第13話「故郷」2


「皆、時間あるか?」

「所長、どうしました?」

「研究所を閉鎖しようと思う」

 

 予想外の言葉に、周囲がどよめいた。


 数人の研究員が、お互いに視線をあわせる。 

 

 隆は研究データーに、ライターで火をつけた。


 研究資料も破棄していく。

 

 本気なのだということを、伝えたかった。

 

 態度で示したかった。

 

 早く実績を残そうと、研究ばかりで気がつけば家族を失っていた。家族で残っているのは、別の研究施設で実験をしている湊だけだった。ここ数年、湊ともまともに話していない。


 家族として会話をしていない。

 

 奈美もこの手で、殺してしまった。隆に家族といえる人はいなかった。隆自ら家族という存在を切り捨てていたことに気がつく。


**********


「我々はどうすればいいですか? いきなり、閉鎖と言われても困ります」

 

 研究員たちの声は不安そうである。それはそうだろう。彼――彼女らにとっては、死活問題なのだから。


 生きてくすべを失おうとしているのだから――。


「安心しろ。別の研究施設に就職できるように手配してある」

「所長はどうするおつもりですか?」

「私はここに残る。帰っていいぞ」

「お疲れ様でした」

 

 一人――また一人と、席をはずしていく。全員がいなくなったのを、確かめてから隆は銃を手にとった。

「――待ってください」

 

 隆が引き金を引こうとした瞬間――都の凛とした声が部屋に響いた。

 

 都の予感は的中した。


 やはり、隆は死のうとしていたのである。


(勝手に死ぬなんて許さない。死ぬことに逃げるなんて、認めない)

 

 そこには、肩で息をしている都が立っていた。

 

 隆は銃をおろす。


(さぁ、ここから芝居を始めるぞ)

 

 反省しているのだという態度を、わざと都に示すだめだった。


「――都」

「逃げるおつもりですか?」

 

 僕と母から逃げたように、今度は死に逃げるつもりかと都は吐き捨てた。

 

 生きて――生き抜いて、罪を償ってほしい。

 

 自分と向き合ってほしい。


「私を殺さないのか? 憎いのだろう?」

「殺すつもりはありません」

 

 人を殺さないで。

 

 美和と和江との約束を、破るわけにはいかない。


「都も変わったな。変わってないのは、私だけか」

「あなたには、僕と母さんの分まで生きてもらいます」


 例え、困難があったとしても、迷って苦しんで孤独と戦えと、それが亡くなった人への償いだと都は隆に話す。


「それが、残された者の使命かもしれないな」

 

 やはり、かなり体力を使っていたらしい。


 到着する前から、何回か吐血していた。


 ここまで、来られたのも奇跡に近いだろう。


***********


「――都」

「やめて……ください」

 

 今更、父親面をするなと、隆に心配などされたくなかった。都にとって血のつながりはあるものの隆は家族ではない。家族と呼べない。


 本当の家族だと言えるのは、育ててくれた相田家の人たちである。もちろん、その中には湊も含まれている。

 

 確かに治療方法が開発されれば、生きられるかもしれない。

 

 普通の生活ができるかもしれない。


「僕は自然の摂理に逆らうつもりはありません。」

「お前が考えている自然の摂理とは何だ?」 

「遺伝子操作など受けずに、寿命を全うすることだと考えています」

「そうだな。それが、人間の本来の姿だろうな」

「遺伝子操作を受けてデザインズ・ベイビーとして生まれてきたのなら、それが僕の自然の摂理なのでしょう。それに、僕は僕のままでいたいです」

 

 ありのままの姿でいたかった。

 

 自分は自分らしくいたい。

 

 あの温かい家族のままでいたい。

 

 一員であり続けたい。 

 

 相田都のままで、命を終えたい。


************


「その考えを変えるつもりはないと?」

「最後まで考えを変えるつもりはありません」

 

 都自身、これ以上身体を傷つけられたくないという思いがどこかにあった。自分が生きていたという証が、残っていればそれだけでよかった。

 

 満足だった。

 

 それに、生きて悪い者たちに利用されてしまったら。

 

 弱さにつけこまれてしまったら――。

 湊、鈴、和江、実、美和、鈴に迷惑をかけてしまうかもしれない。

 

 皆の傷つく姿など、見たくなかった。 

 

 隆は都が話しやすいように、身体を動かした。


***************


「私を止めるつもりで帰ってきたのか?」

「そのつもりで帰ってきました。嫌っていたこの場所に」

「――そうか」

「どうして、研究所の閉鎖を? あなたの生きがいだったはずなのに」

「何もかもに疲れた。楽になりたかった」

 

 全てを手放せば、解放されると考えていた。

 

 終われると思っていた。


「甘えるのもいい加減にしてください。長くは続かないとわかっていたはずです」

 

 いつかは、終わる日がくると、奈美も気がついていた。だから、奈美の心は隆から離れていった。


 奈美の気持ちが隆に戻ってくることはなかった。


「気がついていなかったのは、私だけか。愚かだな」

「同じ過ちを繰り返さないことです」

「――そうだな。お前は信頼できる人を見つけたみたいだな」

 

 本来、自殺をするつもりなどなかった。都という邪魔者を消すために、わざと弱さを演じていた。

 

 これから、死にゆく者には意味のない話しだが。

 

 隆はニヤリと笑う。


(この勝負、私の勝ちだな。私は演じ抜いた)

 

 都の優しさに、隆はつけ込んでいた。


****************


「ええ。お陰様でいい出会いがありました」

「それを捨てるなんてバカだな」

「――バカですよね。あなたも僕も二人揃って」

「――少し休ませてください。疲れた」

「ゆっくり休めばいい」

 

 都の身体から力が抜けていった。

 

 腕が力なく床に落ちる。

 

 それが、都の最期だった。


      

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デザインズ・ベイビー【改稿版】 風海 @kazami1986

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