱなしになっていた。捕まえた後出すつもりがなかったのだろう。助けてくれた警備の男には本当に感謝しっぱなしだ。また夢で逢えたら、今度こそお礼を言わなきゃ。


「神が助け人を遣わしてくださいました。とても強く、そして優しい人を」

 と言って、リリアンはそれっきりアルトの方を見なかった。


「さあ、ここからが正念場だ! 皆行くぞ!」


 ダグラスが注意をひきつけている間に、俺とフレイヤは尻尾や吐かれる炎を掻い潜って部位破壊に回る。剣は既に壊れているけど、後ろ足から上って短剣で羽の付け根を狙って斬りつける。フレイヤは力任せに鱗を引き剥がし、自慢の拳を叩き込む。リリアンが【俊敏】の補助魔法をかけてくれているおかげで、俺たちは素早く動ける。


 邪竜は、どこか俺たちと戦うことを楽しんでいるようだった。動いていてわかったが、わざと軌道を逸したり、背中に乗っている俺たちよりダグラスを追いかけて、それでいて攻撃せずただ追いかけているだけだったりしている。


「誰でもいいからボクを見ろ! ボクの言うことを聞け! ボクを認めろ! ボクはこんなに……こんなに力を持っているんだぞ! 称賛しろ! この物語の主人公はボクだ! お前たち勇者パーティはボクがいなくなって落ちぶれて、ざまあみろと言われて後悔してももう遅いって蹴られる立場なんだよ! 何勝手に物語を進めてるんだ、ボクをそこに入れろよ!」


 手を出そうとする度邪竜の尻尾に鬱陶しそうに跳ね飛ばされるアルトが、何かを必死に叫んでいるのがぼんやり聞こえるけど、全部無視して戦いに集中した。


「っていっても、流石に邪神だ。攻撃が全然通じない……」

「だな。万事休すといったところだ」


 魔法も物理攻撃も手応えはいまいちで、ようやく片翼を落としたくらいで体力の限界が来ていた。


 そこに配信している石版が飛んできた。流れているのは、今まで見たことがないくらいびっしりと書かれた、俺たちへの応援の言葉だった。


「頑張れライオネル!」「お前が村を救ってくれたの覚えてるぞ!」「勇者様に勝利を!」

「今まで罵倒してすまなかった」「ようやく目が覚めた」「忘れていてごめんなさい」

「邪神を倒せるのは貴方達しかいない!」「ゆーしゃさまにおはなもらったの、わすれてないよ」


「へへっ、改めて言われるとなんだか照れちまうな」フレイヤは兜をポリポリ掻いた。

「これだけ応援されてしまったら、負けられないですね私達」

「おっ、ようやく私達って言ってくれたなリリアン。ちょっと嬉しいぞ」ダグラスが微笑む。すごく久しぶりに見た気がする。

「ええ、私、勇者様が勇者だからついてきたんじゃありません。皆が一緒だからここまでこれたって、気が付きましたから」


 リリアンの笑顔に俺もフレイヤも、釣られて笑った。四人で肩を組んで、気合を入れ直す。


「なんだよ、なんでだよ! ボクに頭を下げて一言お願いしますって言えば助けてやるのに!」


 もはやアルトは蚊帳の外の存在でしかなかった。感情のままに魔法攻撃を放ってくるが、どういうわけか邪竜が全部防いでくれる。そのうち歯ぎしりして、隠し持っていた分厚めの本をめくったが、良くないことが書いてあったのだろう、そのまま地面に突っ伏した。


「なんだか心が温かいな」


 応援されて、仲間との絆も深まって、俺はちょっとくすぐったい気持ちになった。こんなに疲れていて、力を出し切ってしまったのに、まだ戦える気がする。ふらっと立ち上がると、壊れてしまった剣に光が宿り、刀身へ変わっていく。前にも視た光景だ。あれは確か、勇者の剣を精霊から授かった時だ。


 そうか、そういうことだったのか。持っているから勇者なんじゃなくて、勇者の心を持っているから剣を握れるんだ。俺はすっかり忘れていた、これが無くちゃ勇者と認めてもらえないってずっと焦っていた。でも違う、必要なのは心の方だったんだ。


「ようやく理解したか勇者よ」


 邪竜は待っていたぞと咆哮する。俺はしっかりと剣を握り締めて、心臓めがけて飛び込んだ。邪竜は防ごうとしなかった、深く深く突き刺さった勇者の剣と共に、呻き声を上げて黒い霧となって消えていった。後には、卵だけが残された。拾い上げて抱きしめると、殻を破ってぴぃと可愛らしい鳴き声と共にカオスドラゴンが産まれた。とても愛おしくて、ズメイと名付けて仲間のところに駆け寄っていった。終わった。長く遠回りをさせられた冒険が、ついに終わったのだ。




 全てが終わった後アルトは司法機関にしょっぴかれていった。今回の出来事の顛末を全て否定し、証言台でも俺のせいにしたので叙情酌量の余地はなく、邪神復活を企むなど今までに例がなく罪が重すぎるとして、魔力封じの首輪をつけられたままの無期懲役となった。


 それから三年が経ち、勇者でなくなった俺は三人と別れ、一人宛もなく旅に出た。今は大きくなったズメイに乗って空からこの世界を見て回っている。勇者ではなくなったけど、困っている人々を助けるのが性に合っているらしい。さて、次はどこにいこうか。




「あーーよかった!!!! これで一件落着だぜ!」青苑はリリアン救出後空から見守っていたが、ようやく開放された感じのため息をついた。


「いやーよくやったっすねアオちゃん、上出来っすよ」赤屍はぱちぱちと手を叩く。


「さ、まだまだ君には回収してもらわないといけないっすから、そろそろ行くっすよ」

「あと84個だっけ……? はあぁ、まだまだ先は長いな……」


 攻略本を袋に詰め、平和になった世界を後にした二人の死神は、また別のチートアイテムのある世界へ旅立っていくのだった。

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【完結済み】役立たずのテイマーを追放したら、勇者の剣を盗まれました~今更もう遅いってそれこっちのセリフなんだけど?ざまあだなんて言わせない!~ 狂飴@電子書籍発売中! @mihara_yuzuki

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